食品工場の安全は、微生物による汚染リスクを防ぐために不可欠な『環境モニタリングプログラム(EMP)』が鍵を握ります。この革新的なプログラムは、過去10年間でEUと米国で大きな関心を集め、新たな食品安全対策の一角を担っています。しかし、全ての工場での導入はまだまだ途中段階。今回は、EMP導入に積極的なフランスの食品工場でのその普及状況と現状について深堀りします。
Mota et al.
First Survey about Current Practices of Environmental Monitoring Programs within French Agri-Food Industries
Biology 2022, 11(1), 89; https://doi.org/10.3390/biology11010089
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今回の調査を行ったのは、フランス食品・環境・労働安全庁(ANSES)リスクアセスメント部です。
環境モニタリングプログラム(EMP)は、洗浄・衛生手順やその他の環境病原体管理プログラムの妥当性を確認することを目的として、この10年間に登場しました。工場環境の微生物汚染が二次汚染の原因とした食中毒事故が多発しているからです。
本調査では、フランスの37の食品産業(小規模、中規模、大規模)の現在の本プログラムの導入状況を分析し、さらに、その導入の具体的な状況について精査したものです。このようなアンケートをANSESが行った背景には、フランスでは2018年に、食品生産環境に関連する汚染から食品が人の健康に害を及ぼす可能性があると判断した場合、当局への申告を義務付ける法律(EGalim No.2018/93)が施行されたからです。本アンケートはこの法律施工後の工場環境モニタリングの実態調査もかねて実施されました。
調査方法(アンケート)
調査方法の概要は次の通りです。
- アンケートは Google フォームで作成し、食品事業者との直接の依頼、または、食品メーカーに電子メールで配布されました。
- アンケートへの回答の収集は、2020年9月15日から2020年11月27日にかけて行われました。
- アンケートには合計40の質問が設定されていました。
アンケートに参加したフランスの食品会社37社の約7割が従業員249人未満の中小企業でした。内訳は下記の通りです。
- 68%(n = 25)は中小企業(従業員10人以上249人未満)
- 22%(n = 8)は中堅企業(従業員250人以上4999人未満)
- 5%(n = 2)は非常に小規模(10人未満)
- 5%(n = 2)は大企業(5000人以上)
業種別にみると、最も多かったのは果物・野菜製品(n = 7)と ベーカリー・パスタ製品(n = 7)、次いで、乳製品(n = 6) と 肉および肉製品 (n = 6)、水産(n = 5)、飲料製品(n = 1)、穀物およびでんぷん製品(n = 1)、動物飼料製品(n = 1)、その他(n = 10)となりました。
上図は、本ブログで紹介している論文のデータをもとに作図
アンケート結果の概要
環境モニタリングプログラムの実施状況
アンケートに回答した37社のうち36社(97%)は環境モニタリングをすでに導入していると回答しました。
ただし、このうち7社(19%)は過去2年以内に導入したと回答しました。つまり、2018年にフランスで施行された工場環境での病原菌検出時の当局への申告を義務付ける法律(EGalim No.2018/93)に対応して、新たに環境モニタリングプログラムを導入した会社と判断できます。
また、29社(78%)は、品質部門に統合された環境モニタリング担当チームがあると回答し、そのうちの3社は生産部門のオペレーターもチームの一員に組み込んでいると回答しました。
回答者は、環境モニタリングの目的を次のように回答しています。
- 洗浄・消毒手順の検証(89%、n=33)
- 生産環境における病原体の存在の検出(62%、n=23)
- 異常変動を検出するための工場内の微生物集団の監視(51%、n=19)
環境モニタリングプログラムとHACCPとの関係
