米国で、Cyclospora(サイクロスポラ)による非常に大規模な食中毒が発生しています。2026年8月27日時点で、患者数は11,458人、入院495人、死亡2人。20州から患者が報告されています。原因食品として強く関連付けられているのは、メキシコ中部産のアイスバーグレタスです。FDAも今回のアウトブレイクについて、これまでのCyclospora事例と比べて「前例のない規模」としています。FDAによる調査は現在も続いています。
Cyclosporaは、食品安全の分野では以前から知られている病原体ですが、このブログではこれまでまとまって紹介したことがありませんでした。そこで今回は、この米国で起きている大規模食中毒を紹介するとともに、「そもそもCyclosporaとはどんな生物なのか?」を簡単に整理してみたいと思います。
1.米国で1万人を超える大規模食中毒
今回のアウトブレイクで問題となっているのは、Taylor Farms de Mexicoが取り扱ったメキシコ中部産のアイスバーグレタスです。対象には、細切りレタス(shredded lettuce)、カットレタス、サラダミックスなどが含まれていました。つまり、加熱して食べる野菜ではなく、そのまま食べるRTE(Ready-to-Eat)の生鮮カット野菜です。
FDAとCDCの調査によれば、2026年8月20日時点で、
- 患者 11,458人
- 入院 495人
- 死亡 2人
- 発生 20州
となっています。
FDA:Investigation of Multistate Outbreak of Cyclospora Illnesses Linked to Iceberg Lettuce

図 患者発生州の分布(2026年8月27日時点)
出典:FDA, Investigation of Multistate Outbreak of Cyclospora Illnesses: Iceberg Lettuce (July 2026)
https://www.fda.gov/food/outbreaks-foodborne-illness/investigation-multistate-outbreak-cyclospora-illnesses-iceberg-lettuce-july-2026
Cyclosporaでは以前にも大きなアウトブレイクがありました。よく知られているのが、1996年にグアテマラ産ラズベリーに関連して北米で発生した事件です。当時、1,400人を超える、それまでで最大のCyclosporaアウトブレイクと報告されました。今回の1万1千人を超える患者数は、それをはるかに上回ります。FDA自身も今回のアウトブレイクについて、その規模と重症度はこれまでのCyclospora事例と比較して「前例のないもの(unprecedented)」としています。さらにFDAは8月28日、今回のアイスバーグレタスのリコールを、健康被害のリスクが最も高いClass Iに分類しました(FDA)。
なお、「レタスが原因食品であること」と「レタスがどこで、どのようにCyclosporaに汚染されたか」は別の話です。FDAは疫学調査とトレースバックから、メキシコ中部産の加工済みアイスバーグレタスとの関連を強く支持していますが、農場の水だったのか、別の環境要因だったのかなど、具体的な汚染経路はまだ確定していません。現在、FDAはメキシコ当局とともに、レタス生産者および加工施設での立入調査やサンプリングを続けています。
2.そもそもCyclosporaとは何者なのか?
Cyclosporaの正式名称は、Cyclospora cayetanensisです。細菌でもウイルスでもありません。単細胞の寄生性原虫(コクシジウム)です。

Cyclospora cayetanensis のオーシスト(微分干渉顕微鏡像、×1,000)。
Zhou Y, et al. Emerg Infect Dis. 2011;17(10), Fig. 1Bより抜粋(CDC, public domain)
人の小腸に感染し、サイクロスポラ症(Cyclosporiasis)を引き起こします。人のサイクロスポラ症を起こす Cyclospora cayetanensis については、現在のところヒトが唯一の主要な自然宿主と考えられています注)。サルモネラやカンピロバクターなら「家畜や野生動物→食品」という経路を考えますが、Cyclosporaでは基本的に、
ヒト → 糞便 → 環境中で成熟 → 水・農産物 → ヒト
という、かなりヒト中心の生活環になります。

注:Cyclospora属全体がヒトだけを宿主にするわけではありません。 サルなどの非ヒト霊長類には、C. cercopitheci、C. colobi、C. papionis、C. macacae など、別のCyclospora種が見つかっています。これらはかなり宿主特異性が強いと考えられています。
代表的な症状は水様性の下痢です。潜伏期間は平均約1週間。食欲不振、腹痛、膨満感、吐き気、倦怠感、体重減少などを伴うこともあります。治療しない場合には症状が数週間以上続いたり、いったん良くなった後に再び症状が出たりすることもあります。

糞便から出た直後には、人に感染できない
感染した人からCyclosporaはオーシストという形で糞便中に排出されます。ところが、この排出されたばかりのオーシストは、まだ人に感染する能力を持っていません。環境中に出た後、適切な温度などの条件下で少なくとも1~2週間程度かけて成熟(sporulation)し、そこで初めて感染性を持つようになります。
つまり、
感染者
↓
糞便中にオーシストを排出
↓
環境中で1~2週間ほど成熟
↓
感染性を獲得
↓
水や野菜などを汚染
↓
人が摂取
という少し変わった感染サイクルを持っています。このため、ノロウイルスのように、感染者から排出されたものがすぐに別の人に感染するという直接的なヒト-ヒト感染は起こりにくいと考えられています。

