2021年から2020年にかけて米国で発生中の10州にまたが原因食品不明だったリステリアの広域アウトブレイクの原因食品は、アイスクリームの可能性が高いことを、米国CDCが発表しました。 2022年6月30日現在、23人の患者が確認されており(22人入院)、うち1人が死亡しています。また、別の患者は妊婦で、この感染症が原因で赤ちゃんが死亡しました。

1.原因不明のリステリア食中毒が米国各州で発生

 2022年7月8日の米国CDCの発表によると、いくつかの州の公衆衛生および規制当局、米国食品医薬品局(FDA)は、複数州で発生しているリステリア菌感染症について、共通食品によるアウトブレークとCDCは認定しました。感染者は、2021年1月24日から2022年6月12日までの約1年半の期間にわたっています。2022年6月30日現在で、米国10州から合計23人のリステリア菌のアウトブレイク株への感染者が報告されています。

CDCのリステリア症報告時期のグラフ

上のグラフはCDCのホームページのグラフを和訳した

 感染者の年齢は1歳未満から92歳までで、中央値は72歳、52%が男性です。22人(96%)が入院しました。

シニア男性が患者であることを示すイラスト

また、5人が妊娠中に発病し、このうち、1人が胎児死亡となりました。また、胎児とは別に、イリノイ州からは1名の死亡が報告されています。

妊婦がリステリア症にかかっていることを示すイラスト

2.全ゲノム解析により患者株に共通性があることが判明

 CDC調査官は、全ゲノム解析データベースで臨床株のデータ照合を行っていたところ、異なる時期、異なる州で患者分離株が、互いに遺伝的に密接に関連していることがわかりました。共通の遺伝子型の臨床株が分離された州別の患者数は コロラド(1)、フロリダ(12)、ジョージア(1)、イリノイ(1)、カンザス(1)、マサチューセッツ(2)、ミネソタ(1)、ニュージャージー(1)、ニューヨーク(2)、ペンシルベニア(1)です。これは、この集団発生の人々が、同じ食品から病気になった可能性が高いことを意味します。

※米国の全ゲノム解析データベースプロジェクトゲノムトラッカープロジェクトの詳細を知りたい方は、次の記事をご覧ください。
次世代シークエンサーを応用した食中毒原因細菌の解析(米国GenomeTrakrプロジェクト)の劇的成果

CDCが示した米国複数の州立の患者マップ

上の図はCDCホームページ公開の地図を一部改変した

同じ遺伝子型の臨床株は、特にフロリダ州在住の患者に多く12人でした。

3.患者の聞き取り調査によりアイスクリームが浮上

 そこで、公衆衛生局は、フロリダ州在住の12人の患者及びフロリダ州以外の患者10人ついて、リステリア菌感染前の1ヶ月間の行動履歴や食べたものについて聞き取り調査を行いました。特に、フロリダに住んでいない10人の患者うち、8人はリステリア感染前の1ヶ月間にフロリダに旅行していったことが判明しました。

 さらに、インタビューに応じた18人のうち、全員(100%)がアイスクリームを食べたと回答しています。食べたアイスクリームの種類を詳しく覚えている18人のうち、10人はビッグ・オラフ・クリーマリー・ブランドのアイスクリームを食べたか、フロリダ州サラソタのBig Olaf Creamery社(ビッグ・オラフ・クリーマリー社)が供給している可能性のある場所でアイスクリームを食べたと報告しています。ビッグ・オラフ・クリーマリー・ブランドのアイスクリームは、フロリダ州でのみ販売されています。

 また、このアウトブレイクでは、7人の患者が3つの疾患クラスターに属していることが確認されました。疾患クラスターとは、発病前に同じ小売店の食品を食べたと報告し、且つ、同じ世帯に住んでいない2人以上の人のことを指します。無関係の複数の病人が同じ小売店の食品を食べた場合、汚染された食品がそこで提供または販売されたことを示唆しています。3 件の疾患集団はすべて、ビッグ・オラフ・クリーマリーのアイスクリームを販売する小売店で発生しました。

アイスクリームのイメージ

 CDCは、今回のアウトブレイクに関与しているビッグオラフ・アイスクリームがどこで製造されたかは特定していませんが(現時点で製品からリステリア菌が分離されていない)、ビッグ・オラフ・クリーマリー・ブランドのアイスクリームを購入している消費者に、このアイスクリームを食べずに廃棄するように呼び掛けています。また、同時に、このアイスクリーム製造会社に製品をリコールするように勧告しています。

この食中毒事件の詳細については現在CDCは調査を継続中です。

4. アイスクリームとリステリア菌リスク

 今回の食中毒事件とは、別の異なる会社でが、本ブログで、2022年2月に米国マンチェスター州のロイヤルアイスクリーム社がアイスクリーム製造ラインにリステリア菌(Listeria monocytogenes)が検出されたアイスクリーム製品をリコールしていることを紹介しました。下記記事でも紹介したように、米国では、アイスクリームからリステリア菌が検出されることによるリコールは頻繁に起きています。

アイスクリーム製造ラインからリステリア菌が検出されて製品リコール(米国)

 しかし、実際に、アイスクリームが原因となったリステリアのアウトブレイクが報告されることは、それほど多くはありません。過去の事例の詳細な原因解析については下記の記事をご覧ください。

低濃度でリステリア菌に汚染されたアイスクリームは感染を起こすか?

