最近、流しそうめんによるカンピロバクター食中毒が報道され、多くの人々が驚きました。特に、新食品微生物学入門講座で学ぶ受講者からは、井戸水や湧き水がこのようなリスクを孕んでいるとは知らなかったとの声が寄せられました。この記事では、湧き水や井戸水がどのようにカンピロバクターのリスクを高めるのか、科学的な視点から解説します。また、日常的な微生物検査だけでは病原菌を検出しきれない可能性についても深掘りします。特に、微生物検査の陰性結果に過度に安心してしまう危険性については、食品製造業の品質管理者に警鐘を鳴らす内容となっています。

流しそうめんのイメージ。

 2023年9月1日に、流しそうめんによるカンピロバクター食中毒が報道されました。例えば、下記記事など。

”流しそうめん”で93人食中毒 500人調査中 湧き水から「カンピロバクター」検出 豪雨で水質検査行わず”(ヤフーニュース)

フィンランドのアウトブレーク事例

Hänninen et al.
Detection and Typing of Campylobacter jejuni and Campylobacter coli and Analysis of Indicator Organisms in Three Waterborne Outbreaks in Finland
Appl Environ Microbiol. 2003 Mar; 69(3): 1391–1396.

 この記事で紹介するのは、フィンランドの研究者たちによる湧き水や井戸水によるカンピロバクター食中毒の解析事例です。フィンランドをはじめとする北欧の国々では、この種の食中毒が湖水、井戸水、湧水などを原因として頻繁に報告されています。本論文では三つの事例を紹介していますが、ここではその概要だけを述べたいと思います。

要点は次のとおりです。

 フィンランドのいくつかの村で、井戸水や湧水を飲んだ結果、多数の大人が下痢を引き起こすカンピロバクター食中毒が発生しました。この原因を解析したところ、問題の水に含まれているカンピロバクターが原因であることが判明しました。しかし、この原因究明は容易ではありませんでした。

フィンランドの村での食中毒調査。
  • 事例1:2000年、フィンランド南部の小さなコミュニティで400人が腸炎に罹患。使用水は地下水で、先の水質検査で問題なし。水源として使用された2つの地下水井戸からは、100mlサンプルではカンピロバクターも指標菌も検出されず1,000mlに解析量を増やして調べたところ、初めて大腸菌陽性。さらに、4,000mlまで解析量を増やして初めてカンピロバクター(C. jejuni)が検出
  • 事例2:2001年、フィンランド東部で50人が下痢。感染源は塩素未処理の地下水井戸。原水、水道水から採取した100mlサンプルから大腸菌群は見つかるも、20,000mlの原水サンプルを検査してカンピロバクターはなし。煮沸勧告と塩素処理後、新規感染は終息。  
  • 事例3::2001年、フィンランド南部で1,000人がカンピロバクター感染。18,000人の水源は10本の井戸。一つの井戸から大腸菌、別の井戸8,000mlのサンプルからカンピロバクター(C. jejuni)が検出。 井戸の近くの農場では豚やアヒルなど数種類の動物が飼育。堤防の水とアヒルの池の水サンプルを分析した結果、C. jejuniC. coliが検出。

 

井戸水と湧き水における病原菌モニタリングの難しさ

 上記論文で紹介されている3つのアウトブレークの概要は、上述の通りですが、各アウトブレークの詳細な解析については、このブログ記事では特に触れません。ただ、共通点を抽出し、井戸水や湧き水におけるカンピロバクター食中毒の特徴、その原因究明の難しさ、日常的な管理の要点について触れたいと思います。

日常の水質検査で検出することは容易ではない

 調査官たちは、食中毒の大量発生報告を受け、村人や周辺の人たちの便を調べました。その結果、カンピロバクターによる食中毒であることは比較的簡単に判明しました。共通していたのは、食品ではなく井戸水や湧き水を多量に飲んでいることで、これが調査対象となりました。

 日常検査では、通常、100mlの水で大腸菌検査を行いますが、大腸菌が検出されることは少ないです。研究者たちは、日常検査では1000mlや3000mlなど、より大量の水を検査する方が効果的であると述べています。

100mlの水質検査の難しさ。

 

アウトブレーク後に水源から病原菌を検出するのも容易ではない

 今回の3つのアウトブレーク事例でも、アウトブレークが明らかになった後に井戸水や湧き水を検査しましたが、通常の100ml検査では大腸菌も検出されませんでした。特にカンピロバクターについては、対象量を大幅に増やしても検出されることはほとんどありませんでした。このように、井戸水や湧き水で食中毒が起きる場合の原因究明は、食品の場合とは異なり、困難です。

湧き水での食中毒原因究明の難しさ。

その理由は次のとおりです。

 食品の場合、販売された製品が個体として残っているため、その中から病原菌を検出できます。しかし、自然界の井戸水や流水は刻々と変化してしまいます。食中毒の症状が出た後にその原因を究明し、水源を検査しようとすると、その時点で既に環境は変わってしまっていることが多いです。

 ところで、このブログの読者には、食品企業の品質管理担当者が多いと思います。井戸水や湧き水の日常的な検査の信頼性と、それが実際の食中毒防止にどれだけ寄与するかという問題については、食品製造工場での食中毒菌の混入割合が低い場合と同様です。品質管理担当者の皆様にも常日頃から意識していただきたいと考えています。この点については、以下の記事で詳しく解説していますので、ぜひご一読ください。

 食品の微生物検査の目的と精度計算法をわかりやすく説明します

 要点としては、もし菌の汚染率が1%であれば、1サンプルを分析した場合、99%の確率で汚染を見落とす(偽陰性)ことになります。さらに、30サンプルを分析しても、74%の確率で汚染を見落とす(偽陰性)可能性があります。95%の精度で汚染を見落とさないためには、298サンプルの分析が必要です。

 つまり、分布頻度が極めて低い場合の検査には、ほとんど意味がないというわけです。この事実は、湧き水や井戸水にも当てはまるだけでなく、食品産業の微生物検査にも関連しています。この点を再認識することは重要です。

湧き水の汚染は刻々と変化している。

 

カンピロバクターは湧き水や井戸水をどのように汚染するのか?