コラム:Cyclosporaは「研究者泣かせ」――いつまで感染できるのかさえ、よく分からない
Cyclosporaは、現在でも通常のin vitro培養系が確立しておらず、適切な動物感染モデルもありません。これまで試みられた実験動物への感染も成功していません(Dubey et al.,2022)。
このことは、Cyclosporaを研究するうえで大きな問題になります。
例えば、前に述べたように、Cyclosporaのオーシストは環境中で1~2週間ほどかけて成熟し、感染性を獲得します。
では、一度感染性を獲得したオーシストは、その後どのくらい感染性を保つのでしょうか。1か月でしょうか。半年でしょうか。あるいは1年以上でしょうか。
実は、この素朴な疑問にも、まだ明確な答えがありません。
水や湿った環境では数週間から数か月残存し得ることは分かってきていますが、「そのオーシストが本当にまだ人に感染できるか」を直接調べることが難しいのです。オーシストが見つかった、DNAが検出された、ということと、感染性が残っていることは同じではありません。
同じ理由で、
「この消毒処理で何log死んだのか」
という食品微生物では当たり前の実験も、Cyclosporaでは簡単には行えません。
そこで、近縁の鶏コクシジウム Eimeria acervulina などが代替モデルとして利用されています。実際、2025年の研究では、E. acervulina をCyclosporaのsurrogateとして用い、UV処理後の感染性を鶏への感染試験によって評価しています。
(Baumann et al., 2025)
3.なぜ生鮮野菜で問題になるのか?
ここまで読むと、今回なぜレタスで大きな事件になったのかが少し見えてきます。
Cyclosporaの感染性オーシストを含む水などによって農産物が汚染され、それを加熱せずに食べれば、そのまま人に届く可能性があります。
実際、米国ではこれまでにもCyclosporaのアウトブレイクが、ラズベリー、バジル、サラダ類などの生鮮農産物と関連してきました。
さらに厄介なのが、「洗えば大丈夫」とは限らないことです。
FDAによれば、塩素をはじめとする一般的な抗菌処理は、Cyclospora cayetanensisに対して十分な効果を示しません(FDA:Cyclosporiasis and Fresh Produce)。したがって、RTEの生鮮カット野菜では、原料が汚染されてから工場に入ってくると、通常の洗浄工程だけで、汚染リスクを確実にゼロにできるとは限りません。

これは食品企業の品質管理を考えるうえで重要な点です。
工場内の衛生管理だけでなく、農場、作業者衛生、水など、原料よりさらに上流の管理が重要になるタイプのハザードなのです。
参考: FDA:Cyclosporiasis and Fresh Produce
4.では、日本のカット野菜は大丈夫なのか?
今回のニュースを見て、「では、日本で販売されているカット野菜は大丈夫なのか?」と感じる方もいると思います。
現在のところ、日本では米国のような状況にはなっていません。
農林水産省は2026年7月、国内で報告されるCyclospora症の多くは海外渡航に関連した輸入感染例であり、国内では生食用野菜を原因としたCyclospora症の発生事例は報告されていないとしています。現時点では、国内の生鮮野菜におけるリスクは低いとの認識を示しています。
出典: 農林水産省:食品の安全性に関するリスク管理検討会(2026年7月)議事録

これは一つの安心材料です。
ただし、「日本の野菜にはCyclosporaが絶対に付かない」という意味ではありません。
Cyclosporaは、ヒトの糞便で汚染された水や環境を介して農産物に到達する可能性があります。その条件が成立すれば、日本でも生物学的には同じことが起こり得ます。
重要なのは、カット野菜だから危険、あるいは日本だから安全、という単純な話ではありません。
どのような環境で栽培され、どのような水が使われ、原料段階でどのような衛生管理が行われているか。
今回の米国の事件は、生鮮RTE食品では、こうした「工場より上流の食品安全」がいかに重要であるかを改めて示しているように思います。
おわりに
今回の米国のアウトブレイクは、Cyclosporaという病原体の特徴を改めて考えるうえで非常に示唆的な事例です。
ポイントは、次の三点です。
- Cyclosporaは細菌ではなく寄生性原虫である。
- 糞便中に排出された直後には感染性を持たず、環境中で成熟して感染性を獲得する。
- RTE農産物では通常の洗浄だけで十分に除去することが難しい。
今回、なぜこれほど大規模なアウトブレイクに至ったのか。FDAによる農場調査や汚染経路の解析が進めば、さらに重要な情報が出てくる可能性があります。
今後の調査結果にも注目したいと思います。


