食品の微生物検査において、「陰性」判定の持つ意味は、サンプリング方法(サンプリングプラン)によって異なる。本記事では、国際食品微生物規格委員会(ICMSF)のサンプリングプランをわかりやすく説明する。このサンプリングプランはEUの食品安全基準や工程衛生基準で採用されている。サンプリングプランにおいては、その内容自体を理解することよりも(これは簡単に理解できる)、「なぜそのようなサンプリングプランになるのか?」を理解することのほうが重要である。この記事では、初心者のために、「なぜ?」を重点を置いて解説をする。
食品の微生物検査における「陰性」の持つ意味
例えばある食品ロットについて、サルモネラ菌の陰性結果が報告された際、「陰性」の持つ意味を考える必要がある。
1サンプルのみを検査して陰性だったのか、5サンプルを検査して陰性だったのか、30サンプルを検査して陰性だったのか?
どのようなサンプリングプランによる結果として陰性だったのかにより、その解釈は異なる。
本記事では、EUの食品安全基準や、工程衛生基準で取り入れられているサンプリングプランについて述べる。EUのサンプリングプランは国際食品微生物規格委員会(International Commission on Microbiological Specifications for Foods: ICMSF)が設定しているサンプリングプランに基本的に準拠している。
本記事では、 食品微生物の初心者にとって理解しやすいように、まず、「最低ここだけは理解した方が良い」ポイントについて説明する。
国際食品微生物規格委員会設定(ICMSF)のサンプリングプランの種類と目的の関係
国際食品微生物規格委員会設定(ICMSF)のサンプリングプランサンプリングプランは大別すると次のようになる。
- 2階級法 (class 2)(主として定性注))
- 3階級法 (class 3)(定量)
注)2階級法には後述するように定量的サンプリングプランに整理されているものもある。しかし、まずは基本として「2階級法は定性」として理解しておくとわかりやすい。
また、サンプリング検査の対象となる微生物は、次のように分類される。
- サルモネラ菌などの食中毒細菌(危険度高い)
- 大腸菌などの指標菌(危険度低い)
EUにおける微生物規格基準は次の2つに大別される注)。
- 食品安全基準 (Food Safety Criteria)(不合格ならリコール)
- 工程衛生基準 (Process Hygiene Criteria)(基準を満たさないならば、工程管理を見直す)
注)EUにおける食品安全基準と工程衛生管理基準とは何かの分かりやすい説明は、下記の別記事をご覧いただきたい。
日本とEUの食品の微生物規格基準の違い、HACCP制度化にともなう弁当及びそうざいの衛生規範等の廃止理由をわかりやすく説明します
サンプリングプランと上記の各要素の関係を整理すると下記の表のとおりとなる。
上記整理の理由は、下記のとおりである。
- 危険度の高いサルモネラ菌などの食中毒菌は、食品に存在が許されない。すなわち、陽性か陰性かの、定性的な判断で行う。したがってサンプリングプランは2階級法となる。EUでは、主に食品安全基準に設定されている。
- 危険度の低い指標菌はサンプリングプランにおいては、ある程度の量を超えなければよいという定量的な方法となる。すなわち3階級法となる。EUでは、主に工程衛生基準に設定されている。
2階級法(class 2)サンプリングプラン(定性)
2階級法サンプリングプランとは、 Yesかnoか2者択一で結果を判定する定性的な判別方法である。食中毒菌のように食品中に存在してはならないような菌を標的とするサンプリング法の場合には、一発でレッドカードの2者択一の判定法が必要となる。このために用いられるのが2階級サンプリングプランと考えればよい。
例えば、下の図は、 EUの食品安全基準において、ひき肉、生鶏肉、卵製品、調理済み甲殻類、アイスクリームなど大半の食品のサルモネラ菌に関する微生物規格として設定されているサンプリングプランである(2階級法)。
- n: サンプリングの試料数
- m: 食品安全基準設定値
- c: 許容できる個数
下の図では次のような意味をもっている。
- 5試料を調べる必要がある(n=5)
- 「25g中に検出されてはならない」(m=0/25g)
- 上記基準を超える試料は1つもあってはならない(c=0)
上記のように、EUにおけるサルモネラ菌の食品安全基準の大半はn=5で設定されている。
3階級法(class 3)サンプリングプラン(定量)
次に3階級サンプリングプランについて述べる。
2階級サンプリングプランがイエスかノーかの定性的な判別を行うサンプリングプランであったのに対し、3階級サンプリングプランは定量的な要素を組み入れたサンプリングプランである。
したがって、EUにおいては、食中毒菌ではなく、指標菌に対して、また、食品安全基準ではなく、工程衛星基準において、それぞれサンプリングプランとして採用されている注)。
注)例外もある
下の図は、EUの工程衛生基準におけるチーズの製造工場での指標菌としての大腸菌に設定されているサンプリングプランを示している。3階級法サンプリング計画は、(n,c,m,M)で定義される。
例えば、下の図は次のような意味をもっている。
- 5試料を調べる必要がある(n=5)