 ここで、そもそも、なぜカンピロバクターが井戸水や湧き水に汚染されるのかという問題についてです。カンピロバクターの主要な自然宿主は鳥類です。もちろん、牛や豚などの家畜でもカンピロバクターの存在が確認されています。しかし、カンピロバクターの最適生育温度は42°C、最低発育温度は32°Cとされています。鳥類での分布が圧倒的に多いことから、自然宿主は鳥類と言えます。日本においては、例えばスズメなどの小鳥が主にカンピロバクターを保有していると考えられます。したがって、鳥類がいる場所には糞があり、その糞にはカンピロバクターが含まれている可能性が高いです。ただし、鳥類だけがカンピロバクターの宿主ではありません。牛や豚、さらにはイノシシ、鹿など、多くの哺乳動物の糞からもカンピロバクターが検出されることがあります。

鳥類や野生動物のフンにはキャンピロバクターがいる。

 カンピロバクターの最低増殖温度は32°Cと非常に高く、自然界での増殖は一般に難しいとされています。また、酸素濃度が20%では増殖できず、完全に酸素がない嫌気的な環境でも増殖できません。酸素濃度が5%~15%の範囲で初めて増殖可能です。このような条件から、自然界でカンピロバクターが活発に増殖する環境はかなり特殊です。一般的には、鳥類の腸内で増殖するものの、その外へ放出されると増殖しにくいと考えられます。特定の高温や酸素濃度が一致した環境を除いて、自然界に糞として放出されたカンピロバクターが数を増やすことはほとんどないと言えます。

 カンピロバクターは自然界で増殖することは難しいものの、生存に関しては数日間は耐えられるとされています。そのため、糞が地下水に流れ込んで数日間生き残り、それが湧き水や流水に混入すると、人間にとって危険です。また、カンピロバクターは胃酸に強く、わずか100細胞程度でも発症の可能性があるとされています。したがって、鳥や家畜から排出されたカンピロバクターが、そのまま環境に分散して少量が湧き水に流れ込んだ場合でも、発症するリスクが存在します。

カンピロバクターは環境では増殖し難いが、生存はできる。

  

リスク管理まとめ 

水質検査の過信は禁物

 湧き水や井戸水の日常的な検査において、本記事で紹介した研究者たちが示しているように、100ml程度の検査では指標菌の大腸菌すら検出されない場合が多いということです。カンピロバクターや病原性大腸菌などの病原菌は、日常的な検査を行っていないこと、また100ml程度の検査では陰性になる可能性が高いということです。湧き水や井戸水は地下を流れるため、環境が刻々と変化します。晴天の日に検査して陰性だったとしても、雨の翌日には一時的に陽性になる可能性があります。そして、その水を摂取することで食中毒を起こす危険性があるのです。しかも、食中毒が発覚するころには、すでに病原菌は消失していることもあるのです。

したがって、流水や井戸水のリスク管理においては、水質検査の陰性結果を過信してはなりません。HACCPの考え方を取り入れ、「あらかじめリスクを防ぐ措置」の徹底が必要です。食中毒を予防するため、特に近日中に雨が降った場合は、流水や井戸水の使用は避けることが重要です。

求められるHACCP的発想

 HACCP的な発想で、湧き水や井戸水におけるカンピロバクターや病原性大腸菌のリスク要因を以下の通りまとめます。

CCP❶ 立地条件

 湧き水や井戸水の近くに牛や豚の牧場がある場合はリスクが高まります。特に、病原性大腸菌O157が過去に食中毒を引き起こしており、この条件は最も危険と言えます。

近くに牧場がある井戸水のリスクは高い。

 

CCP❷ 天候条件

 晴れた天気の場合は比較的リスクが低いですが、豪雨の後や雨水の流入がある場合は、地下水に糞便が混入するリスクが増大します。実際、フィンランドの事例❶でも、雨後の地下水に糞便が混入したと考えられています。

雨天後の湧き水は要注意。

CCP❸ 殺菌工程の有無

 湧き水や井戸水を飲用する際は、次亜塩素酸での殺菌煮沸が推奨されます。フィンランドの事例でも、当局の指導により、次亜塩素酸殺菌や煮沸処理を施したところ、食中毒が収束しました。

井戸水については塩素消毒や煮沸消毒が必要。

最後に

 本記事では、湧き水や井戸水に関連するカンピロバクターを中心とした食中毒のリスク管理について説明しました。湧き水において、病原菌が非常にまれにしか分布していない場合の日常的な微生物検査が大きな意味を持たないのは、食品製造工場での食中毒菌の混入割合が低い場合と同様です。この事例をもとに、食品製造会社の品質管理担当者は、HACCPの重要性を再認識していただくことをおすすめします。

食品の微生物検査の信頼性が低いことを示すイメージ。