食品製造工場における環境モニタリングプログラムでは、Listeria monocytogenesの検出が重要視されています。しかし、米国FDAのガイドラインでは、まずリステリア属菌を指標菌としてモニタリングを行うことで十分な効果が得られるとされています。本記事では、リステリア属菌のモニタリングが推奨される理由と、米国における具体的な事情について詳しく解説します。
はじめに
Listeria monocytogenesの環境モニタリングはready-to-eat食品において重要です。世界的にはEUや北米を中心に環境モニタリングが推奨され、EUなどでは義務化されています。しかし、米国FDAのガイドラインではListeria monocytogenesではなく、リステリア属菌で工場のモニタリングを行うことで充分な対策が打てると述べています。
本記事では、2017年に米国FDAが発行した「リステリア・モノサイトゲネスの管理: 産業界向け指針(草案)」の一部を紹介します。このガイドラインは、リステリア・モノサイトゲネスに関する包括的なリスク管理の産業向けガイドライン注)ですが、本記事ではガイドラインの中から特にリステリア属菌のモニタリング指標の意義についての部分のみを抽出して紹介します。
注)このガイダンスでは、RTE(そのまま食べられる)食品を取り扱う企業が、リステリア・モノサイトゲネスの管理をより適切に行うための詳細な推奨事項が示されています。具体的には、従業員の手、手袋、履物、衣類の衛生管理、泡立て器と足洗い場の設置、食品施設の設計と建設、さらに食品加工および関連機器の設計と保守に関する推奨事項や、機器や排水管の洗浄と消毒、原材料のLm管理に関する指針などが記載されています。
Control of Listeria monocytogenes in Ready-To-Eat Foods: Guidance forIndustry-Draft Guidance(2017)
リステリア属菌とは
リステリア属菌は、土壌や水、植物など、自然環境中に広く存在するグラム陽性の短桿菌です。リステリア属には20種類以上の種が含まれますが、その中の一つがListeria monocytogenesです。この属に含まれる菌は、その多くが無害ですが、Listeria ivanoviiなど、一部は病原性を持ち、特定の条件下で人や動物に感染することがあります。
リステリア属菌は、低温や高塩濃度の環境でも増殖可能であり、食品製造環境におけるリステリア・モノサイトゲネスの指標菌として用いることができます。リステリア属菌を指標菌として用いることで、より広範なリステリア汚染のリスクを監視することができます。
2017年ガイダンス以前の状況
2017年のガイダンス草案では、FDAのリステリア管理方針における重要な変更が行われました。
食品接触面の検査を避けていた米国(2017年以前)
Listeria monocytogenesに関しては、米国はEUなどと異なり、ゼロトレランスポリシーをとっています。ゼロトレランスポリシーとは、食品中に1cfu /25gあたりでも検出された場合に、リコールの対象となるという厳しい規格基準となります。このように、米国ではゼロトレランスポリシーをとっているため、Listeria monocytogenesの検査を特にゾーン1(食品接触面)注)で避ける傾向がありました。なぜなら、Listeria monocytogenesが食品接触面から検出されると、リコールを意味するからです。そのため、製造ラインをストップせざるを得ない措置を製造業者に強いることになるのです。このような傾向から、米国ではゾーン1でのListeria monocytogenesの検査が避けられてきました。
注)食品工場のモニタリングにおける「ゾーン1から4」の概念は、国際的に共通する基本的な考え方です。この仕組みを正しく理解することは重要です。詳しい解説については、以下の記事をご覧ください。
食品工場衛生管理における微生物検査ー環境モニタリングの重要性
米国が食品接触面(ゾーン1)における検査を避ける傾向はリステリア属菌検査においても同様でした。リステリア属菌検査はこのガイドラインの前からも推奨されていました。しかし、2017年のガイドラインの発行前は、リステリア属菌がゾーン1の食品接触面から検出された場合には直ちに同定する必要がありました。そしてListeria monocytogenesであることが判明した場合にはリコールせざるを得ない状況となっていました。このため、製造業者は、たとえリステリア属菌であっても、ゾーン1での検査を躊躇する傾向がありました。
食品接触面を積極的に検査をするEU
これに対してEUでは、ready-to-eat食品がListeria monocytogenesの増殖を伴わない場合は100cfu/gまで認められています。また、増殖を伴う場合であっても、製造業者がその消費期限までに100cfu/gを超えないような科学的なデータを用意できるならば、Listeria monocytogenesの検出が許容されます。したがって、環境モニタリングを行う場合、EU諸国ではListeria monocytogenesを特にゾーン1、すなわち食品接触面で検査することに比較的抵抗が少ないのです。
