身近な脅威、それが腸管出血性大腸菌(EHEC)です。食物や水を通じた感染が主ですが、実は驚くべきことに、ヒトからヒトへと直接感染するケースもあります。これは特に保育所での子どもたちの間や、重篤な感染症を看病する家族間で注意が必要です。この人間間の感染はどのような状況で、どれほどの確率で起こるのでしょうか?本記事では、この特異な感染経路とともに、保育所や家庭での具体的な感染事例を紹介します。この記事を通じて、あなた自身、大切な人々、そして子どもたちを予想外のEHECの脅威から守るための知識を得ることができます。

 本記事を読む前に、まずはじめに確認しておいていただきたいことは、食中毒菌は基本的には空気感染したり、人から人へうつることはありません。だからこそ、食品を介しての食中毒細菌として整理され、食品微生物学という学問領域がなり立っています。

 大腸菌O157など、腸管出血性大腸菌も他の食中毒菌と同様、基本的に食中毒菌に分類される細菌です。したがって、基本的には食品を食べることによって感染する細菌であり、空気中や人との感染で接触で感染することはありません。このことについては別記事でまとめていますのでご覧ください。

食中毒菌は、トイレや会話中にうつるか?

 また、腸管出血性大腸菌の主な感染経路は牛肉です。腸管出血性大腸菌は黄色ブドウ球菌やノロウイルスなどにように、町中のあちらこちらで二次感染を起こすようなことはありません。腸管出血性大腸菌の主な感染経路は牛肉であることについては下記の記事を確認してください。

腸管出血性大腸菌感染症は家畜と無関係の食品を感染源とする感染経路の可能性はどれくらい高い?

上記の基礎事項を確認した上で、例外事例として、この記事では、空気感染や患者からの二次感染の事例を紹介します。

空気感染

  まず初めの事例はかなり古いものですが、空気中に待った埃が腸管出血性大腸菌の感染源になった米国の事例です。

 米国では、county fair と呼ばれる郡の農産物・家畜の品評会が人気イベントとしてしばしば開催されます。

 2001年9月、オハイオ州で大腸菌O157の集団感染が確認されました。州の保健当局は、腸炎感染感染、および、または溶血性尿毒症症候群患者88人に聞き取り調査を行いました。ほとんどの患者は2001年8月20日から8月26日まで開催されたLorain Countyフェアに参加していることが判明しました。

  • 23人が症例定義に合致し、登録されました。14人(65%)が大腸菌O157感染症、1人(4%)が溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome:HUS)注)、8人(35%)が血性下痢の症状を報告していました。ほとんどの症例がフェア終了後に発病していました。
  • 年齢中央値は15歳(範囲:1〜64歳)、13名(57%)が女性でした。

注)腸管出血性大腸菌と溶血性尿毒症症候群の関係についての基礎的な説明は下記記事をご覧ください。
腸管出血性大腸菌の病原メカニズム

牛舎に近づいている若者たち

 

  患者の行動パターンを、腸管出血性大腸菌に感染しなかった53人の対照者と比較しました。その結果は次のとおりです。

  • ハンバーガーを食べたり、フェアグラウンドの水を使った液体を飲んだりすることは、感染とは関連していなかった。
  • 患者は、フェアグラウンドにある多目的コミュニティ施設である建物Aを訪れた可能性が対照群よりも高かった。
  • 建物Aを訪れた人のうち、患者は、建物内で飲食したり 、建物の床のおがくずを扱ったり、建物内で行われるダンスに参加したりした機会が感染しなかった人々よりも多かった。ダンスはフェアの最終日の夜に開催され、10歳から18歳を中心とした約900人が参加した。ダンスに参加した人の中には、ダンス中に建物内の空気が特にほこりっぽかったと訴える人もいた。
  • フェア終了から6週間後にA棟から採取した54検体のうち24検体(44%)から志賀毒素産生性大腸菌O157:NMが検出された。
牛舎で踊る若者たち

これらの状況から。調査した研究者たちは、次のように推論しました。

  • 少なくとも1頭の大腸菌O157を排出した動物(おそらく牛)が建物のおがくずに糞をしたときに、建物Aが最初に汚染された。
  • 大腸菌 O157 はおがくずの中で生き残り、増殖した可能性がある。
  • おがくずは、ダンスのような大きなイベントの際に空気中に拡散した可能性がある。また、この際、口や飲食物に付着した細菌を直接飲み込んだ可能性もある。

