乳酸菌培地の培地成分を読解してみよう

 本記事では、 MRS培地やBCP培地など乳酸菌培地に、果たしてどれぐらい乳酸菌の選択性があるのかについて、整理してみる。培地成分を読解してみよう。

乳酸菌は多くのアミノ酸合成能を失っている

 乳酸菌の生息する環境では一般的に糖類やタンパク質が豊富である。また脂質やビタミンなどの栄養類が豊富な場合も多い。その結果、乳酸菌は多くのアミノ酸やビタミンを自分で合成できないような代謝に進化している。

 この点は、食物連鎖の頂点に立っている人間の代謝と似ている。 人間の場合は、20種類のアミノ酸のうち、9種類のアミノ酸(イソロイシン・ロイシン・リジン・メチオニン・フェニルアラニン・スレオニン・トリプトファン・バリン・ヒスチジン)を自身で合成できない。乳酸菌も、ほとんどの菌種がメチオニン、システイン、ヒスチジンなどのアミノ酸を自分で合成できない。

 このような自身での栄養素の合成能力の欠如は、大腸菌などと比べると対照的である。大腸菌は必要なミネラルとブドウ糖だけを与えれば、自分の体に必要なアミノ酸も含めて全て自分で合成ができる。

つまり乳酸菌は人間と同じように、とてもわがままな細菌と言える。

 乳酸菌が自分でアミノ酸を合成できないという事実は、一方で乳酸菌の多くがタンパク質を分解するプロテアーゼを分泌するという事実と符合している。つまり乳酸菌はプロテアーゼを分泌してタンパク質からアミノ酸を取り出しそのアミノ酸を体内に取り込むという能力に長けているわけだ。

アミノ酸合成能をアウトソーシングする乳酸菌の戦略

  ところで、人間や乳酸菌のように自身で合成できないアミノ酸が多い場合と、大腸菌のようにすべてのアミノ酸を自分で合成できる場合とでは、どちらが生態学的に有利であろうか?

 これについては、大腸菌を用いた実験で興味深い実験がある文献)。大腸菌に遺伝子変異をさせてアミノ酸をいくつか合成できないようにさせた実験である。アミノ酸が存在している培地でアミノ酸合成欠損株と対照株を同時に増殖させた場合には、欠損株の方がはるかに速い増殖をするということが明らかになっている。自然株の方は培地中にアミノ酸が存在していても、自身のアミノ酸合成能の代謝系を使うと、結果として増殖が遅くなる。一方、アミノ酸の合成能を持っていない株は培地中に存在するアミノ酸を効率的に取り込んで手っ取り早く増殖をしていく。

 人間の世界で例えると、外注先がたくさんあって、なおかつ、資金の豊富な会社は、自社で全ての作業を行うよりも、アウトソーシングした方が効率的だという事に似ている。

 このように乳酸菌が人間の細胞と同じようにアミノ酸を自分で合成できないという一見手抜きのような代謝を持っていることは、栄養が豊富な環境下において自身を有利に素早く増殖するための戦略であるといえる。

 しかし一方で、乳酸菌が多くのアミノ酸の合成能力を失っているという事実は、栄養が豊富でない環境や培地では、不利な状況に陥る。後で述べるように、大腸菌などの他の多くの細菌は標準寒天培地でよく増殖する。しかし、乳酸菌はほとんど増殖ができないか、小さなコロニーしか形成できない。乳酸菌を検出しようとした場合には培地にアミノ酸の補充やその他の栄養の補充が必要になるわけだ。

乳酸菌検出培地の選択性について

 乳酸酸菌を検出する培地としては、BCP加プレートカウント寒天培地やMRS寒天培地等がある。しかし、いずれの場合も乳酸菌だけが増殖するような選択的な培地ではない。特にBCP加プレートカウント寒天培地では乳酸菌以外の雑菌が同時に発育し、乳酸菌の発育が阻害されたり、特徴的な発育性状が観察できない。以下に簡単にこれらの培地の特性について述べておく。

