本シリーズでは薬剤耐性菌問題を、特に食品の摂取との関連の記事を中心に紹介しています。前記事では、市販の鶏肉が市中尿路感染での大腸菌の供給源になっている可能性を示す論文を紹介しました。しかし、前記事の研究はあくまでも臨床株と市販肉分離の大腸菌の遺伝子性状の比較による、間接的な推測でした。今回紹介する事例は、実際に病院の食堂で提供される食品由来の薬剤耐性菌(ESBL産生菌)が入院患者の院内感染の原因となったことを直接的に示したレポートです。

ESBL産生菌による院内感染の原因としての病院食堂の食品

Klebsiella pneumoniaeは、院内感染の2~5%、特に尿路や呼吸器系の感染に関連しているとされています。特に恐れられているのは、多剤耐性菌による病院での感染症の流行です。主な発生源は、感染した患者の下部消化管と考えられており、病院内では医療従事者の手を介した二次汚染も確認されています。

  スペインのバルセロナにあるテラッサのムトゥア大学病院で、 2008年3月にESBL(extended-spectrum b-lactamase)産生Klebsiella pneumoniae(以下、ESBL-KPと略)を原因とする院内感染症が発生しました。本アウトブレイクは全病棟で発生しました。発生期間は9ヶ月間でした。

 内科感染症ユニットのカブリオ博士らによる調査の結果、SHV-1およびCTX-M-15を産生するESBL-KPの単一株が病院内を拡散していることが明らかになりました。ESBL-KPの抗菌性パターンは,ペニシリン系および第3世代のセファロスポリン系薬剤に耐性を示しました。また,85.2%の菌がamoxicillin-clavulanateに耐性を示し,11.1%の菌がpiperacillin-tazobactamに耐性を示しました。すべての菌株がciprofloxacinに耐性を示し,carbapenemsとamikacinに感受性を示しました。

病院食での薬剤耐性菌を心配する患者

 集団発生期間中、1100のスクリーニングサンプルが採取されました。その結果、ESBL-KPが腸管内に定着した患者が156人確認されました。患者の平均年齢は69歳で、57%が男性でした。このうち35名(22.4%)の患者が感染していました。内訳は、尿路感染24名(すべて尿道留置カテーテルを使用している患者),手術部位感染5名,原発性菌血症5名,肺炎1名でした。このうち、2人は集中治療室に入院していました。

博士らは次のような事実からこの感染源は病院の食堂にあるのではないかと推論しました。 

1.多くの病棟で糞便保菌率が高かったこと(一部の病棟では最大38%)

2.感染拡大の速さ(内科系と外科系の全病棟が同時に感染した)

3.入院直後の早期保菌(8人の患者が保菌していた)

4.感染拡大の速さ(入院後48時間以内)

5.病院表面の環境培養(n =31)の結果はすべて陰性

6.外来患者では検出されなかったこと

 そこで病院の厨房での検査をおこなったところ、厨房では44人中6人(14%)が一過性の糞便保菌者であることが判明しました。彼らは全員、夜勤で働いており、全員が病院で夕食を食べ、入院患者の毎日のメニューを全く同じように共有していました。厨房内環境および食品サンプルを採取し検査をおこなった結果、培養した48サンプルのうち18サンプル(37.5%)で本菌の汚染が確認されました。食品では、12サンプルの食品のうち1サンプルが汚染されていました。手作りのフルーツピューレ1個が汚染されていました。

 そこで、キッチンエリアの構造的・機能的な変更と清掃対策が行われました。院内でフルーツピューレが提供されることはなくなりました。それ以降、他の食品サンプルの汚染は確認されなくなりました。

 今回の集団発生では感染経路が特殊であったため、集団感染した患者の隔離、手袋の使用、手洗いなどの感染対策は、水平感染や多剤耐性菌の拡散を防ぐ効果はあったものの、集団発生を食い止めるはできませんでした。厨房での対策を施して初めて発生を食い止めることができました。

 博士らのこの報告が、ESBL-KPが病院内で食品を媒介に伝播することを示した初めての報告でです。博士らは、病院の感染管理チームは食品が多剤耐性菌の感染経路となりうることを考慮し、監視対象を厨房施設や食材にまで拡大することを検討すべきであるとしています。

この論文は2011年に出版され、これまでに83回引用されています(2021年12月scopus調べ)。

Foodborne Nosocomial Outbreak of SHV1 andCTX-M-15–producing Klebsiella pneumoniae: Epidemiology and Control
Clin Infect Dis 15;52(6):743-9(2011)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21367727/