腸管出血性大腸菌の検査については、過去20年間、血清型O157を中心に検査が実施されてきました。しかし、腸管出血性大腸菌の食中毒はO157に限定されず、他の多くの血清型によってもおきていることが過去10年間の食中毒事例で明らかとなってきました。現在、各国の衛生機関で中心的に行われている血清型O157を中心とした検査は時代遅れになりつつあります。本記事ではこれに関連した論文を紹介します。
英国公衆衛生庁が2021年7月26日に出版した論文を紹介します。
The emerging importance of Shiga toxin-producing Escherichia coli other than serogroup O157 in England
Journal of Medical Microbiology 2021;70:001375
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まず背景から。2020年1月に欧州食品安全機関(EFSA)は STECのリスクに関する科学的意見書を公表しています。
Pathogenicity assessment of Shiga toxin-producing Escherichia coli (STEC) and the public health risk posed by contamination of food with STEC
この意見書の結論は以下のとおりです。
- STEC においてはSTX のみが唯一確実に信頼できる病原性指標である (すべてのstx subtypesが重篤な疾患と関連する可能性) 。
- 血清型は、もはや重篤な症状の判断材料として信頼できる指標ではない(トップ5やトップ6などの主要血清型以外でも重篤症状を起こす)。
- 腸管上皮定着因子Intimin(eae遺伝子)の存在は悪化要因であるが、重篤な疾患に必ずしも必須ではない(別の付着メカニズムも存在している可能性)。
さて、7月26日に出版された論文を要約すると下記の通りです。
多くの国の第一線の診断機関では、STEC血清型O157を選択する検査方法に重点をおいた偏りがある。例えば、STEC 血清型O157はソルビトールを発酵できないため、CT-SMAC寒天培地上で無色のコロニーとして現れる。しかし、O157以外のSTECの多くはソルビトールを発酵するため、CT-SMAC寒天培地では常在のE. coliとの区別がつかない。したがって、O157以外の血清型を見落とす可能性が高い。
英国においても、2013年まではSTEC血清群O157を中心にした検査体制であった。しかし、2013年から検査体制を切り替えて stxを標的としたPCRを中心とした検査体制 が導入された。診断機関において、PCRでstxが陽性となった症例の糞便検体はGastrointestinal Bacteria Reference Unit(消化器系病原体の国立研究機関)に送られ、O157以外の血清群を含むSTECの培養が行われた。また、2015年4月以降は、すべてのSTEC分離株は、全ゲノム配列解析が行われている。PCRを導入した診断検査室の数は、2014年初めの3施設から、2018年には英国の117施設中25施設(21%)に増加した。
この論文では、2014年1月から2018年12月までの英国における血清型O157 以外のSTEC症例数を集計した。この導入プログラムにより、
- O157以外の血清型のSTECの検出数は4倍に増加した。
- 毎年確認される非O157 STEC症例の数は、2014年に報告された224症例から2018年には934症例に増加した。
- 2014年から2018年の5年間でみると、英国では合計5844件のSTECの確定症例が報告され、そのうち56%(n=3265/5844)が血清型 O157、44%(n=2579/5844)が非O157だった。非O157の血清群に感染した症例は97血清型2579例にのぼった。
- O157以外の血清群で多かったのは、O26(16%)、O146(11%)、O91(10%)、O128(7%)、O103(5%)、O117(3%)であった。
日本も含めて、現在世界の多くの国ではstxを標的としたPCRを中心とした検査体制 が導入されています。ただし、PCRでstxが陽性となったサンプルからの菌の分離に用いられる免疫磁気ビーズ法なども、あらかじめ法的検査対象となっている主要血清型(O 157やO26など)の標的血清型を標的とした方法です。今後は、世界的にSTECについては、血清型を中心にした検査体制からの脱却が進み、さまざまな血清型による感染事例報告が増えていくと想定されます。