BCP加プレートカウント寒天培地

 BCP加プレートカウント寒天培地は食品衛生法に基づく「乳等省令」(乳および乳製品の成分規格等に関する省令、昭和26年12月27日厚生省令第52号)で、発酵乳および乳酸菌飲料の乳酸菌数測定法培地として指定されている培地である。本培地は発酵乳、乳酸菌飲料、乳酸菌入りアイスクリーム中の乳酸菌数測定するためのものである。

 BCP加プレートカウント寒天培地は培地組成から見れば分かるように、つまるところ一般生菌数用の標準寒天培地に ポリソルベート(tween 80)と L システインと加えて、 pH 指示薬(ブロムクレゾールパープル)によりブドウ糖で pH が下がる場合に黄色くなることを確認する培地である。

 ポリソルベート80、L -システインは、発酵乳や乳酸菌飲料からの酪農乳酸菌の発育をよくするためが加えられている。

ポリソルベート80は 側鎖に脂肪酸側鎖を含む界面活性剤の一つである。側鎖にオレイン酸側鎖を含むので、乳酸菌の脂肪酸代謝におけるオレイン酸の供給源となる。これにより、オレイン酸などを要求するヨーグルト用乳酸桿菌も生育できるようにしている。

 L システインはビフィズス菌やその他多くの乳酸菌が合成できないアミノ酸である(下図参照)。従ってシステインを標準寒天培地に加えることによってこれらの乳酸菌の検出を出来るようにしようという工夫である。

発育したコロニーの中で周囲が黄変したものを乳酸菌と判定する。BCP加プレートカウント寒天培地のpHは7.0である。 PH指示薬のBCPの色は中性で 紫色であるが、ブドウ糖が分解されて酸性になると黄色 になる。したがって乳酸菌であればブドウ糖を発行して乳酸を作るので、そのコロニーおよびコロニーの周辺は黄色になる。

 しかしここで重要なことは、 BCP加プレートカウント寒天培地は、あくまでも対象とするサンプル中に乳酸菌だけが存在しているような乳酸菌飲料向けの培地ということである。上述したように乳酸菌以外の細菌の増殖を抑制するような仕組みはこの培地にはない。

 従って食肉加工製品や惣菜などの雑多な細菌が存在している食品サンプルで BCP プレートカウントを用いると、バックグラウンドの細菌が多数増殖して乳酸菌の検出は極めて困難となる場合が多い。

 乳等省令で乳酸菌飲料で BCP平板寒天が指定されているからと言って食肉製品や惣菜などの食品の検出に適しているわけではないことは留意しておく必要がある。雑菌がたくさん存在している食品サンプルについてBCPプレート平板で測定した場合、培地全体が黄変してしまい、乳酸菌のコロニーを特定することが不可能な場合が多い。従って食肉製品や惣菜など雑菌が多く存在している食品での乳酸菌検査には BCP がプレートは推奨できない。

MRS寒天培地

 MRS(deMan,RogOsa,Sharpe)培地は1960年にde Man ,Rogosa, Sharpeによって開発された培地である)。MRS培地は培地成分が豊富なために、ペディオコッカスやロイコノストックのような栄養要求性の厳しい乳酸菌も含めて、ほとんどの乳酸菌が良好に増殖する点が特徴である。

 標準寒天培地やBCP加プレートカウント寒天培地などと異なる点は、ペプトンに加えて肉エキスも加えている点である。

⾁エキスは⽜の⾁抽出液を濃縮したものである。動物性アミノ酸・ビタミンが豊富に含まれており、乳酸菌の増殖を促進する。

 また、硫酸マグネシウムや硫酸マンガンとして、マグネシウムイオンやマンガンイオンが加えられている。マグネシウムイオンのような2価のカチオンは、一般的に酵素活性を促進する。従ってこれらを加えることによって乳酸菌のコロニー形成能を短縮する機能を持っている。

