1980年代初頭、アメリカで初めて大腸菌O157による食中毒が発生したとき、その原因はハンバーガーでした。公式には「レストランチェーンA」として報告されていますが、多くの情報源がこのレストランがマクドナルドであったと指摘しています。この事件では、肉の加熱不足が疑われており、それがO157のリスクを一般に認識させる契機となりました。40年以上が経過した今、再びマクドナルドでO157による食中毒が発生し、今回はタマネギが原因と「推測」されています。しかし、現時点ではタマネギが確定したわけではなく、FDAの調査はまだ続いています。今回は、過去の事例と現在の事件を比較し、タマネギのリスクについて考察していきたいと思います。
今回の事件の概要
2024年10月25日に米国疾病対策センター(CDC)が発表した情報によると、アメリカ全土で複数の州にわたって、マクドナルドのQuarter Pounderハンバーガーに関連した大腸菌O157食中毒のアウトブレイクが発生しました。このアウトブレイクにより、現在までに少なくとも75名が感染し、22名が入院、1名が死亡するという深刻な事態となっています。特に影響が大きかったのは、コロラド州とネブラスカ州で、多くの症例が報告されています。さらに、影響を受けている州は 13州 に拡大しています。
この状況を受け、CDC(米国疾病対策センター)、FDA(食品医薬品局)、およびUSDA FSIS(米国農務省食品安全検査局)が合同で調査を開始しました。感染者の多くは、発症前にマクドナルドのQuarter Pounderハンバーガーを食べており、これが感染の原因であると疑われていますが、どの特定の食材が汚染源であるかはまだ判明していません。
マクドナルドは、調査の進行に合わせて、感染リスクを低減するための予防措置を講じています。特に、Quarter Pounderハンバーガーに使用されているフレッシュなスライスオニオンとクォーターパウンドビーフパティの使用を一時停止しました。Taylor Farmsは、スライス玉ねぎの自主的なリコールを実施し、食品サービス業者に対して使用中止を要請しています。
具体的な対応として、コロラド州、カンザス州、ユタ州、ワイオミング州、およびアイダホ州の一部、アイオワ州、ミズーリ州、モンタナ州、ネブラスカ州、ネバダ州、ニューメキシコ州、オクラホマ州の店舗で、現在のスライス玉ねぎとビーフパティの使用が一時停止されています。マクドナルドは供給元と協力しながら、問題の食材を特定するための調査に積極的に取り組んでいます。
現在も調査は進行中で、特定の食材が原因であるかは確定していませんが、マクドナルドは感染のリスクを最小限に抑えるための対応を続けています。
1980年代の最初のO157事件とハンバーガー
1982年のO157食中毒事件は、オレゴン州とミシガン州で発生し、ハンバーガーが原因とされました。この事件は、肉の加熱不足によるもので、O157という新たな病原菌が初めて広く認識される契機となり、アメリカで食品安全管理が強化されるきっかけになりました。特に、この事件は「レストランチェーンA」として公式には記録されていますが、多くの情報源が実際の店舗がマクドナルドであったことを指摘しています。
この経緯については下記の記事で詳しく解説しているのでご覧ください。
その後、1990年代には「ジャック・イン・ザ・ボックス事件」など、同様に肉の加熱不足によるO157のアウトブレイクがいくつか発生しており、これらの事件を契機に、現在の食品業界の調理プロセスと衛生管理が進展してきました。
タマネギによる過去のO157事例はほとんどない
今回の事件と異なり、タマネギがO157の原因として特定された事例は過去にほとんど存在しません。2008年にカナダで発生した事例が唯一の報告例で、このときもダイスカットされた生のタマネギが使用されていましたが、具体的な汚染経路(生産、収穫、または最終的な調理時の交差汚染)は不明のままでした(North Bay Parry Sound District Health Unit, 2009)。実際、タマネギがO157の原因として特定されることは非常に稀です。これまでのデータから見ても、現実にはほとんど起きていないと言えます。
サルモネラとタマネギの関連事例
一方で、サルモネラに関連するタマネギの事例は、過去にいくつか存在します。特に2020年と2021年には、米国で大規模なサルモネラ症のアウトブレイクが発生しました。2020年の事例(FDA, 2021)では、カリフォルニア州で生産された赤タマネギが、2021年の事例(Mitchell Jr et al., 2024)ではメキシコのチワワ州で生産された赤・白・黄タマネギが汚染源として疑われました。
重要な考察: 2021年の事例に関連する論文のディスカッションでは、タマネギの汚染リスクについていくつかの重要な指摘がされています。この論文はサルモネラに関するもので、大腸菌O157とは異なる病原体を扱っていますが、タマネギの取り扱いに関するリスクは共通しています。著者らは、気象条件や環境要因が病原体の土壌への侵入を促進し、それが農作物への汚染につながる可能性があると述べています。また、輸送や保管中の交差汚染のリスクも指摘されており、適切な管理が欠かせないとしています。
タマネギのリスク評価と今後の対応
今回のマクドナルドの事件は、1980年代以来の大腸菌O157食中毒事件として特筆すべきものです。ただし、当時のハンバーガーが肉の加熱不足によるものであったのに対し、今回の事件では現時点ではタマネギが疑われていますが、確定されたわけではありません。過去のデータからは、タマネギが大腸菌O157の原因となるリスクは非常に稀であり、「現実にはあまり起きていない」という事実が示されています。
これまでの調査や研究によると、野菜に関連する大腸菌O157やサルモネラの食中毒は、世界的に増加しています。しかし、その多くはレタスやホウレンソウといった葉物野菜が原因であり、これが現実的なリスク評価の中心となっています。これについては、私のブログでも過去に取り上げており、詳細はそちらをご参照ください。葉物野菜は、その形状や収穫後の処理により、汚染のリスクが高いとされています。
葉物野菜を感染経路とする腸管出血性大腸菌食中毒の10年間統計(米国およびカナダ )
一方で、タマネギが食中毒の原因として特定されるケースは非常に珍しく、今回の事件もその一例です。過去の事例や研究からは、タマネギが直接的な原因となることは少ないとされていますが、環境要因や輸送・保管の取り扱いが影響する可能性があるため、完全にリスクがゼロではないことが示唆されます。
2021年のサルモネラに関する考察から、気象条件や保管時の取り扱いが食中毒リスクに影響することが示されています。これらの知見は、大腸菌O157のような感染型食中毒菌にも当てはまり、タマネギを含むすべての食材で慎重な管理が必要です。特に、灌漑用水の品質や生産施設の衛生管理は、今後のリスク管理において重要な要素となるでしょう。
今回の事件は、フレッシュな食材の管理の重要性を再認識させるものであり、食品の追跡調査や衛生基準の強化がさらに進むことが期待されます。リスクが比較的低いとみなされていたタマネギでも、状況次第では食中毒の原因となる可能性があるため、今後も慎重な監視と適切な対策が求められます。