最近の報道で目にすることが増えた腸管出血性大腸菌、特にO157の発生が再び注目を集めています。先週、静岡県の高齢者施設での悲劇的な集団食中毒事件や、先月、岐阜県の焼き肉店での5歳の男の子のO157食中毒は、私たちに深い懸念を抱かせました。しかし、O157だけが問題ではありません。他の血清型も存在し、それらは同様に深刻な影響を及ぼす可能性があります。例えば、今年8月に山梨県甲府市の認定こども園でO26型による集団感染事件が発生しました。その際、新食品微生物学入門講座の受講者から、「大腸菌O26はO157と比較してどれほどの重篤性があるのか?」「幼児はO157のように溶血性尿毒症(HUS)になるリスクはあるのか?」という質問を受けました。この記事では、大腸菌O26とO157を比較し、それぞれの病原性の強さや、特に幼児における溶血性尿毒症(HUS)への影響について詳しく解説します。大腸菌のリスクについての理解を深めましょう。

 今年(2023年)の8月、山梨県甲府市の認定こども園で園児19人と家族3人が腸管出血性大腸菌O26に感染する事件が発生しました。また、9月には福岡県小郡市の保育園で5人の園児から腸管出血性大腸菌O121感染事件も発生しました。

  志賀毒素産生性大腸菌(STEC)は、小児溶血性尿毒症症候群(HUS)の最も一般的な原因です。STEC感染は急性胃腸炎を引き起こし、HUSは症例の5~15%で発症します。ここで疑問は、大腸菌O157感染による重篤な合併症としての溶血性尿毒症(HUS)は、O26のような他の血清型でも同様に発症するのかという点です。以下にこの点について解説します。

腸管出血性O1五七とO2 6の比較。

血清型と病原因子の関係性について

  大腸菌O26が小児溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こす可能性はあるのかという質問に対する答えは「イエス」です。

統計的には、2018年に発表された欧州食品安全機関および欧州疾病予防管理センターの報告によれば、HUSの症例で最も多い血清型はO157(37.8%)、O26(26.3%)、O145(7.6%)、O111(6.3%)、O80(5.6%)であり、4.0%は型別不能とされています。また、HUS患者の多くは0〜4歳(266例、62.1%)および5〜14歳(105例、24.5%)の若年層に分布しています。

腸管出血性大腸菌感染から起きる溶血性尿毒症症候群。

 そもそも、大腸菌に限った話ではありませんが、血清型と病原性との関係については、血清型は細菌の表面に存在する抗原に基づいています。病原性は、この血清型だけでなく、細菌が持つ特定の病原因子や毒素に依存します。これらの病原因子は、プラズミドやトランスポゾンなどの遺伝的要素を介して他の細菌に移動することができます。したがって、同じ血清型を持つE. coliでも、病原性を持つものと持たないものが存在する可能性があります。また、異なる血清型を持つE. coli間で病原因子が移動することもあり得るため、血清型と病原性が必ずしも一致するわけではありません。

病原遺伝子と血清型遺伝子の違いを解説した細胞のイラスト

 2020年1月、欧州食品安全機関(EFSA)はSTECに関する科学的な見解を公表しました。その中で、STECにおいて唯一確実に信頼できる病原性の指標はSTX(志賀毒素)のみであり、血清型はもはや重篤な症状を判断する信頼性のある指標ではないことが結論されました。これは、主要な血清型以外でも重篤な症状を引き起こす事例があることを示しています。詳細な情報については、以下のブログ記事をご参照ください。

腸管出血性大腸菌(STEC)の血清型O157中心検査はもう古い?(論文)

 要するに、血清型はE. coliの分類の一部であり、特定の血清型が病原性を示すことは知られていますが、血清型と病原性は必ずしも一致しないことがあります。病原性は、細菌が持つ病原因子や毒素に依存するためです。

2019年に起きたフランスで大腸菌O26で起きた小児の重篤な溶血性尿毒症(HUS)事例

さて、そのうえで、大腸菌O26と溶血性尿毒症症候群に関連する最近のレポートを一つ紹介します。

MInary et al.
Outbreak of hemolytic uremic syndrome with unusually severe clinical presentation caused by Shiga toxin-producing Escherichia coli O26:H11 in France Archives de Pédiatrie
Volume 29, Issue 6, August 2022, Pages 448-452