  MRS培地では、 BCP加 寒天培地と異なり、選択性を持たせる工夫もわずかながらではあるが施されている。具体的には、クエン酸アンモニウムと酢酸ナトリウムが加えられている。

  • 酢酸ナトリウムは、食品の日持ち向上剤に用いられていることから分かる通り、多くの細菌の増殖を緩やかに抑制する。
  • クエン酸アンモニウムも、酢酸ナトリウムと同様に有機酸のメカニズムにより、多くの細菌の増殖を緩やかに抑制する。

※日持ち向上剤向としての酢酸ナトリウムのメカニズムの詳しい記事は下記をご覧ください。
保存料や日持ち向上剤としての有機酸による抗菌作用のメカニズム

 日持ち向上剤や保存料としての有機酸のメカニズムは基本的には細菌の種類に関わらず、共通のメカニズムである。非解離の有機酸とともに細胞内に流入した水素イオンを効率的に排除する仕組みだ。乳酸菌の持っているこの仕組みの代表的なものとしてアミノ酸のヒスチジンを脱炭酸してヒスタミンを作るアミノ酸脱炭酸酵素がある。

※乳酸菌のアミノ酸脱炭酸酵素による耐酸性に関する記事は下記をご覧ください。
ヒスタミン食中毒の原因になりやすい食べ物とヒスタミン生成菌

 つまるところ、MRS培地で乳酸菌だけを選択している原理は、有機酸による抗菌力に対しての感受性が乳酸菌は比較的強いということだけの原理に頼っている。しかしこれらの成分だけでは、 MRS培地が雑菌抑制のための強力な選択機能を持っているとは言い難い。

 以上、大まかな理解としては、 MR 培地は、乳酸菌の増殖をしやすくするために栄養が補充されている培地ではあるものの、乳酸菌以外の細菌が生えないような仕組みは強力なものではないと理解しておく必要がある。

 ただし MRS 培地に、ソルビン酸などの有機酸を加えさらに pH を低くすることにより(例えば pH 5.7など)乳酸菌以外の細菌の増殖を抑制する選択性を向上させることは可能である文献)

 惣菜類や肉類の変敗乳酸菌の測定を行う場合に、 MRS 培地は精度の良い準選択・鑑別培地として使用することが可能である。しかし、上述したように、この培地は乳酸菌の完全な選択培地ではないことを常に留意し、ピックアップしたコロニーのカタラーゼ試験を確かめるなどして確認することを勧める。

※乳酸菌とかカタラーゼ試験に関する基礎事項は別記事で求めていますのでご覧ください。
なぜカタラーゼ試験でグラム陽性菌の中から乳酸菌を見分けることができるのか?

 また、乳酸菌を効率的に識別ために、MRS寒天培地に炭酸カルシウムを添加する場合がある。水に不溶の炭酸カルシウムは培地中で白く濁る。しかし乳酸菌のコロニーの周りでは乳酸が生成され、炭酸カルシウムは乳酸カルシウムに変化する。乳酸カルシウムは水溶性のために、乳酸菌のコロニーの周りは透明で透けた状態になるという原理を利用している。

 最後に変敗乳酸菌の食品中での制御は難しい理由がこの記事を読んだら改めて理解できるのではないだろうか。なぜならば、MRS培地ではそもそも有機酸によって微生物の増殖を抑制しながら、一方で乳酸菌だけが選択的に増殖できるような仕組みとしている。
 これを食品に置き換えてみたらどうだろうか?MRS培地での乳酸菌コロニーの優占出現は、すなわち、食品中にいくら酢酸ナトリウムやソルビン酸などの有機酸系の抗菌剤を添加したも、乳酸菌が増殖できることを観察していることになる。

※変敗乳酸菌の基礎事項については、下記の記事をご覧ください。
乳酸菌(特に食品の腐敗細菌として)