2024年5月1日、米国農務省は新たな食品安全基準を発表しました。この基準により、生鶏肉製品(パン粉をまぶした生鶏肉)にサルモネラ菌の微生物規格が導入され、1cfu/gを超えるサルモネラ菌を含む製品の販売が禁止されます。2022年8月に提案されたこの規則は、業界からの広範なフィードバックを経て改良され、2025年5月1日から施行されることが決定されました。
今回、アメリカで生鶏肉に関連するサルモネラの規格基準が初めて導入されました。この点について、まずは、生の鶏肉とサルモネラに関連するこれまでの世界的な規格基準の流れを整理しておきましょう。
EUがいち早く生鶏肉にサルモネラ基準導入
サルモネラ菌汚染は鶏肉によく見られますが、生の鶏肉を食べる際は必ず加熱調理されます。そのため、生の鶏肉にサルモネラが存在すること自体が、即座に公衆衛生上の問題とはなりません。この理由から、かつては世界的に生の鶏肉のサルモネラ汚染基準が設けられることはありませんでした。
ところが、2011年、EUはより安全な鶏肉を目指し、生の鶏肉に特定の血清型のサルモネラの検出に関する規制を導入しました(EU 2011)。生肉にこのような基準を設けた理由は、生肉が不完全に調理される可能性や、生肉を扱うことで台所でサルモネラが交差汚染する可能性を考慮したためです。これは世界で初めての生の鶏肉に対するサルモネラ基準の設定でした。2011年12月に特定の血清型(Salmonella EnteritidisとSalmonella Typhimurium)については25g当たり検出されてはならない(検査試料数n=5)という基準が食品安全基準に組み込まれました。
米国も 重い腰を上げた
これまで、米国では鶏肉に対するサルモネラの基準は存在していませんでした。しかし、米国でも生の鶏肉によるサルモネラによる食中毒が続いていたため、消費者団体からEUと同様の基準を設けるよう圧力が高まっていきました。
2022年、USDAはついに生の鶏肉に初めてサルモネラの基準を設ける素案を提示しました(USDA 2022)。その後、パブリックコメントを募り、2024年5月に米国FDAはこの決定を正式に発表(2024年5月発表)し、2025年5月から実施することを明らかにしました。
具体的な基準はすべての生の鶏肉に適用されるのではなく、最初の段階としてパン粉をまぶした生の鶏肉に限定されました。米国農務省の長官によると、今後はパン粉をまぶした鶏肉以外にも基準が適用される可能性があります(USDA 2022)。言い換えると、将来的にはEUのようにすべての生の鶏肉に対するサルモネラの基準が適用される方向に進む可能性があります。
決定事項
1CFU/g」以上のサルモネラ菌を含むNRTE(not ready-to-eat)パン粉詰め鶏肉製品は、流通してはならない
これまでの経緯に関して、以下の2つのブログ記事で詳細に説明していますので、ぜひご覧ください。
パン粉をまぶした生鶏肉にサルモネラ菌の微生物規格基準設定(米国)
新基準!米国でパン粉をまぶした生鶏肉にサルモネラ菌の微生物規格設定
パブリックコメントを受けての修正点
今回は、この決定が最終的に確定したことが重要です。今回のUSDAの発表(2024年5月発表)により追加された情報について、特に業界からのパブリックコメントへの対応・修正点に焦点を当て、以下に要点を記します。食品安全検査局(FSIS)はこの決定案について、個人、検査サービス事業者、食品業界全体を代表する団体、食肉・冷凍食品業界関連の研究機関、食肉業界専門家協会、動物福祉擁護団体、鶏肉製品業界を代表する業界団体、食肉・鶏肉業界のメンバー、消費者擁護団体から3,386件のコメントを受け取りました。
食品安全検査局(FSIS)が提案された決定案に対するコメントを検討した後、パブリックコメントに対応して修正した1つの例外を除いて、すべて当初定案を確定することを決定したことを説明しています。
パブリックコメントを受けて修正した点は次のとおりです。
- サルモネラ菌の検査は、パン粉詰めの鶏肉製品そのものではなく、工場が原料の鶏肉を受け取った直後に行われるように変更されました。この検査は、生鶏肉から検証サンプルを採取し、製品が最終製品になる前の原材料段階で行います。
公開コメントで提案された理由は、パン粉と鶏肉製品の最終製品でサルモネラ検査を行うと、大幅な食品廃棄と製品コストの損失につながると主張しました。一方、原料の鶏肉段階で検査を実施すれば、仮に陽性であった場合でも、他の製品加工に転用が可能です。結果として、対応の融通が利き、経済的なロスも少なくなります。
- 食品安全局はこの意見に同意しました。
その他却下されたパブリックコメントの代表的なものは次のとおりです。
- 鶏肉製品の業界団体と食肉業界を代表する研究機関:消費者はサルモネラ菌を死滅させる方法で生の鶏肉を調理すると裁判所が以前に判断している。したがって、本基準案のように、パン粉詰め鶏肉が危険であるとする法的根拠はないと主張
- 食品安全検査局は、パン粉詰めチキン製品に1グラム当たり1CFU以上のサルモネラ菌が存在する場合、これらの製品を健康に害を「及ぼす可能性がある」「添加物質」の定義を満たすと判断しました。消費者の調理による殺菌を過度に依存することはできないとし、パブリックコメントを却下しました。
まとめ
EUに続いて、米国でも生の鶏肉にサルモネラの基準が設けられることになりました。
世界的な情勢では、特にEUのような厳しい鶏肉基準を設けている国に対して、鶏肉を輸出している国、すなわち、ブラジルのような国が影響を受けます。ブラジルとEUでは現在、生の鶏肉の輸出をめぐって激しい貿易論争が繰り返されています(EU)。
次に、日本について考えてみましょう。日本の場合、EUや米国に鶏肉を輸出するわけではないため、EUや米国での厳しい生鶏肉に対するサルモネラ基準が、直ちに日本に影響するわけではありません。日本では生の鶏肉を含む一般的な食肉、野菜、魚介類など、生鮮食品に関する微生物規格基準は設けられていません。例外は、生食用のカキのE.coli基準、刺し身などの生食用魚介類における腸炎ビブリオの基準、および生食用牛肉の腸内細菌科菌群基準の設定にとどまります。つまり、鶏肉中にサルモネラが検出されても、それが直ちに微生物の規格基準違反とはなりません。
しかし、公衆衛生管理の観点から、EUや米国が生鶏肉に厳しい基準を設けることは留意すべきでしょう。特に日本では、米国やEUとは異なり、生の鶏肉を好む消費者が多く注)、カンピロバクターによる食中毒が多発しています。また、観光立国としてインバウンド戦略により外国人観光客を日本に呼び込む中で、日本の食文化が世界中の旅行者に非常に好評です。このような状況の中で、生鶏肉に対するサルモネラやカンピロバクターなどの基準設定を検討する必要があるかもしれません。
注)生の鶏肉料理を提供することは法律上禁止されていないが、厚生労働省は生食を避けるようにとのガイドラインを出している。