2017年ガイドラインで米国方針は大きく転換
Ready-to-eat食品の製造ラインの食品接触面を避けて検査するのは、環境モニタリングの観点から有効とは言えません。そこで、FDAは2017年のガイダンス発行により、大きな方針転換を行い、リステリア属菌が食品接触面から検出された場合の対応を変更しました。
変更点は次のとおりです。
食品接触面からリステリア属菌が検出された場合
食品接触面からリステリア属菌が検出されても直ちにListeria monocytogenesの同定を行う必要はなくなりました。
リステリア属菌が検出された場合、直ちにラインの洗浄や対応を行います。2017年のガイドライン以前のように、リステリア属菌が検出されたからといって直ちにL.monocytogenesか否かの同定を行う必要はなくなりました。その代わりに、まずはラインの洗浄などの管理措置を優先することが推奨されるようになりました注)。
このようにすることで、製造業者の品質管理担当者がより積極的に食品接触面の検査を行えることが期待されています。
注)ただし、このガイドラインでは、食品接触面からリステリア属菌が検出された場合に、L.monocytogenesの同定が不要であるとは述べていません。各製造業者は、自社の製品におけるL.monocytogenesのリスク(増殖の可能性や、高齢者施設用食品や病院食など特に注意が必要な食品かどうか)を考慮し、どのタイミングでL.monocytogenesを同定するかを自主的に定め、あらかじめ文書化しておく必要があるとしています。
洗浄措置を行った後もリステリア属菌が継続的に検出される場合
そのうえで、洗浄措置などの是正措置を行った後もリステリア属菌が検出される場合に初めて、従来通りListeria monocytogenesの同定を行うというスタンスになりました。
このようなガイドラインの変更により、食品接触面の検査が活発化することをFDAは期待しています。
ガイドラインの該当部分抜粋
本記事では、2017年のガイドラインで米国がリステリア属菌の検査結果の評価方針を大きく変更したことを紹介しました。冒頭にも述べたように、このガイドラインは包括的なものですので、リステリア属菌の環境モニタリングに関連する代表的な部分を以下に抜粋しておきます。
---以下、ガイドライン36ページより抜粋(リステリア属菌の環境モニタリングでの位置づけ)---
【試験対象微生物】
環境モニタリング手順では、リステリア属菌またはL. monocytogenesのどちらを試験するかを特定する必要があります。ガイダンスでは、リステリア属菌を試験することを推奨します。なぜなら、リステリア属菌を試験することで、L. monocytogenesだけでなく、L. monocytogenesよりも一般的なリステリア属の種も検出でき、L. monocytogenesによる汚染につながる可能性のある状況を修正することができるからです。食品接触表面または非接触表面でリステリア属菌の存在が陽性であることは、これらの箇所がL. monocytogenesに汚染される可能性を示し、L. monocytogenesの生存および/または増殖に適した条件が整っていることを示唆します。ただし、リステリア属が検出されたからといって、必ずしもその場所にL. monocytogenesが存在することを直接的に証明するものではありません。
---以下、ガイドライン48ページより抜粋(リステリア属菌が検出された場合の措置)---
【リステリア属菌がL. monocytogenesであるかどうかの判定】
食品接触面がリステリア属菌の存在について陽性であると判定された場合、是正措置手順には、そのリステリア属菌がL. monocytogenesであるかどうかを判定するタイミングを明記することをお勧めします。一般的に、リステリア属菌が陽性であった食品接触面で生産されているRTE食品が引き起こす食中毒のリスクが高いほど、検出されたリステリア属菌がL. モノサイトゲネスであるかどうかを判定する重要性が高まります。
最後に
日本の製造業者も、Listeria monocytogenesの検査についてハードルが高いと感じる場合、米国の方針を参考にすることも一案です。食品接触面のリステリア属菌について積極的に検査を行い、洗浄などの衛生管理の対応措置を講じることができます。リステリア属菌の検出については、すべてのリステリア属菌がβ-D-グルコシダーゼ活性を持つ性質を利用したさまざまな簡易培地(乾式培地も含む)が発売されています。
もちろん、日常的なモニタリングを行い、陽性結果が続くようであれば、併せてListeria monocytogenesの特定検査も導入することで、リスクを低減し、現実的な衛生管理が可能となるでしょう。