6月29日公開記事の後半部分では、2026年7月1日に施行されたEUのリステリア新規則(Regulation (EU) 2024/2895)について、そのポイントを解説しました。「リステリア菌が増殖可能な食品」について、消費期限中に100 cfu/gを超えないことを製造業者が証明できない場合、流通・販売段階の製品にも25g中不検出という厳しい基準が適用される、というのが今回の改正の核心でした。
 今回はその補足として、「なぜこのような改正に至ったのか」という背景を掘り下げてみたいと思います。実はこの改正の背景には、ある一つの食品事故と、それをめぐって争われたEU司法裁判所(CJEU)の判決があると考えられています。今回はその事件の概要をご紹介したうえで、この判決がどのように今回の改正につながったと考えられるのかを整理します。

2019年、エストニアで何が起きたか

 事件の舞台は、エストニアの水産加工会社 Aktsiaselts M.V.WOOL です。同社はサーモンやトラウトを使った冷燻製品・塩蔵製品などを製造していました。2019年、同社の製品から強毒性のリステリア菌株(ST1247)が検出されました。この株は同年、複数のヨーロッパ諸国で感染例が報告されていた株と一致しており、感染者・死者を出す事態に発展しました。

 エストニアの食品当局(現在のPõllumajandus- ja Toiduamet、当時はVeterinaar- ja Toiduamet)は、同社の複数の工場・製品からこの菌株を繰り返し検出し、2019年8月には小売店で販売されていたサーモン・トラウト製品からもリステリア菌を検出しました。

リステリア菌検出を受け、行政官が冷燻サーモンの回収と工場停止を会社側に命じているイラスト

出典:
ECDC/EFSA共同緊急アウトブレイク評価(2019年6月4日付)
ERR News報道(M.V.WOOL社の特定・当局対応の詳細)

当局の対応と企業の反論

 これを受けて当局は、同年8月7日付で製造停止・製品回収・消費者への通知を命じ、さらに同年11月25日には、消毒対応後も菌が検出され続けたことを理由に、2つの製造拠点に対する操業停止命令を出しました。

 M.V.WOOL社側はこれを不服とし、エストニアのタリン行政裁判所に訴えを起こしました。同社の主張を要約するとこうです。

  • EU規則(EC) No 2073/2005が定める『25g中不検出』という厳格な基準は、製造者の直接管理下にある製品にのみ適用されるものであり、すでに小売店に流通した製品には適用されないはず

というものです。

M.V.WOOL社前で会社側がEU規則の文言を根拠に、25g中不検出基準の適用範囲に反論しているイラスト

出典:CJEU判決 Case C-51/21(当事者の主張整理部分)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:62021CJ0051

EU司法裁判所への付託——争点は何だったか

 この解釈をめぐる争いで、タリン行政裁判所(エストニア国内)はEU規則の解釈が争点になっていると判断し、EU司法裁判所(CJEU)、に先決付託を行いました。

「先決付託(preliminary reference / preliminary ruling procedure)」:EU法の解釈や有効性について、加盟国の国内裁判所がCJEU(EU司法裁判所)に判断を仰ぐ制度です。EU運営条約(TFEU)第267条に基づく手続きです。EU加盟国の裁判所が審理中の事件で、「このEU規則(や指令)をどう解釈すべきか」という論点に直面したとき、その国内裁判所は事件そのものの審理を一時中断し、その解釈問題だけをCJEUに送ります。CJEUはその論点についてのみ判断を下し(「これこれの条文はこう解釈すべきである」)、事件そのものの結論(誰が勝つか)には触れません。判断が返ってくると、国内裁判所はそれに従って、残りの審理を進め、最終判決を出します。

争点を整理すると、次のようになります。

 EU規則(EC) No 2073/2005(原文はこちら)では、「リステリア菌が増殖可能な食品」について、製造業者が消費期限中100 cfu/gを超えないことを証明できない場合、「25g中不検出」という基準が適用されると定められています。しかし、この基準は文言上、「製造業者の直接管理下を離れる前」の段階について書かれたものでした。

 では、この厳しい基準は、すでに小売店に流通し、消費者の手に渡る直前の段階にある製品にも適用されるのでしょうか。それとも、流通後の製品には別の(より緩やかな)基準が適用されるのでしょうか。

EU司法裁判所で、25g中不検出基準が流通後の製品にも適用されるのかが争点になっているイラスト

2022年の判決——意外な結末

 2022年6月30日、EU司法裁判所(CJEU)(第8法廷)はこの問いに対して判断を示しました。

その結論は、M.V.WOOL社の主張を認めるものでした。すなわち、旧規則の文言上、「25g中不検出」という厳格な基準は、あくまで製造業者の直接管理下にある段階の製品に適用されるものであり、すでに上市され流通している製品には、この規定を直接適用することはできない、と判断されたのです。

