最近、日本の食品企業でもEMP(環境モニタリングプログラム)に取り組む会社が急速に増えてきています。HACCPの定着や国際認証への対応から、環境中のリステリア対策を本格化させているQC担当者の方も多いのではないでしょうか。今回はそのタイムリーなテーマに関する論文を紹介します。スペインのバレンシア工科大学のグループが2026年4月に発表した、RTE食品工場におけるリステリア環境モニタリングの採取デバイス比較研究です。「拭き取り検査といえば、昔から使い慣れている綿棒(スワブ)で十分」と思っている現場にこそ、ぜひ知っていただきたい情報を提供します。

実際の工場で起きた「見落とし」のリアル

環境モニタリングを始めると、最初の数カ月は「どのポイントもきれいですね」「陰性ばかりで安心しました」という会話になりがちです。もちろん、本当に洗浄・消毒がうまく回っていればそれで良いのですが、もう一つの可能性として「そもそも取り方の感度が足りず、汚れを見えていない」というケースがあります。このリスクを「見える化」するのがEMPの役割ですが、その入口である「拭き取り方法」の設計がずれていると、いくら検査をしても“きれいなはずの工場”という錯覚から抜け出せません。

今回ご紹介するのは、2026年に発表された以下の論文です。

論文タイトル: >Fornés, D. T., Fornés Pérez, A., Barat Baviera, J. M., Moreno Trigos, Y., and Fuentes López, A. 2026. Efficacy of environmental sampling devices for Listeria monocytogenes detection in a ready-to-eat production facility. Foods 15(8): 1313. https://doi.org/10.3390/foods15081313

研究チームは、ある即席摂取食品(RTE)工場の清潔エリア内にある 高衛生ゾーンの46箇所(コンベア、振動選別機、ドアボタン、排水溝など)を、同じ面積で

  • 乾燥綿棒(中和剤なし)
  • 中和剤入りポリウレタンスポンジ

の2種類で連続して拭き取り、その後 Listeria spp. と L. monocytogenes を検査しました。

乾燥綿棒と中和剤入りポリウレタンスポンジを同じ工場内の46地点で比較するイラスト。

結果は驚くべきものでした。

サンプリング器具リステリア属菌の陽性率うちリステリア・モノサイトゲネス
中和剤なし・乾燥綿棒0%(46箇所すべて陰性)0%
中和剤入り・スポンジ30%(14/46箇所で陽性)17%(8/46箇所で陽性)

つまり、「綿棒だけで見ていたら、工場全体が“リステリアゼロ”に見えていた」ラインが、スポンジに切り替えた途端に、コンベア上や振動選別機、ドアボタン、排水溝などから リステリア が見つかった、ということになります。

乾燥綿棒ではリステリアが検出されず、中和剤入りスポンジでは検出率が大きく上がった結果を示すイラスト。

読者が抱くかもしれない疑問:それって単に中和剤の有無の差では?

このデータを見たとき、経験豊富なQC担当者の方ならこう思うはずです。

「いやいや、条件がフェアじゃない。片方は『中和剤なし』で、もう片方は『中和剤入り』なんだから、消毒剤が残っていれば綿棒側が陰性になるのは当たり前。器具(綿棒vsスポンジ)の差とは言えないのでは?」

 まさにその通りです。洗浄・消毒の直後は、表面に微量な消毒剤が残存しているため、中和剤がない綿棒では、サンプリングした瞬間に菌が死滅(または不活化)して見落とし(偽陰性)に繋がります 。 論文の著者もその点は慎重で、「今回評価したのは“乾燥コットンスワブ”であり、他素材のスワブや中和剤入りスワブは別途検証が必要」というスタンスを取っています。ですから、論文のメッセージを「綿棒はダメ」「スポンジだけが正義」という単純な図式に落とすのは、やや乱暴です。

しかし、この論文の本当に価値がある部分はここからです。研究チームは中和剤の有無による影響を完全に排除した「ラボでの人工汚染試験(in vitro)」もしっかりと実施しています 。

あらかじめ滅菌したクリーンな試験板(ステンレス、テフロン、エポキシ樹脂)にリステリア菌を人工的に付着させ、完全に乾燥させた上で、双方の器具で拭き取りを行いました 。

ここには残存する消毒剤は一切ありません。純粋な「器具そのものの実力差」の比較です。それでも、結果は以下のようになりました 。

  • スポンジでの回収率: 76% 〜 93%
  • 綿棒での回収率: 常に 50% 未満(定量下限以下、または不検出)

つまり、中和剤という化学的な要因を抜きにしても、「器具の物理的な構造」だけで回収率に圧倒的な差が出てしまうことが証明されたのです。

消毒剤の影響がないラボ試験でも、綿棒よりスポンジの方がリステリアの回収率が高いことを示すイラスト。

なぜ綿棒では「引き剥がせない」のか?

