大腸菌、大腸菌群、腸内細菌科菌群は、食品及びその製造環境における重要な衛生指標菌とされる。それぞれには衛生指標菌としての特有の特性と意義がある。大腸菌と大腸菌群の違いはある程度理解されているかもしれないが、腸内細菌科菌群を含めたこれらの細菌が持つ特徴、それらの利点や欠点を深く理解している食品微生物学入門者は意外と少ない。この記事では、食品製造および製品検査におけるこれらの指標菌の役割とその違いに焦点を当て、明確に整理し、理解を深めることを目指す。

困惑するマネージャー

食品の微生物規格への使用状況

 最初に整理しておきたいのは、この記事で取り上げるのは、腸内細菌科菌群大腸菌群大腸菌である。

 日本で微生物規格基準に主に採用されているのは大腸菌群である。EUでは大腸菌群は用いられていない。

 腸内細菌科菌群は生食用食牛肉の規格基準に唯一設定されている。2011年にユッケの食中毒が発生した際、食肉の規格基準が改正され、日本で初めて大腸菌群や糞便系大腸菌ではなく、腸内細菌科菌群が指標菌として採用された。しかし、その後、腸内細菌科菌群は他の食品には適用されていない。多くの読者は、日本では腸内細菌科菌群は規格基準に使われていないと考えているかもしれないが、実際には食肉に関しては規格基準に設定されている。

ユッケ。

 また、大腸菌はEUで用いられているが、日本では用いられていない。日本では、大腸菌の代わりに、糞便系大腸菌(日本ではブロック体 表記でE.coliと記載することで、糞便系大腸菌を意味する)が、ほぼ大腸菌に近い位置づけとして扱われている。この記事では、糞便系大腸菌については触れない。糞便系大腸菌の指標菌としての位置づけは、概ね大腸菌と同じと捉えて良いが、糞系大腸菌と大腸菌は100%一致するものではない。このことについての解説記事は下記をご覧いただきたい。

糞便系大腸菌群は衛生指標菌として信頼できるか?

 なお、EUでは、食品安全基準(Food Safety Criteria)においてサルモネラやリステリアなどの病原菌の基準が主に設定されている。指標菌は一般的には用いられていないが、特定の食品における例外も存在する※)。一方、工程衛生基準(Process Hygiene Criteria)では、食品製造業者が工場内の衛生管理を行う際の指標として、腸内細菌科菌群や大腸菌が用いられている。これらの指標菌は、病原菌よりもその数が多く検出しやすいため、製造プロセスの衛生状態を効率的にモニタリングするのに適している。肉製品、乳製品、卵製品、水産食品、野菜製品など広範な食品の製造工程での汚染のモニタリングに用いられている。

EUにおける食品安全基準(Food Safety Criteria)工程衛生基準(Process Hygiene Criteria)の違いや、日本の食品の微生物規格基準との違いについてのわかりやすい解説は下記の記事をご覧いただきたい。

日本とEUの食品の微生物規格基準の違い、HACCP制度化にともなう弁当及びそうざいの衛生規範等の廃止理由をわかりやすく説明します

※EUの食品安全基準において、大腸菌の基準が設定されているのは、活き二枚貝、活き棘皮動物(ヒトデ、ウニ、ナマコ等)、被嚢動物(ホヤ等)、腹足類(巻貝)に限定されている。これらは生で消費されることが多いため、特に公衆衛生上のリスクが高いと考えられる。また、EUでは飲料水においても大腸菌を含む指標生物の監視が行われており、これは飲料水の安全性を確保するための重要な措置である。

3つの指標菌の分類学的位置づけ

 まずはじめに、これら3つの指標菌の分類学的位置づけを明確にする。

 腸内細菌科(Enterobacteriaceae)菌群は、最も広範囲にわたるグループだ。主に陸上動物、特に哺乳類の腸内に生息しているが、例外も多い。したがって、「腸内」という呼称が誤解を招きやすいが、この分類は生息域ではなく、系統分類学に基づくものであることを理解しておく必要がある。この理解は、指標菌としての重要性を考慮する上で不可欠だ。

腸内細菌科菌群の位置づけ

 腸内細菌科に属する菌群の中で、乳糖(哺乳動物の母乳に豊富に含まれる二糖類)を利用してガスと酸を生成する能力を持つ菌群は、大腸菌群と称される。大腸菌群には、Escherichia属、Citrobacter属、Enterobacter属、Klebsiella属など複数の属が含まれるが、この中でEscherichia coliE. coli)が大腸菌である。

腸内細菌科における位置付け

 腸内細菌科菌群の同定は、グラム陰性菌であり、OF(酸素要求性)テスト通性嫌気性を示し、オキシダーゼ反応陰性であることが特徴だ。大腸菌群はこれに加え、乳糖を利用してガスを生成する能力があることで区別される。大腸菌の同定には、ISO法を用いて、β-D-グルクロニダーゼ活性があるかどうか(大腸菌は陽性)を判断する。ISO法による大腸菌検査の酵素基質培地法についてのわかりやすい解説は下記の記事をご覧いだだきたい。

初心者向け: ISO法による大腸菌検査の酵素基質培地法 - シンプルに解説

そもそも指標菌に求められる条件とは?