- 5試料のうち1試料でも1000cfu/gをを超えれば不合格(M=1000cfu/g)
- 5試料のうち2試料までは100cfu/gをを超えてもよい(m=100cfu/g、c=2)
3階級法サンプリングプランで合格と不合格になるパターンを下の図で示している。
- 5つの試料のうち、2つの試料までが100cfu/gを超えている。ただし、1000cfu/gを超えた試料はない → 合格
- 5つの試料のうち、1つの試料が100cfu/gを超えている。その1試料は1000cfu/gも超えている → 不合格
- 5つの試料のうち、3つの試料が100cfu/gを超えている。ただし、1000cfu/gを超えた試料はない → 不合格
サンプリングプラン設計戦略
対象微生物や食品ごとに、どのようなサンプリングプランを採用したらよいのかについてのおよその目安を示したのが、下記の表である。
サンプリングプランの厳密さ(見逃さない程度)を決定する各要素をまとめると、次のように整理できる。
- 2階級法は3階級法に比べて許容の余地がなく、厳密なサンプリングプランである。
- いずれのサンプリングプランにおいても、n数(分析試料数)が多い程、また、c数(許容できる試料数)が少なくなるほど、厳密である。
- 微生物は、指標菌のように比較的安全なものから、黄色ブドウ球菌のように中等度リスク菌、サルモネラ菌のように高リスク菌、そして大腸菌O157のような超高リスク菌に整理することができる(致死率から判断)。
- 食品の管理措置は、その食品が殺菌される可能性があるのか、流通において菌数の変化があるのかによって、そのリスクを分類することができる。
以上の要素を踏まえて、サンプリングプランの設計戦略は、次のように整理できる。
- 微生物のリスクが上がるにつれて、サンプリングプランは厳密になる。
- 食品の管理装置で、食品が殺菌される可能性がある場合はサンプリングプランは甘く、流通の過程において菌数が増える可能性がある場合にはサンプリングプランは厳しくなる。
サンプリングプランの精度
ところで、サンプリングプランの検出精度はどれぐらいだろうか?
以下に2階級法サンプリングプランの精度について、事例別に検証してみたい。
例1:EUにおけるサルモネラ菌のn=5サンプリングプラン
下の図は、n=5の場合に、さまざまのサルモネラ菌の汚染率を想定した場合における正当検出確率を示したものである。
※上記表はどのようにして作るかについては別記事で説明している。動画も用いて初心者向けにわかるように、いちから説明しているので、ご覧いただくとよい。
食品の微生物検査の目的と精度計算法をわかりやすく説明します
上の表でわかるように、サルモネラの試料中の汚染率が45%なら5試料分析でも95%の正答確率を得ることができる。しかし、サルモネラ菌の汚染率が20%であった場合には、67%の正答確率しか得ることができない。すなわち、3回に1回は見逃す(偽陰性)。
例2:日本の食肉製品におけるサルモネラ菌のn=1サンプリングプラン
次に、日本の食肉製品に対するサルモネラ菌の基準についても見てみよう。これも2階級法サンプリング法である。
下の図に示すように、日本の非加熱、食肉製品等のサルモネラの微生物規格基準は次のとおりである。
- 1試料を調べる必要がある(n=1)
- 「25g中に検出されてはならない」(m=0/25g)
- 上記基準を超える試料は1つもあってはならない(c=0)
n=1のサンプリングプランの検出精度はどれぐらいだろうか?下の図は、n=1の場合に、さまざまのサルモネラ菌の汚染率を想定した場合における正当検出確率を示したものである。
上の表でわかるように、n=1の場合には、サルモネラ菌の汚染率が50%であっても、正当確率は50%に過ぎない。また、試料中の汚染率が10%の場合には、正当検出確率は10%である。すなわち、10回分析中、9回はサルモネラ陽性試料を見逃す(偽陰性)。
例3:EU粉ミルクのサルモネラ菌のn=30サンプリングプラン
次に、Euの食品安全基準の中で最も厳しい設定がされている乳児用粉ミルクのサルモネラの基準を見てみよう。
下の図では次のような意味をもっている。
- 5試料を調べる必要がある(n=30)
- 「25g中に検出されてはならない」(m=0/25g)
- 上記基準を超える試料は1つもあってはならない(c=0)
注)ICMSFの推奨ではn=60だが、EU基準ではn=30で設定している。
それではn=30のサンプリングプランの検出精度はどれぐらいだろうか?下の図は、n=30の場合に、さまざまのサルモネラ菌の汚染率を想定した場合における正当検出確率を示したものである。
上の表でわかるように、サルモネラの試料中の汚染率が10%なら5試料分析でも96%の正答確率を得ることができる。しかし、サルモネラ菌の汚染率が2%であった場合には、45%の正答確率しか得ることができない。すなわち、2回に1回は見逃す(偽陰性)。
サンプリングプランと食品の安全性評価の関係
上に述べたように、どのようにn数を増やして厳しいサンプリングプランにしても、必ず見落としが出てくる。すなわち、究極的には全数検査をしない限り100%確実に陰性とは言えない。
では、n数をいくら増やしたところで漏れがあるとするならば、そもそも、このようなサンプリングプランに意味があるのであろうか?
