食品のラベルに記載されている「賞味期限」と「消費期限」。これらの違いや、期限を超えた商品の法的な取り扱いはどうなるのか?特に、消費期限は微生物学的な安全性を基に設定されており、期限を超えるとその安全性は保証されないとされている。しかし、実際には消費期限を超えた食品の販売や加工材料としての使用は違法なのだろうか?この記事では、日本とEU諸国の法的な位置づけの違いを中心に、消費期限切れ食品の法的扱いについて詳しく解説する。
賞味期限と消費期限
まず、賞味期限と消費期限の基本的な違いについて簡単に整理しておく。
- 賞味期限は、袋や容器を開けないままで、書かれた保存方法を守って保存していた場合に、この「年月日」まで、「品質が変わらずにおいしく食べられる期限」のこと。賞味期限は、スナック菓子、カップめん、チーズ、かんづめ、ペットボトル飲料など、消費期限に比べ、いたみにくい食品に表示(作ってから3ヶ月以上もつものは「年月」で表示することもある)。
- 消費期限は、袋や容器を開けないままで、書かれた保存方法を守って保存していた場合に、この「年月日」まで、「安全に食べられる期限」のこと。消費期限は、お弁当、サンドイッチ、生めん、ケーキなど、いたみやすい食品に表示。
厚生労働省の定義(農林水産省と共同定義)
- 賞味期限は、定められた方法により保存した場合において。期待される全ての品質の保持が十分に可能であると認められる。期限を示す年月日。
- 消費期限は、定められた方法により保存した場合において、腐敗、変敗、その他の品質の劣化に伴い安全性を欠くこととなるおそれがないと認められる期限を示す年月日。
つまり、上記いずれも、表現は異なるが、同じ定義で、賞味期限は「品質」を、消費期限は「安全性」を示す指標ととらえることが出来る。
また、消費期限は傷みやすいもの、賞味期限は比較的傷みにくいものと言える。
上図は農林水産省、厚生労働省共同発表資料の図をそのまま転載
日本における消費期限切れ食品の法的取り扱い
さて、ここから本記事の本題に入る。賞味期限は、上述のように「品質が変わらずにおいしく食べられる期限」のことなので、この期限をすぎてもすぐに食べられないということではない。つまり、期限切れの商品を販売や加工材料として使用しても、法律的な問題はない。
問題は、消費期限のほうである。
- 食品の消費期限を過ぎた食品は、日本の法律でどのように取り扱われるのか?
以下に、日本における消費期限切れ食品の法的取り扱いについて解説する。
法律的な背景
農林水産省と厚生労働省は次のように述べている(加工食品の表示に関する共通Q&A(平成15年 9月平成20年11月一部改正、厚生労働省医薬食品局食品安全部基準審査課、農林水産省消費・安全局表示・規格課)。
***** ここから引用 *****
Q29: 表示された期限を過ぎた食品を販売してもよいのですか。(食衛法)
食品等の販売が禁止されるのは、当該食品等が食品衛生法上の問題がある場合、具体的には食品衛生法第6~10条、第19条等に違反している場合ですので、仮に表示された期限を過ぎたとしても、当該食品が衛生上の危害を及ぼすおそれのないものであればこれを販売することが食品衛生法により一律に禁止されているとはいえません。
しかしながら食品衛生を確保するためには、消費期限又は賞味期限のそれぞれの趣旨を踏まえた取扱いが必要です。まず、消費期限については、この期限を過ぎた食品については飲食に供することを避けるべき性格のものであり、これを販売することは厳に慎むべきものです。また、賞味期限については、期限を過ぎたからといって直ちに食品衛生上問題が生じるものではありませんが、期限内に販売することが望まれます。
***** ここまで引用 *****
つまり、法的には、販売者は消費期限切れの食品の販売を厳に慎むべきであるが、それ自体が直ちに違法行為には当たらないということだ。
法律事務所による解釈でも、例えば、下記サイトのように、消費期限切れの食品の販売自体が違法になるわけではなく、「人の健康を損なうおそれのあるもの」という法律上の禁止事項に抵触する可能性があるため注意が必要(食品衛生法第6条)とのみ述べている。
また、食品衛生監視員には、食品衛生に関する監視指導の実施に関する指針によれば、食品表示基準(消費期限含む)についての適合を確認し、その遵守を徹底することとなっている。つまり、消費期限切れの販売をしないように指導することとなってる。
また、消費者に対しては、農林水産省HPによれば、消費期限が過ぎたら食べないほうが良いと表現している。