  2019年春、フランスで志賀毒素産生性大腸菌に関連した溶血性尿毒症症候群の発生が報告されました。フランス公衆衛生局(Santé publique France)が実施した疫学調査とSTECの国立基準センターでの微生物学的調査により、生牛乳から作られたソフトチーズの摂取が速やかに共通の露出源として特定され、大腸菌O26:H11による集団感染が確認されました。

 アウトブレイク中、初期情報は報告された医師から提供されました。この情報によれば、症例の臨床症状が非常に重篤で、中枢神経系(CNS)の病変の割合が高いことが報告されていました。

生チーズのイメージ。

 全体的に、アウトブレイク株に関連するSTEC HUSの小児症例が20例同定されました。

 患者の年齢中央値は16ヵ月で、範囲は5か月から5歳まででした。死亡例は報告されませんでしたが、合計13人の患者が透析が必要であり、中枢神経系の障害は患者の50%(10人)に見られ、全例にて痙攣発作が確認され、2例には脳炎が発症しました。また、20%(4人)の患者に心臓の病変が観察されました。1ヵ月後の追跡調査では、4例で高血圧が確認されました。さらに、1人の患者に神経学的な後遺症が観察されました。

尿毒症のイメージ。

 本アウトブレイクの年齢中央値は16ヵ月で、3歳以上の患者はわずか3名でした。残念ながら、ほとんどの患者の親は志賀毒素産生性大腸菌関連溶血性尿毒症症候群を予防するために幼児に生乳製品を摂取させないという健康上の推奨を知識として持っていませんでした。そのため、研究者は今後、小児科医や一般開業医が健康教育や食事について患者にアドバイスをする際に、STEC感染の予防について保護者に伝える必要性を強調しています。

 このアウトブレイク以前、生乳製品の摂取とSTECに関連するリスクについての保健上の推奨事項はフランスの保健当局によって異なり、メッセージ(たとえば、幼児、3歳未満の子供、5歳未満の子供など)が明確ではありませんでした。このアウトブレイクを受けて、保健当局は、第一に、リスクのある集団、特に5歳未満の小児に対して生乳や生乳チーズの摂取を避けるべきであると明確に記載したメッセージを統一する努力を行うことと、第二に、STEC感染の予防に関するメッセージを強化する戦略を開発するための共同作業を開始しました。

生チーズで大腸菌O26になるリスクをイメージした写真。

フランスでは大腸菌O157よりO26の感染が多くなっている

 フランスにおける病原性大腸菌のアウトブレークでは、2015年まではO157が優勢な血清群でした。その後、その有病率は急激に低下し、2つのSTEC血清群、O26とO80が出現し、2016年以降優勢となりました。2019年には、フランスのSTEC HUS症例の49%がO26群に、17%がO80群に関連づけられた一方、O157は症例のわずか8%でしか検出されませんでした。

 アウトブレークの背後にある要因として、過去5年間においてフランスで最も多く記録されたSTEC感染源は生乳チーズの消費でした(3つのアウトブレークすべて、血清群O26:H11によるものでした)。一方で、2005年から2015年までに確認された6つのSTEC HUS食中毒アウトブレークのうち、4つは血清群O157によるもので、そのうち3つは牛ひき肉製品の摂取と関連していました。ヨーロッパ全体での過去10年間のO157の減少に寄与する要因として、食肉生産における衛生規制の強化など、食肉業界での予防対策の実施があると考えられています。一方、フランスでは過去10年間に食生活が変化し、食肉、特に牛ひき肉の消費量が減少し、鶏肉が好まれるようになったことと、フランスは世界でも有数の生乳チーズの生産国と消費国であることが、O26の増加の一因かもしれないと研究者は推察しています。

フランスでわ。腸管出血性00157よりO2 6の方が最近では増えている。

まとめ

 本記事では、大腸菌O157とO26の病原性の違いについて説明しました。結論として、血清型による病原性の違いは、病原性大腸菌には存在しないことが示されています。むしろ、これらの菌株がどのような病原遺伝子を持っているかが重要です。また、特にフランスでは大腸菌O26がO157よりも感染が増加している傾向が見られます。実際、EUでは、血清型O157に重点を置いた検査から、幅広い血清型の検査へ移行しつつあることが報告されています。詳細については、以下の記事をご覧ください。

腸管出血性大腸菌(STEC)の血清型O157中心検査はもう古い?(論文)