腹痛で苦しむ若い女性

 研究者たちは、大腸菌O157は、おそらく空気中に飛散したもの推測しています。空気中に拡散したことを裏付ける証拠としては、

  • 独立した危険因子としてのダンスへの参加
  • ダンス中の埃っぽい状況
  • 人や動物の手の届かない垂木を含む建物の広範囲に大腸菌に汚染されていたこと

 を上げています。

 この報告は、疫学的および微生物学的データから、汚染された建物が感染源であると考えられる大腸菌O157感染症の集団発生に関する初めての報告です。

 ただし、大腸菌O157の空気感染についてはその後、似たような事例はほとんど報告されていません。このケースは牛の糞が埃として舞う密閉空間という極めて特殊なケースと言えそうです。

An Outbreak of Escherichia coli O157 Infection Following Exposure to a Contaminated Building
JAMA. 2003;290(20):2709-2712.
Open access

家庭内でおきる二次感染(ドイツの事例)

 では、人と人との接触において、腸管出血性大腸菌は感染するのでしょうか?

 腸管出血性大腸菌は基本的には食中毒細菌です。したがって、人が会話した際に人から人へ感染するようなことはありません。

食中毒菌は基本的に人から人へは感染しない

ただし、腸管出血性大腸菌に感染をした患者を家庭内で看病したり、家庭内で濃厚接触する場合などでは、このような人から人への感染が起きるようです。以下にその事例を紹介して行きます。

 2011年にドイツで志賀毒素産生性大腸菌(STEC)O104:H4によるアウトブレイクが起きました。このアウトブレイクの中で、人から人への二次感染ががわれる事例がいくつか報告されています。いずれも、ヘッセン州でA社が運営する食堂で提供されたスプラウトが原因で起きた集団食中毒に関するものです。

Secondary transmissions during the outbreak of Shiga toxin-producing Escherichia coli O104 in Hesse, Germany, 2011
Eurosurveillance, 16, Issue 31, 04/Aug/2011
Open access

事例1:40代の夫から40代の妻と1歳の子供へ

 2011年5月24日、夫がA社の食堂で食事をした40歳代の女性が、血性下痢と腹痛で倒れました。2011年5月26日に入院し、その後、便検体から当時この地域で流行していたSTEC集団発生株が分離されました。

 2011年5月27日、地元の公衆衛生局は、A社の食堂で食事をした夫と1歳と8歳の子供の便サンプルを採取しました。夫と8歳の子供の便は陰性でしたが、1歳児の便検体は陽性でした。

 その後の当局の聞き取り調査では、A社の食堂で食事をした父親は、2011年5月18日に軽い腹痛があったが下痢はしていなかったと報告しており、また、1歳の子供については、母親の症状が出る少し前に軽い非血性の下痢があったと報告しています。

 なお、母親と2人の子供は、A社の食堂で食事をしていませんでした。

男性から妻へ移る腸管出血性大腸菌の感染。

事例2:30代の女性から看病した母親とその夫へ

 2011年5月12日、30代の女性が血性下痢で倒れ、同日入院しました。発症前の2週間、夫とともにA社の食堂で食事をしていました。夫と2歳の子どもは胃腸の症状を訴えませんでした。女性は、5月14日に退院しましたが、5月23日に再入院しました。

 2011年6月1日に、今度はこの女性の母親がが溶血性尿毒症症候群で入院しました。母親の便からアウトブレイク株が分離されました。女性の母親は、5日間、娘の最初の入院中に娘を見舞い、また、入院中の娘に代わって、2歳の孫の世話をしていました。

 さらに、2011年6月6日には、女性の母親の夫が下痢を発症し、翌日入院しました。便検体からアウトブレイク株が分離されました。女性の母親の夫は娘や孫のところへは行っていませんでした。

看病した両親へ二次感染する腸管出血性大腸菌

事例3:40代女性から看病した母親へ


 2011年5月14日、福祉施設に住む40代の女性が血性下痢になり、5月17日にHUSで入院しました。発症後数日間は、母親(70代女性)が介護を手伝いました。

 2011年5月28日、母親は血性下痢で倒れ、同日入院しました。両患者の便検体からアウトブレイク株が分離されました。

看病した母親に二次感染した腸管出血性大腸菌

事例4:20代女性から看病した母親へ

 2011年5月10日、20代の女性が血性下痢で発病し、その後、溶血性尿毒症症候群を発症しました。発症前の2週間、A食堂で食事を摂っていました。

 2011年5月13日に母親宅に転居し、5月15日の娘の入院まで50代の母親が看病をしていました。

 2011年5月24日に、50代の母親は、血性下痢を発症し、5月26日にSTEC胃腸炎で入院しました。両患者の便検体からアウトブレイク株が分離されました。

家に引っ越してきた娘から二次感染した腸管出血性大腸菌。

フランスやオランダでも二次感染が起きている

 疫学的に関連性のない上記の事例のほとんどは、直接または間接的な非近接者間での二次感染が最も可能性の高い説明であると著者たちは結論しています。また、これらの事例でのアウトブレイク株の血清型はO104:H4ですが、この血清型株が血清型O157や他のSTEC血清型に比較して特別に高い2次感染力をもっているわけではないと考察しています。