CJEUは同時に、旧規則には製造業者の直接管理を離れた後、なお消費期限中に100 cfu/gを超えないことを保証できない食品を規律する基準が存在しない、という趣旨の重要な指摘をしています。

 つまりこの判決は、M.V.WOOL社の解釈上の主張を認めながらも、その結果として旧規則に「空白」が存在することを、はからずも明らかにしてしまったのです。

EU司法裁判所が、25g中不検出基準は流通後の製品には直接適用できず、旧規則に空白があると判断したイラスト

出典:CJEU判決 Case C-51/21(判決本文、パラ25〜29付近)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:62021CJ0051

判決が明らかにした「穴」をどう塞ぐか

 この空白をどう理解すればよいでしょうか。旧規則の下では、製造業者が出荷時点で25g中不検出を確認していれば、その後の流通段階で温度管理の乱れなどによりリステリア菌が増殖し、消費期限中に100 cfu/gを超えるような事態が生じたとしても、それを直接規律する明確な基準が存在しなかった、ということになります。

 もちろん、EU一般食品法(Regulation (EC) No 178/2002)の一般的な安全性要求を根拠に、当局が個別に対応する余地はありました。しかし、加盟国ごとに解釈や運用にばらつきが生じる可能性があり、EU全体で一貫した公衆衛生保護を保証するという観点からは、望ましい状態とは言えませんでした。

行政官がリステリア菌検出結果を示し、EU規則の空白を埋める対応を規制策定部門に求めているイラスト

2024年改正へ(2026年7月1日施行)

 2026年7月1日から適用が始まったRegulation (EU) 2024/2895の前文第4項には、次のような記述があります。「Regulation (EC) No 2073/2005は、製造業者の直接管理を離れた後の食品について、消費期限中100 cfu/gを超えないことを保証できない場合に適用される基準を定めていない」。

 この文言は、CJEUが判決の中で指摘した「空白」の論理とほぼ重なります。この点から見て、今回の改正がこの判決を契機として検討が進んだ可能性は高いと考えられます。

2026年7月1日の新基準により、保存期間中を通じた25g中不検出やリステリア菌の増殖抑制が求められることを説明しているイラスト

まとめ

 今回ご紹介したM.V.WOOL社の事件は、単なる一企業の法廷闘争ではなく、EUのリステリア規則における構造的な空白を浮き彫りにした事例だったと言えます。

 製造業者が出荷時点で基準を満たしていても、それだけでは消費期限中の安全性を保証したことにはなりません。2019年のエストニアでの深刻な食品事故と、それに続く2022年の判決は、この当たり前でありながら見過ごされがちな論点を、規制当局に改めて突きつけることになりました。そして2026年7月1日からの新基準は、この空白を塞ぐための一つの到達点だと理解することができます。

 今回の改正により、EUでは、保存期間中に100 cfu/g以下であることを示せないRTE食品について、25 g中不検出の要求が、出荷時点だけでなく、流通・販売段階を含む保存期間全体に及ぶことになります。ただし、リステリア菌が増殖し得る食品について、保存期間を通じて25 g中不検出を維持し、それを検査によって担保することは、実務上きわめて困難です。EU規則そのものが、事業者に対して次の二つの対応を選択肢として示しているわけではありませんが、この改正を実務的に考えると、対応は主として次の二方向に収れんすると考えられます注)

  • チャレンジテストや保存試験、予測微生物学などにより、保存期間中に100 cfu/gを超えないことを科学的に示す
  • pH、水分活性、保存料、保存期間、保存温度などの設計を見直し、そもそもリステリア菌が増殖しない食品にする。

つまり、今回の改正が実質的に求めているのは、「出荷時に不検出であればよい」という考え方から、保存期間全体を通じてリステリア菌の増殖をどのように制御するのかを考える方向への転換です。この点については前回の記事でも整理しましたが、M.V.WOOL事件を踏まえると、その意味はいっそう明確になります。

注:もっとも、理論上は第三の道もあります。すなわち、これまで米国の事業者がゼロトレランスの下で行ってきたように、工程管理、衛生管理、環境モニタリングなどを徹底し、最終製品へのリステリア菌の混入を限りなくゼロに近づけ、保存期間を通じて不検出を維持を目指す道です。しかし、出荷時の検査で不検出であっても、それはロット全体に菌が存在しないことの証明にはなりません。ごく少数の菌が流通中に増殖し、後になって検出される可能性は残ります。その意味で、この第三の道は、事業者が常に一定の不確実性を抱えながら管理を続ける、きわめて厳しく不安定な選択肢だといえます。

冷燻サーモンについて、消費期限中に100 cfu/g以下であることや不検出を証明する難しさを会社側が検討しているイラスト

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