ところで、食品衛生監視員が指導する回収には、自主回収と命令回収があるが、【消費期限切れ=食品衛生法違反】ではないため、消費期限切れ食品に関する指導は、自主回収を促す指導となる。
以上のように、日本では、消費期限切れの食品の販売や加工材料としての使用は、厳に慎むべきものであり、消費者は食べるべきではないものであり、衛生監視員の指導の徹底が促されているが、法的には必ずしも禁止されているわけではないということである。
さて、EUではどうか?以下にEUの事情について見ていきたい。
EUにおける消費期限切れ食品の法的取り扱い
英国
英国は、EUを脱退したが、ヨーロッパの主要国として、消費期限切れの法的扱いについて詳しい情報が提供されているので、まずは、英国について紹介する。
英国には、消費期限に関する厳格な規制が存在する。2015年の最高裁判決を受け、食品基準庁は詳細なガイダンスを発表ている。
まずは、根拠となるEUの規則では、
- 欧州食品法(EC)178/2002号(食品法の一般的原則と要件を定めるもの)の第14条(I)は、「食品が安全でない場合、市場に出してはならない」と規定している。
- EU規則1169/2011(消費者への食品情報の提供に関するもの)の第24条(I)は、「消費期限」を過ぎた食品は、規則178/2002の第14条(2)から(5)に従い、安全でないとみなされると述べている。
❶と❷をつなぐと、消費期限が切れた食品を市場に出すことは、EU規則(EC)178/2002号の違反となると、英国の法規制では解釈している。すなわち、
- 消費期限が切れた食品を店頭に展示することは違法である。
- 小売業者は、消費期限に日付を変更する権限はない。
取締りが行われ、違反者には罰則が科される。
ただし、以下の例外があるようだ。
- '消費期限が切れる前に冷凍保存され、他の製品の材料として使用される場合がある。
上記の場合、冷凍した日付の明確な記録が必要である。また、解凍した食品を安全に使用するための手順が適切に文書化されている必要がある。
なお、英国では、消費期限切れ食品の販売について、過去に最高裁まで争われた経緯があり、その判決を踏まえて、食品基準庁の食品企業者向けの告知では、つぎのように述べている。
”使用期限が切れた製品は、元の形態で市場に出されることは絶対にありません。「消費期限」を過ぎると、食品は規則(EC)178/2002の第14条(2)から(5)に従って、食品は安全でないとみなされるものとし、地方当局がこれ(ブログ筆者注、つまり本当に安全か安全でないかを)を証明する必要はありません。この規定は、使用期限が切れた場合、食品は自動的に安全でないとみなされ、市場に出すことはできません。これは反証できない前提であり、食品事業者は専門家や他の証拠を参照して食品が実際に安全であると主張することはできません。この根拠は英国最高裁の判決によるもです注)。”
注)上記の最高裁では、食品企業側は「食品の消費期限が切れているだけでは違反とはいえない」という立場を取り、食品が健康に害を及ぼすという具体的なデータや証拠を行政側が提供しなければ違反とは認められないと主張した。しかし、最高裁はこの主張を退け、消費期限が切れた食品を販売すること自体が規定に違反しているという判断を下した。つまり、行政側が具体的な健康被害のデータや証拠を示さなくても、消費期限を過ぎた食品の販売は違反となるという結論に至った。
以上、英国では、消費期限切れの食品の販売は違法と整理されている。
アイルランド
アイルランドでも、上記英国と同じロジック(EU規則の❶と❷の論理的連結)によって、消費期限切れの食品の販売は違法と定めている。すなわち、アイルランド食品安全局の発行文書には、下記のように記されている。
微生物学的見地から、非常に腐敗しやすく、従って、短期間後には人の健康に対する直接的な危険を引き起こす可能性が高い食品の場合、最低耐久期限は「消費期限」に置き換えられなければならない。規則(EU) No 1169/2011の改正(欧州連合、2011年)により、「消費期限」が過ぎると、規則(EC) No 178/2002の改正(欧州委員会、2002年)の第14条(2)から(5)に従い、食品は安全でないとみなされる。この法律では、安全でない食品を市場に出すことは違法であり、「消費期限」を過ぎて食品を販売することはできない。
フランス
フランスでは、経済財政産業・デジタル主権省のHPのQAコーナーに次のように記載されている。
Q:消費期限(DLC)が過ぎた製品を消費または販売することはできますか?
