日本では過去20年間、腸炎ビブリオの食中毒は激減しています。しかし、世界の事情と、日本の事情は異なるようです。中国では過去20年間、細菌性食中毒の発生件数第1位は腸炎ビブリオです。この記事では、2つのレポートを紹介します。
2015年から2020年、浙江省の状況。
まずは2022年1月19日に出版された論文です。浙江省疾病管理予防センターの研究グループが出版しています。統計から浙江省での食中毒の発生の特徴を調査したものです。
Surveillance for foodborne disease outbreaks in Zhejiang Province, China, 2015–2020
Lili Chen, Liang Sun, Ronghua Zhang, Ningbo Liao, Xiaojuan Qi & Jiang Chen. BMC Public Health volume 22, Article number: 135 (2022)
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中国の南東海岸に位置する浙江省の2019年末の人口は5,850万人で、中国で4番目に人口の多い省です。浙江省疾病管理予防センターでは、2015年から2020年までの浙江省の食中毒のサーベイランスデータを分析しました。
2015年から2020年までの6年間の浙江省の人口100万人あたりのアウトブレイクの平均数は3.25でした。
細菌性食中毒については、腸炎ビブリオ(56.59%、232/410)が発生件数で第1位を示しました。ついで、サルモネラ菌(19.76%、81/410)がそれに続きました。
腸炎ビブリオによる121件のアウトブレイクで血清型が特定され、O3K6血清型が最大の割合(81.82%、99/121)を占め、次にO4K8血清型(9.09%、11/121)が続いています。
上の図は、上記引用論文のデータ中から細菌性食中毒のデータの一部を抜粋して作図した。
腸炎ビブリオ食中毒では、関与した食品カテゴリーの最大数は、軟体動物、甲殻類、魚などの水産物(32.32%、75/232)でした。
腸炎ビブリオ食中毒は、さらに水産物からの二次汚染によって、肉および肉製品、複数の食品および混合食品に関係していました。また、発生場所の大多数は商業的な食堂、レストランなどでした(93.10%、216/232)。
腸炎ビブリオによる発生は主に商業的な食堂、レストラントで発生したことを考えると、規制の強化と商業的な食堂、レストランの店長や料理人向けの教育講習により、腸炎ビブリオによる発生を大幅に減らすことができると、この論文の著者の研究者たちは提案しています。その提案内容の主なものは次のとおりです。
- 魚介類はは徹底的に調理する。
- 生の魚介類を扱う容器や手は、他の食品、特にすぐに食べられる食品を扱う前に徹底的に洗う必要がある。
- すぐに食べられる調理済みの肉は、二次汚染を防ぎ、切断後の指定された時間内に提供する必要がある。そうでない場合は、すばやく冷却して冷蔵する必要がある。
- 加工・調理能力のないレストランでは、生の魚介類などを提供することはしない。
2003年から2017年までの中国全土の状況
上に紹介した浙江省疾病管理予防センターの研究グループによる論文は、広大な海域と豊富な水産物を備えた沿岸州の浙江省での腸炎ビブリオの発生状況でした。
では内陸部も含めた中国全体での腸炎ビブリオ発生状況はどうでしょうか?
これまでの報告でも、海南省や青島省などの中国沿岸地域腸炎ビブリオの食中毒が多く報告されていますが、河南省や雲南省などの、内陸部ではサルモネラ菌が最も多く発生しています。したがって、中国では病原菌の分布に地域差があります。
そこで次に紹介するのは、これらの内陸部の中国全土の領域を含めた食中毒発生状況をまとめた中国国立食品安全リスク評価センター研究グループによる論文です。
Surveillance of foodborne disease outbreaks in China, 2003–2017
Li et al. Food Control 118, December 2020, 10735
2003年から2017年にかけて、中国で合計19,517件のアウトブレイクが収集されました。チベット自治区を除いて、他の22省、4自治区、中国の4自治体が発生を報告し、各省が報告した発生の総数は、青海省の44から雲南省の2,958までさまざまでした。
2003年から2017年の間に、235,754件の食中毒、107,470件の入院、1,457人の死亡が報告されました。病因がわかっている13,307件の発生のうち、発生の31.8%は有毒キノコが原因で、続いて腸炎ビブリオ(11.3%)、サポニン(8.0%)、サルモネラ(6.8%)、亜硝酸塩(6.4%)、農薬(4.8%)でした。
細菌性食中毒の原因病原体別にみると、腸炎ビブリオ、サルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、セレウス菌が主要な細菌性病原菌でした。
上の図は、上記引用論文のデータ中から細菌性食中毒のデータの一部を抜粋して作図した。
注) ただし、この統計にカンピロバクターのノロウィルスについては過小評価されている可能性があります。カンピロバクターの数字が少ないのは、中国での検査、診断能力の欠如に起因している可能性も高いと著者がこの報告で述べています。また、ノロウイルスについては、食品を原因とする以外の人から人への感染を伴うために、今回の統計データとは別の別の公衆衛生緊急報告システムにデータが集計されており今回の調査ではカバーできていないと著者側述べています。
腸炎ビブリオ発生は、甲殻類、軟体動物、魚などの汚染された、または不適切に調理された水産物に関連することが多かった。家庭は中国で最も一般的な設定であり、レストランと食堂がそれに続きました。
日本と世界における腸炎ビブリオ食中毒発生傾向の顕著な違い
この記事で述べてきたように、中国においては細菌性食中毒の中で腸炎ビブリオが第1位です。また別の記事で説明したように、オーストラリアにおいても最近腸炎ビブリオが、新たに出現中の食中毒均等して心配されています。
※オーストラリアにおける腸炎ビブリオ食中毒の状況については、下記の記事をご覧ください。
オーストラリアで心配されている地球温暖化と腸炎ビブリオ食中毒の増加
一方、日本では過去20年間、腸炎ビブリオ食中毒の発生は激減しています。現時点で考えられている日本での腸炎ビブリオ食中毒激減の理由の考察については下記の記事をご覧ください。
なぜ日本では腸炎ビブリオ食中毒発生件数は激減したのか?
今後、世界が日本で取られている対策と同じような対策を行った場合に、腸炎ビブリオ食中毒の発生を抑え込めることができるのか、あるいは気候温暖化など、また別の要素で世界で腸炎ビブリオ食中毒が増加し続けるのか、もしくは、日本でも腸炎ビブリオの食中毒が再度増加する可能性があるのか、これらについてはとても興味深いところです。
日本における腸炎ビブリオ食中毒の減少の原因について科学的に考察した論文を国立医薬品食品研究所の工藤先生が発表しています。
Hara-kudo et al.,
Characteristics of a sharp decrease in Vibrio parahaemolyticus infections and seafood contamination in Japan.
Int J Food Microbiol. 2012, 15;157(1):95-101.
日本では20年間腸炎ビブリオ食中毒の発生を効果的に抑制しているので、日本の対策が世界に広がっていくことにより世界の腸炎ビブリオ食中毒の発生も抑えられる可能性が高いと考えられます。
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