 上記記事では、免疫弱者は低濃度のリステリア汚染アイスクリームでも感染する可能性があることを解説しています。

 なお、今回の食中毒事件については、 2022年7月2日時点では、アイスクリームからリステリア菌の検出がされていません。したがって、リステリア菌のアイスクリーム中の濃度などは不明です。アイスクリーム中にリステリア菌が含まれているならば、リステリア菌の濃度が、今後のアイスクリームによるリステリア菌リスクを考える上で貴重になるデータとなります。詳細な調査結果を待ちたいと思います。

5.リコールに応じずCDCに反論するアイスクリーム会社のオーナー

 さて、今回の食中毒事件では、別の観点からも考えさせられる事件となっています。

 2022年7月8日現在、CDC は、消費者に対しては、ビッグ・オラフ・クリーマリー社のアイスクリームを食べないこと、レストランや小売店に対しては、この会社のアイスクリームを提供または販売しないことを推奨しています。また、CDCはビッグ・オラフ・クリーマリー社に製品のリコールを勧告しています。

 しかし、ビッグ・オラフ・クリーマリー社は2020年7月8日時点でリコールに応じていません。

 リコールに応じない理由として、ビッグ・オラフ・クリーマリーのオーナーは、2022年7月4日に、Facebookの投稿で「調査は『単なる憶測』である」と述べ、23人の患者のうち6人しか同社のアイスクリームを食べたと述べていないのに注)、なぜ同社が「標的」にされているのかは不明であるとしています。

注)7月8日の最新情報にCDCがデータ更新する前の数値と考えられる。

CDC勧告に反論するアイスクリーム会社のオーナー

 ここからはブログ運営者の私見ですが、 CDCが用いている全ゲノム配列による分子疫学的解析は正確です。確かに現時点では、アイスクリームからはリステリアが分離されてはいないですが、上に述べたような分子疫学解析の科学的エビデンスを収集した上での今回のCDCの今回の勧告と考えられます。

 消費者の命を危険にさらす可能性があることが衛生当局によって科学的に示されているにもかかわらず、十分な証拠がないとして、その製品をリコールしない判断は、消費者の健康や命に深刻な影響を与える可能性を軽視していると見られても仕方がありません。将来的に、さらに大きな訴訟に発展する可能性があります。事実、この事件に関しては、すでに二つの訴訟が起こされているようです。

6.アイスクリーム会社に食品安全事件過去最高額23億円の罰金の過去事例あり

米国は訴訟社会です。

 2015年に、アイスクリームで起きたリステリア食中毒に関する上記の記事(低濃度でリステリア菌に汚染されたアイスクリームは感染を起こすか?)で責任を問われたアイスクリームメーカーのブルーベル・クリーマリーズL.P.に対して、テキサス州の連邦裁判所は、2020年9月に、リステリア症発生に関連した汚染製品の出荷に対する刑事罰として1725万ドルを支払うよう判決を下したことを発表しました。

 ブルーベル社は2020年5月、粗悪なアイスクリーム製品を流通させた2件の軽犯罪について有罪を認めました。詳細な経緯は連邦裁判所の判決を見ていただければわかりますが、 リステリアを、アイスクリームに汚染されてそのまま流通された経緯において、いくつかの軽犯罪行為が認定されたようです。

 1,725万ドルの罰金と没収額は、 23億円に相当します。米国における食品安全事件で有罪判決を受けた後の刑事罰としては過去最大となります。テキサス州の連邦裁判所は、判決で、食品メーカーに対して、汚染された食品が消費者を危険にさらす場合、司法省は適切な措置をとるという明確なメッセージを送るものであるとしています。

食中毒での刑事裁判の判決

7.食品会社は、判断を遅らせることなく迅速な対応が必要

 食品会社としてはもちろん、食中毒を起こさないように、普段から徹底した衛生管理を行うことが重要です。仮に製品に食中毒や健康被害の可能性が少しでも浮上したら、会社としては迅速速やかにそれらの製品を回収することが必要です。国民の健康の保全、もしくはその会社自身の将来的な訴訟リスクなどから考えても、そのような迅速な対応が不可欠です。

 今回のビッグ・オラフ・クリーマリー社のオーナーの対応は改めてこの問題について考えさせられる事例です。

迅速な対応が必要なことを示すイラスト

7月17日補足情報:上記記事は7月11日に本ブログに掲載しました。その後、FDAはビッグ・オラフ・クリーマリー社のアイスクリームからリステリア菌を検出しました。またビッグ・オラフ・クリーマリー社も7月13日にリコールを開始しました。

※11月2日補足情報:11月2日、CDCはこの食中毒事件の終息宣言をしました。結局、28人が発病し、27人が入院、1人が死亡、1人が流産し、この集団感染は終息したと宣言しています。