対象とする食品病原菌の指標菌の満たすべき条件は概ね次の3つに整理できる。 ここでは、標的とする病原菌として、サルモネラや腸管出血性大腸菌などのグラム陰性菌の感染型食中毒菌を念頭においている。

細菌が説明を受けている

1.対象とする食品病原菌と同じ住処から由来すること

 グラム陰性菌の感染型食中毒菌を念頭に入れれば、動物の糞便由来であることが条件となる。この点で上記3つの指標菌を評価してみると、次のようになる。

 大腸菌はこの条件を満たしている。一方、大腸菌群の中には環境に生息している菌があり、この条件は満たさない。さらに腸内細菌菌群も大腸菌群と同様、多様な環境菌を含んでいるので、この条件は満たしていない。

大腸菌が喜んでいる

3指標菌ともにも「腸内」とか「大腸」という名前が付くために、糞便指標になりうると勘違いされがちであるが、糞便指標になりうるのは唯一大腸菌のみということになる。他の2つは糞便指標と捉えてはいけない。

大腸菌がえばっている

2.対象とする食品病原菌よりも多く存在している必要

 病原菌の数が少なすぎて検出できない場合は、病原菌を直接検査しても陰性となる可能性がある。グラム陰性菌の感染型食中毒菌を念頭に入れれば、これらよりも数が多く存在していることが条件となる。

この点で上記3つの指標菌を評価してみると、3指標菌ともに、この条件は満たしている。

三つの細菌が安心している

3.食品病原菌と同等以上の環境耐性

 本稿で取り上げている3つの指標菌は、サルモネラなどのグラム陰性菌による感染性食中毒菌の検出に代わる指標としての役割がある。これら指標菌に求められる重要な特徴は、食中毒を引き起こす細菌に比べて環境耐性が強いことである。環境耐性には、各種の除菌措置や食品加工工程における措置も含まれる。指標菌が環境中で早期に死滅すれば、その指標菌が検出されないことから、誤ってサルモネラなどの標的菌が存在しないと推定されるリスクが生じる。従って、指標菌は食中毒菌よりも若干環境耐性が強いことが望まれる。

 乾燥などの環境ストレスに対して耐性を持つサルモネラと比較して、大腸菌や大腸菌群は一般的に環境耐性が弱いとされる。もちろん、大腸菌群内には乾燥に強い種も含まれているものの、腸内細菌科菌群は、サルモネラを含む多様な種を含む広範囲なグループに属しており、環境耐性の面で優れた指標となりうる。腸内細菌科菌群のこの多様性は、より広い範囲の環境条件下でも生存能力を示すことができ、様々なストレスに対する耐性が見られるため、衛生指標菌としての利点がある。

 このように、大腸菌群の中にも特定の環境条件、特に乾燥に対する耐性を示す種が存在するにも関わらず、総合的な観点から環境耐性においては、より広範なグループである腸内細菌科菌群が指標菌として優れている。腸内細菌科菌群の幅広い種の多様性とそれに伴う環境適応能力は、より信頼性の高い衛生指標としての役割を果たすための重要な要素である。

腸内細菌科菌群が喜んでいる

指標菌としての総合評価

この3つの条件で、3つの指標菌について衛生指標菌としての適性を整理すると次のようになる。

大腸菌

 1と2を満たすが、3を満たさない。例えばサルモネラを想定した場合、大腸菌はサルモネラに対する環境耐性が若干弱いと言える。

腸内細菌科菌群

 2と3を満たす。特に3については、腸内細菌科菌群の計測ではサルモネラも含まれるため、環境モニタリングとして適している。しかし、1については不合格だ。腸内細菌科菌群には環境に生息する種が多数含まれているためだ。この点は大腸菌群が不合格である理由と同じだ。

大腸菌群

 2のみを満たすが、1については不合格だ。大腸菌群には環境に生息する種が多数含まれている。また、3については、大腸菌群に乾燥に強い種が含まれているものの、腸内細菌科菌群のようにサルモネラを含む多様な種を含む広範なグループと比べると劣る。

3指標菌の比較表。

 つまり、3種類の指標菌を比較した結果、大腸菌と腸内細菌科はそれぞれ他の2種類が持っていない強みを持っているが、大腸菌群は中途半端な位置づけであるといえる。

大腸菌群がしょんぼりしている

以上の整理から、指標菌としての使い方が見えてくる。

すなわち、

大腸菌:糞便汚染指標菌

腸内細菌科菌群:除菌工程や食品加工工程での環境生残の衛生指標

大腸菌群:指標菌としては中途半端な位置

まとめ

 本記事で整理したのは、大腸菌、大腸菌群、腸内細菌科菌群が衛生指標菌として持つ特性である。これら三つの特性を理解することで、日常の食品衛生管理におけるこれらの指標菌のデータ解釈が容易になる。

 現在、日本では、この三つの指標菌の中で、法律上、食品において明記されているのは大腸菌群となる。腸内細菌科菌群は生食用の食肉基準においてのみ用いられている。また、EUで用いられているような酵素基質培地で判定する大腸菌は日本で用いられておらず、代わりに糞便系大腸菌(日本国内の法令上の特有表記としてブロック体表記のE.coli)が用いられているが、大腸菌と衛生指標としての位置付けはかなり近いと考えてよい。したがって、本記事で述べた大腸菌の位置づけもそれを参考にするとよいだろう。大腸菌群を衛生指標菌として解釈する際には、EUで用いられている大腸菌や腸内細菌科との比較を理解しておくことが、国際的な食品貿易における検査結果の解釈に役立つだろう。

自信満々のマネージャー