上記の疑問に対しては次のように回答できる。
- 適切なn数を用いたサンプリングプランを設計することにより、微生物によるリスク(汚染濃度)を合理的に推測し、防除できる。
なぜか?
その理由について以下に説明を加えていく。
微生物汚染率が低ければ汚染濃度も低い
微生物の汚染率と汚染濃度の関係は次のように整理できる。
- 食品の微生物汚染は、汚染率が低ければ、汚染したサンプルの汚染濃度も低いと推定すること が可能
山に例えれば、裾野の面積が狭ければ近所の小山程度の高さであるが、裾野がひろければ富士山のような標高になりうると、まずは、イメージ的には理解すれば良いだろう。
もう少し説明を掘り下げるために、ロシアンルーレットの例も使って考えてみよう。
ロシアンルーレットならば、銃に10発中10発、弾が込められていても(汚染率100%)、10発中1発弾が込められていても(汚染率10%)、間違えて引き金を引いてしまえば、命取りにあるという点では変わりない。
ところが微生物の検査はロシアンルートではない。
食品中の微生物の検査では、汚染率が低ければ、すなわちロシアンルーレットで例えば、銃こめられている弾丸の確率が低ければ、仮に引き金を引いてもその弾丸の勢いが弱く、命取りにならないと考えればよい。
なぜか?
これは食品中の微生物の分布が対数正規分布(と仮定する)だからである。
対数正規分布とは下の図のように、
- 横軸を対数にして分布を見た場合に、その山が左右対称である
- 平均の観測データが生じる確率が最も大きい
- 平均から離れるほど生じる確率は小さくなる
という特徴を持つ。
さて、仮に下の図で、食品中に含まれる一般生菌数103/g(下図では横軸の3)が合格基準の微生物検査を行っていると想定してみよう。
サンプルは、対数正規分布をしていると仮定すれば、103/gの基準の合格を満たすのが50%、不合格が50%となる。
この場合、試料中の平均濃度(中央値)は、どのように想定できるか?
- 試料中の平均濃度(中央値)は103/gと考えることができる。
下の図の正規分布を見ればわかるように、合格と不合格が50%ずつなので、この場合は、基準値そのものが平均的な濃度ということが想定できるわけだ。
一方、検査を行った結果、不合格のサンプル数が20%、合格が80%だった場合はどうだろうか?
この場合もサンプルが対数正規分布をしていると仮定するなら、微生物の山の頂上は下図で左側に想定できる。すなわち、生菌数の平均濃度は、下の図から、対数値で1.7付近、すなわち5×101/gと想定できる。
以上から次のことが言える。
- 微生物汚染率が低い場合には、微生物平均濃度も低いと推測可能
- 微生物汚染率が高い場合には、 微生物平均濃度も高いと推測可能
微生物の汚染率から汚染濃度を推定する
上記のような考え方が理解できれば、あとは計算により、微生物の汚染率から汚染濃度を推定することも可能である。
ただし、この計算は、対数正規分布の山の形がどのような形かによって前提が異なってくる。山がとても険しく、シャープな場合と、山がなだらかな場合とでは、山頂の位置が違ってくる。
このような山の険しさを決定するのが標準偏差である。標準偏差と下の図のように、この山の幅、すなわち険しさを表す概念と考えればよい。
では、食品中の微生物分布の標準偏差はどのよう決定するのか?
