薬剤耐性菌が養鶏場での飼育管理の環境で出現し、市販鶏肉に汚染しています。ここで疑問なのは、鶏肉由来の抗生物質耐性菌が人体に入った場合、人体にもともと住んでいる感受性菌に抗生物質耐性遺伝子を移すか否かということです。どうやら抗生物質耐性遺伝子は移るようです。今回紹介する論文は、人のボランティア実験を用いてこのことを証明した実験例です。
食品由来の抗生物質耐性菌が人体に入った場合、人体にもともと住んでいる感受性菌に抗生物質遺伝子を移すか否かについては、この論文が出版されるまでは、明確なエビデンスがありませんでした。デンマークの国立抗菌薬・感染管理センターのレスター博士らは、 動物由来のバンコマイシン耐性腸球菌が、ヒトの腸内でバンコマイシン耐性遺伝子(vanA遺伝子)が人の腸内に元々住む感受性菌に、接合伝達によりプラスミットを移すかどうかについて検証しようとしました。人間のボランティア実験を行いました。
6人のボランティアが、鶏由来のバンコマイシン耐性Enterococcus faeciumの分離株と、ヒト由来のバンコマイシン感受性E. faeciumの感受性菌を飲みました。その結果、6人のボランティアのうち3人でヒトの腸内にもともと住んでいるバンコマイシン感受性E. faeciumに対して、鶏肉から分離したバンコマイシン耐性菌の遺伝子が移行しました。また、このうち1名のボランティアでは、バンコマイシン耐性だけでなく、キヌプリスチン・ダルフォプリスチン耐性も移行していました。
本研究は、動物由来のE. faecium分離株からヒト由来のE. faecium分離株へのvanA遺伝子の転移がヒトの腸内で起こりうることを、世界で初めて証明しました。このことは、耐性遺伝子プラズミドを持つ腸球菌が一過性にヒトの腸内に定着すると、ヒトの常在菌叢に含まれる他の腸球菌に耐性遺伝子が伝播するリスクがあることを示唆しています。すなわち、免疫不全患者など特定のグループの患者が、鶏肉由来のバンコマイシン耐性菌を体内に取り込んだ場合に、感染症を引き起こす可能性があることを示しました。
この論文は2006年に出版されこれまでに、164回引用されています(2022年3月scopus調べ)。
In Vivo Transfer of the vanA Resistance Gene from an Enterococcus faecium Isolate of Animal Origin to an E. faecium Isolate of Human Origin in the Intestines of Human Volunteers
ANTIMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY, Feb. 2006, p. 596–599(2006)
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