食品製造工場の環境モニタリングには、ガーゼ、スティックスワブ(綿棒)、スポンジ、コンタクトプレートなどの拭き取り検査ツールが使用されます。EU諸国の食品製造工場では、これらのツールの中でどれが最も頻繁に利用されているのか、また微生物の拭き取り検査の効率的な方法は何か、興味深い調査結果があります。フランスの食品や環境安全保障の国家機関ANSESが行った調査結果をご紹介します。品質管理担当者で拭き取り検査ツールの選択に悩んでいる方には必見の情報です。
Brauge et al.
European survey and evaluation of sampling methods recommended by the standard EN ISO 18593 for the detection of Listeria monocytogenes and Pseudomonas fluorescens on industrial surfaces
FEMS Microbiol Lett. 2020 Apr; 367(7): fnaa057.
この論文はPubMed Central(PMC)で無料公開されています。
まず、フランスの食品や環境安全保障の国家機関ANSES(Agence nationale de sécurité sanitaire de l'alimentation, de l'environnement et du travail)ワーキンググループは、2010年に、食品加工工場におけるリステリア菌の検出または定量のための表面サンプリング情報を収集するためのヨーロッパ調査を計画・実施しました。その結果、欧州連合加盟国14カ国から合計137通のアンケートが返送されました。
この調査の結果、EU諸国の専門家は次の順序で、ふき取りサンプリング法を好むことがわかりました。
- ガーゼ
- スティックスワブ(綿棒)(湿らせたもの)
- スポンジ
- スティックスワブ(綿棒)(乾いたもの)
上図は、本記事で紹介している論文(オープンアクセス、CC BY-NC-ND 4.0)の図から一部データを抜粋して、作図しなおしたものです。
つぎに、2020年に、ANSESのワーキンググループは、、ガーゼ、綿棒、スポンジの3つの摩擦サンプリング法、および、2018年に改訂された規格EN ISO 18593で推奨されているコンタクトプレート注)も比較に加え、4つのサンプリング方法の比較を用いて、次の2種類の細菌についての回収効率を比較しました。また、この3方法に加えて
注)コンタクトプレート法(接触法):寒天培地を直接、対照表面に接着させて、その後、培養を行い、寒天培地上のコロニーを計測する方法
- リステリア菌(Listeria monocytogenes)(グラム陽性菌の代表として)
- シュードモナス(Pseudomonas fluorescens)(グラム陰性菌の代表として)
実験方法としては、ステンレス鋼(37mm×16mm)よびのポリウレタンのクーポン(40mm×20mm)の上にL.monocytogenesとP.fluorescensのバイオフィルムを形成させて、それらのバイオフィルムのふき取り効果を4つの方法で試験しました。
ガーゼパッド:中和剤を含まない10mLの緩衝ペプトン水ブロスで湿らせました。使用前にガーゼパッドを4×4cm2の大きさに切断しました。ガーゼパッドの断片を、8mLの緩衝ペプトン水ブロスを含むストマッカーバッグに入れ、ラボブレンダーで1分間均質化した。上澄み液を菌数の定量分析に供しました。
スポンジ:中和剤を含まない10mLの緩衝ペプトン水ブロスが入った滅菌袋に入った棒状のスポンジを、規格NF EN ISO 18593で推奨されている方法、すなわちスポンジの面を変えながら垂直な2方向に当て、必ず全体を覆うように使用しました。表面のサンプリング後、スポンジをストマッカーで1分間処理しました。上澄み液を菌数の定量分析に供しました。
綿棒:綿棒による回収は、緩衝ペプトン水で濡らした1本の綿棒で、規格NF EN ISO 18593で推奨されている方法、すなわち、綿棒の面を変えながら垂直な2方向に塗布し、必ず全領域を覆うように拭きとった。綿棒は、2.5mLの滅菌生理食塩水を含むマイクロチューブにいれ、20秒間ボルテックスし、上澄み液を菌数の定量分析に供しました。
コンタクトプレート法:中和剤を含まないコンタクトプレート培地を汚染クーポンに10秒間、500gの圧力で適用しました(規格NF EN ISO 18593に準拠)。細菌を定量化するために、寒天を滅菌スパチュラでプレートから取り除き、あらかじめ滅菌生理食塩水10mLで満たした滅菌容器に入れました。懸濁液を20秒間ボルテックスし、上澄み液を菌数の定量分析に供しました。
2つの微生物のバイオフィルムの定量的回収率を評価した結果、リステリア菌とシュードモナスのバイオフィルムのいずれにおいても、また、バイオフィルム形成板の材質にかかわらす、剥離・回収効果に4つの方法間の有意差はないことが示されました。
研究グループは、この研究は、実際の食品製造工場環境条件下で、1つのグラム陽性菌菌と1つのグラム陰性菌菌について、様々なサンプリング方法(コンタクトプレート、スポンジ、ガーゼパッド、スワブ)の細菌剥離を比較した最初の研究であるとしています。
ただし、今回は、4方法に差がないと結論されましたが、これまでのいくつかの研究では、方法による微生物の回収率の差を報告するものもあります。以下にその例を示します。
- Gomez ら(2012)は、スポンジ、綿棒、ガーゼ(綿)は、コンタクトプレートよりも低い回収率であったと報告しています。
- Kovacevicら(2009)も、綿棒法は無菌スポンジ法などに比べて、リステリア属菌の回収効率が劣っていることを報告しています。
ANSESの研究グループは、今回行った実験は、実験室条件下で生成されたバイオフィルム(比較的剥離しやすい)で行ったため、実際の工場環境の現場に形成されているバイオフィルムの剥離のしやすさとは、異なる可能性があると認めています。現場で形成されるバイオフィルムには、いくつかの要因が関与するとしています。
すなわち、
- 様々な表面調整(有機物による)の影響
- サンプリング表面の性質(材料の極性および粗さ)
- 異なるストレス(殺生的、水和的、酸化的)により付着しやすくなる可能性
- 工場現場でのバイオフィルムの発達は、飢餓の段階や複数の細菌種が関連
以上のような要素が、実験室で作らせたバイオフィルムとは異なる状況になると想定できますが、工場現場の表面汚染の不均一性が激しいため、これらの要素を加味した加工工場での比較研究は困難であるとしています。
しかし、今回のような、少なくとも均一の条件で行った場合は、4方法に微生物の回収率の差はないことから、グループは以下のように結論しています。
- 方法の選択は、微生物の回収率の高さではなく(差はない)、それらの方法の物理的な使用しやすさで選択すればよい。
例えば、平坦な製造工場ラインを広く拭き取る場合はガーゼやスポンジが適している。
一方、複雑で入り込んだ機械装置の隙間などを拭きとる場合は、綿棒が適している。
また、狭い限定したエリアのモニタリングを手っ取り早く行うには、コンタクトプレート法も有効である。
なお、今回の記事はふき取り器具のみについてを紹介しましたが、食品工場の環境モニタリング方法の全体の基本を学びたいかたは下記の本ブログ記事を合わせて御覧ください。