なぜこれほどの差がつくのでしょうか。論文では、リステリアという菌が持つ特性(遺伝子)の面からメカニズムを解説しています 。

全ゲノム解析の結果、工場から見つかった定着型のリステリア株は、どれもバイオフィルム(菌の巣窟となる頑丈な膜)を形成する遺伝子(inlA, actA, prfAなど)を強固に保持していることが分かりました 。 菌は設備表面に強烈にこびりついています。そのため、以下の「設計のズレ」が死活問題になります。コンパクトに固まった綿(コットン)スワブの細い先端で優しく撫でる程度では、バイオフィルムを物理的に擦り落とすパワーが足りません 。一方、スポンジであれば、手のひらで均一に強い圧力をかけながらガシガシと擦り取ることができます 。

ステンレス表面のバイオフィルムに付着したリステリア菌を、綿棒では剥がしにくくスポンジではこすり取れることを示すイラスト。

EMPの目的から考える「採取設計」の3つのポイント

では、この論文から日本のQC担当者が持ち帰るべき示唆は何でしょうか。
私は、「綿棒 vs スポンジ」という形状の話ではなく、EMPの目的から逆算したときに見直すべき設計要素として、次の3点に整理するのが実務的だと思います。

中和剤の有無

  • 工場の多くは、塩素系、第四級アンモニウム、過酸化物系などの消毒剤を使っています。
  • 乾燥綿棒で拭き取って、そのまま培地や希釈液に入れると、表面に残っていた消毒剤が試料中の菌を殺してしまい、実際より“きれいに見える”危険があります。
  • 中和剤入りスポンジやプレモイストスワブは、この消毒剤の影響を打ち消すことを前提に設計されています。

→ EMPの目的が「洗浄・消毒後のリスクを見える化」することである以上、中和剤の有無は最初に確認すべきポイントです。

 ここも重要な論点です。中和剤は魅力的なキーワードですが、単純に「中和剤入りに切り替えればよい」わけではありません。FSAIの指針では、洗浄・消毒後のサンプリングでは残留消毒剤の影響を防ぐために中和剤の使用が推奨されています。一方、生産中または生産終了時のサンプリングでは中和剤を加えないという整理も示されています。EMPは、衛生状態の実態把握なのか、洗浄・消毒の有効性確認なのかで設計を分ける必要がある、ということです。

中和剤なしでは残留消毒剤により偽陰性の危険があり、中和剤ありでは消毒剤の影響を抑えて菌を検出しやすくなることを示すイラスト。

採取面積と物理的なこすり取り

  • リステリアはバイオフィルムを形成して、ステンレスやプラスチックにしっかり付着します。
  • 面積が小さく、先端が柔らかくない道具で軽くなぞるだけでは、付着した菌を十分にはがし取れません。
  • スポンジやクロス型の採取具は、大きな面積を押し付けながら往復でこすり取ることを前提にしており、バイオフィルムからの回収効率が高くなります。

→ ゾーン1・2の平面(コンベア、ドレン付近の床、作業台など)は、「広い面積をしっかりこする」ことのできるツールを標準にする方が、EMPの目的に合っています。

綿棒は採取面積が小さく軽くなぞるだけになりやすい一方、スポンジは広い面積を押し付けて往復しながら採取できることを示すイラスト。

材質と用途の切り分け

  • 今回の論文が評価しているのは「乾燥コットンスワブ」であり、日本の工場で一般的になりつつある「合成繊維スワブ+中和剤入り」がそのまま当てはまるとは限りません。
  • 一方で、国際ガイドラインでは「スポンジ/ワイプは広い開放面、スティックスワブはボタンや隙間・継ぎ目」といった使い分けが標準化されています。
  • つまり、綿棒を“全面禁止”するのではなく、「狭い場所の補助ツール」に位置付け直す方が現実的です。

まとめ

 EMPは「やっていること」自体よりも、どう設計し、どう運用するかが問われる時代になっていると言えます。環境モニタリングで「いつも陰性だから安心」と片付ける前に、「私たちの採取設計は、そこにいるはずの菌を捕まえられる設計になっているだろうか?」と疑ってみる。これこそが、これからの日本の食品企業に求められる一歩進んだ品質管理(QC)の姿勢です。

 この論文が教えてくれることは、単純な器具の勝ち負けではありません。重要なのは、採取対象、採取面積、アクセス性、採取タイミング、残留消毒剤の有無、使用する希釈液や中和剤といった条件を、目的に応じて組み立てることです。その意味で、この論文の本当の価値は「スポンジ推し」にあるのではなく、いまのEMPは本当に“採れている”のかを問い直させる点にあります。もし現在、広い平滑面の環境サンプリングを乾燥コットンスワブ中心で運用しているのであれば、一度、採取法全体を棚卸ししてみる価値はあるはずです。スポンジへの切り替えを検討すること自体は有力な選択肢ですが、それ以上に大事なのは、自社のEMPが何を目的に、どの条件で、どこまで妥当性を持っているかを整理することではないでしょうか。

食品工場のQC担当者が、環境モニタリングの採取方法や中和剤の有無を見直している様子。