環境モニタリングプログラムは、多くの場合、HACCPの前提プログラムとしてのGood Hygienic Practices(GHP)の中で手順が文書化されていました。
一部の会社では、環境モニタリングプログラムがHACCPプランの中でカバーされているものもありましたが、HACCP法の12のタスクのうち、環境モニタリングプログラムに特化したものはないため、基本的には、環境モニタリングプログラムはHACCPの外枠での補完プログラムの位置づけに整理されていました。
対象微生物
モニタリング対象とする微生物は、業種によって異なりましたが、最も対象とされている微生物は、病原菌では、リステリア菌とサルモネラ菌でした(下図参照)。また、指標菌としては一般生菌数はすべて業種でモニタリングされていました。
上表は、本ブログで紹介している論文のデータをもとに作表
欧州規則(EC)No 2073/2005では、加工環境で検査義務のある病原微生物は、つぎの2つに限定されています。
- 調理済み食品のリステリア菌
- 生後6ヶ月未満の乳児を対象とした粉ミルクまたは特別医療目的の粉ミルク食品のクロノバクター属菌
今回の調査では、フランスの食品産業が微生物のモニタリングに関して、欧州規則規制要件よりもさらに自主的に踏み込んで取り組んでいることが、浮き彫りになりました。実際、フランスの食品産業は、環境モニタリングプログラムの一部として、上記以外の病原菌(サルモネラ、黄色ブドウ球菌等)、指標菌(大腸菌群、腸内細菌科筋群、一般生菌数)、酵母、カビなど、広範な微生物をモニタリングしていることが明らかとなりました。
ゾーン分けをどのように行っているか
大部分の回答者(n = 31)は、EMPにおいてゾーン分けを実施していると回答しましたが、ゾーンの定義は、工場によって大きく異なってました。
- 10社の回答者は、工場の特定エリアでの活動内容別(例えば、管理エリア、生産エリア、包装エリア、保管エリア)にゾーンが対応していると回答しました。
- 一方、19社のの回答者は、製品の汚染への脆弱性によってゾーンを定義しました。例えば、製品と接触する材料、重要な環境、非重要な環境などによってゾーンを定義していました注)。
注:後者のゾーン分けは、一般的に各種国際ガイドラインで推奨されている方式です。ゾーン分けの基本に関する解説は下記記事をご覧ください。
食品工場衛生管理における微生物検査ー環境モニタリングの重要性
モニタリングのツールは何を使っているか
サンプリングで最も用いられていたツールは以下の通りとなりました。
- ワイプ(ガーゼやスポンジ)(n = 19)
- 寒天スライド(n = 16)注)
- コンタクト寒天プレート(n = 9)
- 綿棒(n = 9)
注)寒天スライド:フランスでよく用いられている寒天培地のスタンプ方式。寒天培地をおしつけるコンタクト寒天プレートと異なり、あらかじめ寒天培地を塗抹した小さなスライドグラスを、調べたい接触面に直接押しつけ、回収後、そのまま培養する。要するにコンタクトプレートのスライドサイズ版。以下の動画サイトは、フランス語ですが、見るだけで、使い方が理解できます。
モニタリングのタイミング
サンプリングのタイミングについては下記の回答結果になりました。
- 生産開始前(68%、n = 25)
- 生産サイクル中(49%が、n = 18)
- 生産終了後(洗浄前)(35%、n = 13)
- 上記の少なくとも2つのタイミングで同時にサンプリング(46%、n=17)
モニタリング頻度
サンプリング頻度は、食品工場の特性、過去の汚染状況などに強く関係するため、一律なガイドラインは存在していない。今回のアンケート結果でも、様々な回答が得られた。その中で、全体的な傾向を抽出すると下記のような傾向があった。
- 製品の汚染に対する脆弱性と多少関係があるようである。実際、モニタリング頻度はは、動物性食品では週1回のサンプリングであるのに対し、植物性食品では月1回のサンプリング程度と少ない傾向が認めららた。
また、モニタリング頻度は、生産開始前、生産中、生産終了後のタイミングによっても、異なる傾向がみとめられた。すなわち、
- 生産開始前のサンプリング:月に1度実施と回答した会社が最も多く(27%、n = 10)、ついで1週間に1度(24%、n = 9)実施されていると回答した会社が続きます。