- 標準偏差は、対象食品毎に微生物分布を実測しないと出てこない(食品の特性や、微生物の特性、また製造工程の特性により異なる可能性がある)。
標準偏差、すなわち山の険しさを決定すれば、あとは検査をした時のサンプルの陽性率がから自動的にそのロット全体の平均微生物濃度を変換予測することが可能となる。
あらかじめ微生物の実測値のデータがない場合はどうするか?
- 標準偏差を一定値に仮定する。
上の図は、食品の検査基準値を仮に103log cfu/gと設定した場合、微生物結果の陽性率からそのロット中の微生物の平均濃度を換算する方法を示したものである。
- 陽性率が30%の場合にはット中の微生物の平均濃度は102.7log cfu/gあたりとなる(●)
- 陽性率が50%の場合にはット中の微生物の平均濃度は103.0log cfu/gあたりとなる(〇)
- 陽性率が70%の場合にはット中の微生物の平均濃度は103.5log cfu/gあたりとなる(●)
以上のような考え方に基づいて、ICMSFでは、さまざまなn数のサンプリングプランを95%の確率で実施した場合における想定できる微生物濃度を食品類型別に算出している(下記表)。
この記事では、上記表の数字の算出法についての詳細な数式は述べない。 一般の食品微生物従事者は、上に説明したようになサンプリングプランと微生物濃度との関係についての基本的な概念を理解しておくだけで十分だろう。
初心者向けのまとめ
以上まとめると、微生物のサンプリングプランについては次のようにまとめることができる。
- 微生物のサンプリングプランは、どれだけn数を増やしても、全数検査をしない限り、必ず見落としがある。
- しかし、サンプリングプランの精度(n数)に応じて、想定される微生物の濃度計算ができる (95%の精度で検知できるレベル)。
- したがって、食品や微生物リスクに見合った適切なサンプリングプランを運用すれば、食品のリスクの適切管理が可能
以上の内容を初心者は理解出来ていれば、サンプリングプランの基本は理解できていることになる。
国際食品微生物規格委員会設定(ICMSF)のサンプリングプランの追加情報
以下は、上記の基本をすでに十分理解できてい読者向けの補足記事である。
ICMSFのサンプリングプランには、上述した2サンプリングプラン以外も含まれているので、これらについて補足しておく。
定量的2階級法
2階級法サンプリングプランは基本的にイエスかノーかの定性的なサンプリング判定法であることを上に説明した。しかし、ICMSFのサンプリングプランでは、2階級法には定量的サンプリングプランもある。
では、定量的2階級法サンプリングプランとは何か?
これはReady to eat食品のリステリア菌についてEUの食品安全基準に定められているサンプリングプランである。ただし、全てのready to eat食品ではなく、次のようなカテゴリーに属するものについてのみ定められている。
- 流通時においてリステリア菌が増殖できないと想定され、その許容値が100cfu/gまで食品安全基準で認められているReady to eat食品注)
注)流通時において増殖が認められると想定できるReady to eat食品では、 Euにおいても米国と同様、ゼロトレランスであり、25gあたりに検出されてはならないと食品安全基準で定めている。したがってこの場合は定性的2階級法サンプリングプラン設定が行われている。リステリアの微生物規格基準の Euと米国の違いについては、下記の記事をご覧いただきたい。
下の図では次のような意味をもっている。
- 5試料を調べる必要がある(n=5)
- 「100cfu/gを超えてはならない」(m=100cfu/g)
- 上記基準を超える試料は1つもあってはならない(c=0)
考え方としては定性の2階級法サンプリングプランと、同じである。違う点は下記の点だけである。
- 定性の2階級法が25gあたり非検出(定性)だと設定されていた基準値が、定量のニ階級法では1g当たり100cfuを基準値(定量)としている。
このように、25当たり非検出という定性的な概念から、1gあたり100cfu定量的な概念に基準値が変更になっているので、 ICMSFではこれを定量的2階級法サンプリングプランと命名している。
「定性+定量」混合サンプリングプラン
次に定性と定量の混合3階級サンプリングプランについて説明を加えておく。やはり ICMSFによりReady to eat食品のリステリアに対して提案されているサンプリングプランである。
このサンプリングプランは、2020年に ICMSFによって、新たにReady to eat食品におけるリステリア菌の検査について提案されたサンプリングプランである。定性2階級法と定量3階級法を組み合わせたサンプリングプランとなる。詳しくはICMSFのチェアマンのZwietering博士が下記のビデオで説明しているので、英語リスニング力のある人は視聴することを勧める。
ICMSF 2020 15 "Mixed Plans", Marcel H. Zwietering (ビデオ)
この記事では簡単に要点だけ説明する。
下の図では次のような意味をもっている。
- 5試料を調べる必要がある(n=5)
- 「25g中に検出されてはならない」(m=0/25g)
- 上記基準を超える試料は1までは許容される(c=1)
- ただし、その1試料が100cfu/gを超えれば不合格(M=100cfu/g)
つまるところ、3階級混合サンプリングプランは、下記の2つのサンプリングプランのいいところを残した折衷プランということになる。
- 2階級(定性)サンプリングプラン
- 2階級(定量)サンプリングプラン
なぜこのようなサンプリングプランが提案されたのだろうか?