 ところで、このアウトブレイクによる家庭内での2次感染はドイツ以外の国でも起きています。

 2011年のO104:H4によるアウトブレイクでは、フランスにおいても、人から人への二次感染の報告がされています。フランスの場合も 40代の男性が、イベントで提供されたスプラウトにより感染し、その後、家庭内で妻と3歳児の子どもへの二次感染が起きました。

 同様に、2011年のO104:H4によるアウトブレイクでは、オランダにおいても、人から人への二次感染の報告がされています。アウトブレイクが起きていたドイツから帰国した女性が腸管出血性大腸菌と溶血性尿毒症症候群を発症しました。その後、生後10ヶ月の赤ちゃんにに長期機械的人工呼吸と透析が必要なほどの重篤な溶血性尿毒症症候群を発症しました、これも。 母親から子供への二次感染した可能性が高いと考えれれています。

患者からとの接触による二次感染はどれくらいの割合でおきている?

 上の事例で示したように、腸管出血性大腸菌は、症状を発症した人を看病したり、家庭内で濃厚接触した人の場合に、二次感染する可能性があります。

家庭内で看病した人や濃厚接触した人には腸管出血性の二次感染が起きる場合がある。

 では全体の腸管出血性大腸菌の中での二次感染の割合は、定量的にどれぐらいあるのでしょうか?

カナダグエルフ大学のスネデカー博士らは、二次感染事例のアウトブレイク全体に占める割合を定量的に推定し、一次アウトブレイク事例と二次アウトブレイク事例の関係を分析した研究論文を発表しています。

博士の論文はは、大腸菌O157のアウトブレイクにおける一次感染者、特に二次感染者についての初めての大規模で国際的な系統的記述・統計分析です。

Primary and secondary cases in Escherichia coliO157 outbreaks: a statistical analysis
BMC Infectious Diseases volume 9, Article number: 144 (2009)
Open access

 博士らは、英国、アイルランド、北欧、カナダ、米国、日本で確認された90件の大腸菌O157アウトブレイクから公表データを入手し、一次および二次感染様式、国、患者数、患者年齢の中央値について解析しました。結果を要約すると次のとおりです。

  • 解析対象とした90のアウトブレイクすべてにおける2次感染者の割合の平均は19.5%(範囲0〜 97%)、一次感染者あたりの二次感染者の割合は全体で平均をとると0.24であった。
  • 一次感染者に対する二次感染者の割合には、国によって統計的に有意な差はなかった。
  • 年齢中央値が6歳未満のアウトブレイクでは、年齢中央値が6〜16歳または17〜59歳のアウトブレイクよりも一次感染者に対する二次感染者の割合が高かった。
  • 最も一般的な二次感染様式は家庭内での人から人への感染(46%)であった。
  • 2次感染様式が保育所での人から人への伝播である集団発生は、家庭やその他の環境での人から人への伝播、または水による伝播である集団発生よりも高い割合を示した

 スネデカー博士らは、年齢の中央値が低いほど2次感染者の割合が高いという結果は、15歳未満の指標患者が家庭内接触者に感染しやすく、1歳から4歳の家庭内接触者が最も感染しやすいからだと推測しています。

保育園では腸管出血性の二次感染が起きる可能性がある。

 また、博士らは、保育園では子ども同士の感染が広がりやすく、免疫システムが未熟で個人の衛生習慣が未発達な人が密接に接触し、長期間にわたって菌を排出する可能性が高く 、多くの感染の機会がある可能性があるとしています。

まとめ

 食中毒菌は基本的には食品を介して、大量に体内に入ることによってのみ、感染を起こすことが可能です。基本的には人と人の接触においては感染ははしません。しかし、腸管出血性大腸菌の場合、感染者を看病した配偶者や近親者、感染者と濃厚接触した子供などが二次感染を起こす場合があるようです。また保育所などでは、子供が大量に大腸菌を排泄し、子供同士の接触もしくわ免疫の弱さなどから2次感染が起きてしまう可能性もあります。

 なお、腸管出血性大腸菌とともに代表的な感染型食中毒であるサルモネラ菌についても二次感染の事例の報告があるものの、腸管出血性大腸菌に比べると、その報告は限定されています。この理由は、腸管出血性大腸菌とサルモネラ菌の感染力の違いに起因するものと思われます。腸管出血性大腸菌とサルモネラ菌の感染力の違いについては、本ブログの下記記事にわかりやすくまとめていますので、ご覧ください。

なぜ、腸管出血性大腸菌がいる生レバーは禁止で、サルモネラ菌がいる生卵は禁止されていないの?

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