1国の食中毒患者数(罹患者数、入院者数、死者数)の総数や事件数ランキングを推定することは、そう簡単なことではないようです。今回紹介する論文は、 米国疾病予防管理センターのスキャラン博士らのグループが、食中毒統計における統計資料、能動的サーベイランス、受動的サーベイランスおよびその他のデータから、原因菌ごとに米国でおきている食中毒患者数の推計を行ったものです。
1国の食中毒患者(罹患者数、入院者数、死者数)の総数の推定することは が簡単ではない理由は、食中毒といっても、細菌、ウイルス、寄生虫などの様々な要因が考えられることに加えて、原因菌によっては、食品以外の経路(動物との接触、汚染水の喫飲など)で伝播される可能性もあるからです。また、同じものを食べても、年齢や免疫状態などによって発症する人と発症しない人がいることもこのような推計を困難にしています。また、これらの疾患が統計上に現れてくるためには、患者がお医者さんに行くことや、あるいは、 公衆衛生機関などで食中毒として追跡報告されるデータに限定されるということも、これらの推計を困難にしています。
今回紹介するスキャラン博士らのグループの推計では、 米国で主に疾患を起こしている31種類の病原微生物を対象にしました。推定方法の詳細はここでは省略します。
結論として、これらの食中毒菌によって病気になった食品由来疾患患者が940万人(90%信用区間(90% CrI)[660~1270万人])、入院患者55,961人(90% CrI [39,534~75,741])および死亡者1,351人(90% CrI [712~2,268])が発生していると推定されました。
その内訳を見ていきましょう。
まず疾患の総数として最も多い病原微生物はノロウイルスで(58%)でした。次いでサルモネラ菌(11%)、ウェルシュ菌(10%)、カンピロバクター(9%)でした。
次に、入院患者数では、多い順に、サルモネラ菌(35%)、ノロウイルス(26%)、カンピロバクター(15%)およびトキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)(8%)でした。
そして、死亡者数では、多い順に、サルモネラ菌(28%)、トキソプラズマ原虫(24%)、リステリア菌(19%)およびノロウイルス(11%)でした。
以上の推定結果から、病原微生物による疾患においての重篤性や頻度については次のような特徴がわかります。
まず比較的発生頻度が多いにもかかわらず重篤性の低いものから見ていきましょう。
まずウェルシュ菌です。ウェルシュ菌は患者数ではノロウィルスサルモネラ菌について第3位です。しかし、 入院に至るケースはほとんどないことがわかります。また、カンピロバクターは患者数、入院数ともに比較的多いのですが、死亡者事例はほとんどないことがわかります。
次に、頻度はそれほど多くないものの罹患すると重篤性の高いものについて見ていきましょう。
まずはトキソプラズマ原虫です。発生頻度は少ないものの、死者数はサルモレラに次いで第2位ということになります。
またリステリア菌も同様です。リステリア菌も発生頻度は少ないものの、死者数はサルモネラ菌やトキソプラズマ原虫とほぼ同数ということになります。
そして最後に、発生患者、入院者数、死者数ともに高いのものを整理しましょう。
それは、サルモネラ菌とノロウィルスということになります。
特にサルモネラ菌は、患者数こそノロウイルスよりも少ないものの、入院患者数はノロウィルスより多く、また死者数についてもノロウィルスの3倍近くにのぼります。やはりサルモネラ菌が発生患者数、入院者数、死亡事例数の三冠王ということになります。
ついで、ノロウイルスが続きます。ノロウィルスは患者数では1番高く、入院者数でもサルモネラ菌に次いで2位、そして死者数も4位に入っています。
以上のように 食品由来疾患の原因となる病原微生物は、発生頻度の観点や入院患者の観点、 そして死亡に至る寒天などそれぞれの微生物により特徴を持っていることがわかります。
Foodborne Illness Acquired in the United States—Major Pathogens,
Emerging Infectious Diseases 17, No. 1, January 2011
この論文はPubMed Central(PMC)で無料公開されています。
※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。
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