A:消費期限は絶対的な限界であり、それを尊重することが重要です。この日付を過ぎると:関連する食品は消費に不適切であり、健康に対して危険な性質(食中毒)を持っています。 それらを販売することは罰則の対象となり、禁止されています。食品販売者は消費に不適切な製品をリコールする義務があります。
また、国立食品環境労働衛生安全庁(Anses)のHPで次のような記載をしている。
消費期限切れの食品は、健康に危険を及ぼす可能性があるため、指定された使用期限を過ぎた後は摂取しないでください。包装された生鮮製品の大部分には、製造業者の責任の下で設定されたこの必須の通知が記載されています。期限を過ぎると販売できなくなります。
まとめ
以上、英国、アイルランド、フランスの事例を調査した結果、これらの国々では消費期限切れの食品の販売は明確に違法とされている。
日本の法的状況はやや異なる。消費期限が過ぎた食品が「安全に食べられる期限」を越えていても、健康被害の可能性が明らかにされない限り違法とはされない。この問題については、上述したように英国の最高裁で、行政側が健康被害を証明しない限り、罰則は適用されないのではないかという問題が争点となった。しかし、英国最高裁は、行政にそのような証明の義務はないとし、消費期限切れの食品は自動的に違法と判断した。
日本の法律の解釈では、健康被害の証拠がない限り、消費期限切れの食品の販売や加工材料しての使用を違法とは見なさない可能性がある。明確な法的指針の欠如は、業者や消費者にとって混乱を招く可能性もある。
ただし、日本には消費期限切れの食品の販売や加工材料としての使用を直接的に罰する法律が明示されていなくても、食品の安全性や表示に関連する法律を通じて、間接的な規制や監督が存在する。多くの企業も自主的に販売や加工材料としての使用を避けている。
また、そもそも、日本では消費期限切れの食品の販売や加工食品材料への使用が明らかになった場合、コンプライアンス違反となり、社会的評判を大きく失う。かつて、大手菓子メーカーが消費期限が切れた牛乳を使用してシュークリームを製造し、社会的評判を大きく失った事件があった。
この事件では、会社が事実を把握してからも公表や回収の呼びかけをしなかった点が社会から糾弾された。当時の会社側としては、出荷時の細菌検査に問題はなく、健康被害の苦情もなかったため公表しなかったという認識があったとされている。もし、そもそも消費期限切れ食品の使用が違法行為であれば、このような判断は最初から行われなかった可能性が高い。
日本の社会構造は、法律が明示的でなくとも、国民の倫理観によって円滑に動いていると言われている。消費期限問題に限らず、ルールがあいまいでも、何とか社会が機能する点は、倫理観や道徳観の同質性の高い日本社会の良いところといえるかもしれない。
しかし、今後、日本社会での人手不足や従業員の教育不足が原因で、特に、中小、零細企業の食品製造・流通の現場の従業員教育がうまく機能せず、社会にほころびが生じることも想定できる。その際、監督機関が食品業者に対して効果的に指導や取締りを行うためには、明確な法的基準の設定が必要となる日が来るかもしれない。このまま日本社会の良い点が維持され、そのような事態にならないことを願いたいものだ。
注)英国およびアイルランドでは"Use By dates"、フランスでは"Date limite de consommation (DLC)"として記載されている「消費期限」は、日本の「消費期限」と同義であるため、本記事では統一的に「消費期限」として訳している。