腸管出血性大腸菌O157感染症の感染経路として、牛肉とは無関係な事例(クッキーの生地)

 腸管出血性大腸菌O157の主な感染経路は、牛肉を感染源とした食べ物以外では、家畜の糞などを介して、畑の土、環境水を通じて汚染が広がった野菜などです。しかし、一見牛肉とは無関係の食品を原因として感染が起きる事例もあります。アメリカでも、 2009年にこのような例があります。市販のパック済クッキーの生地による食中毒です

今回は、この事件について総括をした米国FDAのニール博士らの論文を紹介します。

※腸管出血性大腸菌の基礎事項を確認したい方は、下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ①腸管出血性大腸菌

米国でのクッキー生地での食中毒

 まずは事件の概要です。 2009年3月から9月にかけて複数の州にまたがる腸管出血性大腸菌O157食中毒が発生しました。患者は30州にわたり、合計で77人です。このうち35人は入院し、10人は尿毒症を発症しました。幸いなことに死者は出ませんでした。入院患者35人のうち、 33人は市販のパック済クッキーの生地を食べていることが判明しました。この33人全員がN社のブランドAを購入してることが判明しました。微生物検査の結果、このクッキーの生地ブランドから腸管出血性大腸菌が分離されました。このようにクッキーの生地から腸管出血性大腸菌O157食中毒は世界ではじめてでした。

 ところで、なぜクッキーの生地から食中毒起きたのでしょうか?調査の結果、患者の多くは、本来は焼いて食べるべきクッキーの生地を、生のまま、もしくは加熱不十分の状態で食べていたことが判明しました。

 さて、ではどうしてクッキーの生地に腸管出血性大腸菌O157の混入したのでしょうか?この部分が最も重要な点です。実は、FDAの調査でも最終的にどこからクッキーの生地に腸管出血性大腸菌O157が混入したのかを明らかにすることができませんでした。簡単に調査経緯を述べます。

 まずこのクッキーの生地を作っている工場が自然に恵まれた郊外に位置していたことから、工場施設への腸管出血性大腸菌O157の混入ルートがあるのではないかと疑いました。しかし調査の結果はこのような汚染ルートを見出すことができませんでした。

 次にクッキーの生地を構成している材料が疑われました。まずは、卵です。しかし卵についてはパスツール殺菌が行われており、その殺菌工程の失敗は認められませんでした。したがって卵の可能性を否定されました。また同様に、糖、ベーキングソーダ、マーガリンについても十分な殺菌措置が行われていましたので、これらの材料が原因となっていると考えられませんでした。次にチョコレートチップの可能性が疑われました。なぜかというと、ほとんどの患者は、チョコレートチップ入りのクッキーの生地を食べていたからです。チョコレートチップによっての腸管出血性大腸菌O157食中毒はこれまでに起きていませんでした。しかしサルモネラ菌による食中毒が起きています。また、チョコチップ上で腸管出血性大腸菌O157が366日生残できるという論文も出ていました。しかしチョコレートチップについても、最終的には、腸管出血性大腸菌O157の汚染源になったという証拠は得られませんでした。また、そもそもチョコレートチップつきのクッキーの生地を食べていた患者が多いというのは、この会社の製造するクッキーの生地にはそもそもチョコレートチップが付いている場合が多いということから、疫学的にも、チョコレートチップを可能性が高いとすることに無理があると判断されました。

 最終的に可能性として残ったのが、小麦粉です。小麦粉はサルモネラ菌汚染の報告があり、またこれまでにサルモネラ菌食中毒の原因としても報告あります。腸管出血性大腸菌ではありませんが、大腸菌そのものは小麦粉からの検出事例もこれまでに報告されています。米国の研究者が行った研究事例では、市販小麦粉の12.8%が大腸菌に汚染されていたとする報告もあります。最終的に小麦粉についても、腸管出血性大腸菌O157の汚染の原因になったという証拠は得ることができませんでした。しかし、小麦粉についてはクッキーの生地の製造工程において腸管出血性大腸菌O157を殺菌する工程が入らないことから、事故の原因だった可能性が1番高いのではないかと、 FDAは推察しています。しかしこれはあくまでも推察であり、最終的にはこの食中毒事件は原因不明と整理されています。

 クッキーの生地については、最終的にFDAは、とにかく加熱を前提としているready to eat食品であるクッキーの生地を生や加熱不十分で食べる事は避けるようにと消費者に警告しています。この論文によると、アメリカの大学生のアンケートの結果、53%はクッキーの生地を焼かずに生で食べているとのことでした。

 この論文は、腸管出血性大腸菌O157食中毒の原因食品として牛肉や牛肉に直接関連する食品以外の事例について報告した論文として注目されています。2012年に発表されてから98回引用されています。(2021年10月Scopusで更新)

論文→A novel vehicle for transmission of Escherichia coli O157:H7 to humans: multistate outbreak of E. coli O157:H7 infections associated with consumption of ready-to-bake commercial prepackaged cookie dough--United States, 2009
Clinical Infectious Diseases 2012;54(4):511–8

 腸管出血性大腸菌はグラム陰性菌であり、一般的には黄色ブドウ球菌やリステリア菌のようなグラム陽性菌に比べると 環境への耐性は低いので、2次汚染の可能性はそれほど高くはない。。と、このように私も大学の授業などでは教えてきました。

しかし今後は腸管出血性大腸菌の環境での生残能力や調理場や食品の流通ルートでの二次汚染の可能性などについても重要な研究のテーマになっていきそうです。

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。