- 生産サイクル中のサンプリング:1週間に1度と回答した会社が最も多く(22%、n=8)、ついで1か月に1度(14%、n=5)実施されていると回答した会社が続きます。
- 生産終了後のサンプリング:実施していないと回答した会社が最も多く(32%、n=12)、ついで1か月に1(16%、n=6)実施されていると回答した会社が続きます。
サンプリング箇所数
サンプリング箇所数については30社からの回答が得られた。平均188のエリアがサンプリングされていた。
乳製品メーカーのサンプル箇所数が最も多く(平均=284)、次いで水産部門と肉および肉製品産業が続き、穀物およびでんぷん製品メーカーは、最も少なかった。
上図は、本ブログで紹介している論文のデータをもとに作図
全般的な傾向として工場規模が大きく、また、食品トン数が多い工場を持つ企業では、平均してより多くのサンプルを環境から採取していることが確認された。ただし、、回答数が少ないため、統計的な関係についての結論は得られなかった。
分析
試料の分析方法に関する質問には、35社が回答し、そのすべてが培養法を実施していると回答しました。これに加えて、分子生物学的な分析を進めていると答えたのは3社、免疫学的な分析を実施していると答えたのは1社でした。
上図は、本ブログで紹介している論文のデータをもとに作図
結果の解釈
基準値をどう設定する?
EMPを担当するチームは、サンプル分析結果について、約半数(49%、n=18)があらかじめ設定された判断基準を用いて解釈すると回答しましたが、残りの半数(46%、n=17)はあらかじめ設定された判断基準を設定していないと回答しました。
フランスでは、生産環境の表面に関する微生物学的基準に関する規制や事例がないため、各微生物や微生物群の基準値を決定することがいかに困難であるかがインタビューにより明らかになりました。
また、サンプリング結果の解釈について、アンケートへの回答やインタビューに応じることに同意した企業は、主にベーカリー、ペストリー、パスタ部門と乳製品部門の数社(n = 11)にとどまりました。
検出微生物の閾値について回答した企業は、
- リステリア菌、サルモネラ菌、クロノバクター属菌など病原菌については、検出された場合は非適合と判定するゼロトレランス方式をとって場合がほとんどでした(ただし、食品に接するゾーン1)。
- 一方、指標菌など非病原性微生物の場合は、一定の菌数の閾値を設定している場合がほとんどでした。この閾値は、工場内の汚染傾向や、同じ食品を生産している会社内の他の工場のデータの比較によって決定していると回答しました。
モニタリング後のアクションプラン
また、アンケート回答企業の16%(n = 6)は、環境モニタリングの結果に基づき、アクションプランが行われていると回答しました。たとえば、
- 結果が基準に比較して適合と判断された場合:環境モニタリングの頻度と数を削減
- 不適合の場合:汚染源の調査が行われ、洗浄と消毒の手順が強化される。製品汚染のリスクが高く、微生物が病原性(例:サルモネラ菌)であると考えられる表面は、製品検査結果が要件を満たすまで、食品ロットを出荷停止にする場合あり。
まとめ
今回の調査で回収できたアンケート数では、フランスの食品業種や規模別にその特徴を明らかにするには、不十分でした。特に、アンケートは、フランス北西部でアンケート調査協力組織が活発に活動したため、これらの地域で回収率が高く、他の地域では回収率が低い結果となりました。
とはいえ、ANSESは、本調査で紹介した事例は、その後、EMPをまだ持っていない工場や構築中の工場、あるいは既存の実践を改善することによって、EMPの導入に役立つため、価値が高いと結論しています。
※本記事内で使用されているイメージ写真は、事例の概要を読者の理解を助けるために使用されており、実際の出来事や関係者とは関係ありません。
本記事ではフランスにおける環境モニタリングプログラムの導入状況について紹介しました。環境モニタリングプログラム(EMP)に関する解説は本ブログの下記3記事でわかりやすく解説していますので、ご覧ください。
食品工場衛生管理における微生物検査ー環境モニタリングの重要性