このようなサンプリング提案の背景については、下記論文に詳しく述べられている。ここでは簡単にその要点だけを述べることとする。
Jeffrey M.Farber et al.
Alternative approaches to the risk management of Listeria monocytogenes in low risk foods
Food ControlVolume 123, May 2021, 107601
最も大きな理由は、定性的なゼロトレランスサンプリングプランの欠点を解消しようというものである。リステリアの存在を一切許容しないゼロトレランスの2階級サンプリングプランには、米国(農務省、n=2、FDA、n=1)(すべてのready to eat食品)やEU(n=5)(流通時にリステリア菌が増殖する食品)がある。そもそもゼロトレランスという考え方は、「25g当たりのリステリア菌の存在を一切許容しない」という考え方がその背景にある。しかし、ready to eat食品のすべてにこのような厳しい考え方をすることにより、次のような弊害が生じている。
- リコールが多数生じる。経済的ロスが多大
- ゼロトレランスポリシーの考え方では、メーカー側の自主検査において、リコールになることを恐れて、検査の手控えにつながることも危惧される。
このようにゼロトレランスという融通のない考え方そのものを否定するために、今回c=1として、検査したサンプルの中に1つのサンプルが基準値(25g当たり非検出)を超えていても合格とする考え方を取り入れたわけである。しかし、一方で、この25g当たりで陽性になったサンプル中のリステリア菌の菌数が100cfu/gを超えるならば、不合格とすることにより、高濃度汚染サンプルの排除を行うものである。
ところで、新しく提案されたサンプリングプランは、これまでのゼロトレランスの基準より甘くなったというわけではない。新たな3階級混合サンプリングプランの検出感度について下記の表に示してある。この表を見ればわかるように、新しいサンプリングプランの特徴と利点は次のように整理できる。
- 新たなサンプリングプランの検出感度はC=1として1部のサンプルでのリステリア菌の検出を許容しているにもかかわらず、n=1やn=2で運用されている米国のゼロトレランスよりもむしろ検出感度は厳しくなっている。
- 一方で、このサンプリングプランでは5試料のうち1試料でも100cfu/gを超えた場合には許容しないという、従来のCodex/Euの定量2階級サンプリングプランの考え方は、そのまま残している。
2022年現在、ICMSFは、read to eat食品のリステリア菌の検査については、企業が自主的に検査する際にこの新しいサンプリングプランを使ってみてはどうかと提案している。
以下はブログ執筆者の個人的予想であるが、ICMSFのCocexやEUへの影響力を考慮すると、可能性としては、read to eat食品のリステリア菌の検査については、EUでは従来のゼロトレランスの定性2階級サンプリングプラン(厳しすぎ)や、100cfu/gの定量2階級サンプリングプラン(甘すぎ)が廃止され、将来的には、この新しいサンプリングプランに収斂していく可能性もあるかもしれないと考えている。
最後に
食品の微生物検査におけるサンプリングプランは重要である。したがって、本記事の前半で解説したレベルの考え方(特に何故そうなるのかの理解)については、初心者も理解しておく必要がある。
ただし、食品微生物担当者が詳しい計算式の細部まで理解する必要はない。方向性(何故そうなるのかの理解)だけ理解できれば、具体的な計算式は、専門家に任せればよいだろう。
なお、ICMSFのサンプリングプランについて、さらに詳しく学びたい人はICMSFのサイトから、書籍注)やビデオ(英語リスニング力がある人)で詳しく学ぶことを勧める。
注)書籍については、下記日本語訳も出版されている。ただし、日本語版は出版が2013年である。それ以降の最新情報は、英語改訂版(2018)を読むか、上記サイトで直接確認いただくとよい)。
日本語翻訳書籍(2013)
食品安全管理における微生物学的検査 基準の設定と検査の考え方
/ 原タイトル:Microorganisms in Foods.7:Microbiological Testing in Food Safety Management