最近は 16srrna遺伝子解析に基づく種の同定が 盛んになっている。その結果、細菌の分類が微細かつ複雑になってきた。しかし食品微生物学の分野では、詳細な分類を行う前に、頭の中で大きな枠組みを理解しておくことの方が重要である。この記事以降、数記事にわたり、食品微生物学の中で登場する各種グラム陰性菌やグラム陽性菌の種類や特徴の整理・覚え方に便利な微生物分類方法、すなわち、頭の中の食品微生物学整理箱をについて述べたい。グラム陽性菌とグラム陰性菌とでは、頭の中で整理しておくべき整理箱の構成が少し違う。これらの枠組みを頭の中に入れておくと便利である。

整理ダンス

16srrna遺伝子解析 による微生物同定だけでは、実戦的に役に立たない

 過去20年間 16srrna sequencingに基づいて次から次へと 新しい属や種が提案され、そして、膨大な情報が微生物の分類に加わっている。このようなDNA配列にもとづく新しい分類体系は微生物学という学問体系の中では重要である。わたしもこのような研究をたくさん行ってきた。しかし、食品微生物学という実践的な分野においては、ややすればこのような多くのアカデミア情報の出現は、混乱の原因にもなっている。

 例えば従来シュードモナスやブドウ球菌と整理されていた細菌がたくさんの新しい属に分けられたりしている。もちろんDNA配列にもとづく正確な微生物の分類を知ることは重要である。しかし、 16srrnaシークエンスによる同定結果が得られても、見慣れない属名と種名がどのような大きな微生物分類の枠組みの番地に入っているのかがわからない場合が多い。

16SrDNAによる微生物同定

  そこで、これらの属名や種名が元々の微生物の分類体系の中のどこに属していたのかを知ることは重要だ。この際に、重要になってくるのが、自分の頭の中にグラム陰性菌やグラム陽性菌の重要なグループの整理箱である。食品微生物学においては、その微生物のアウトラインを手早く理解することがもっと重要である。その目的のためには、大きな枠組みを理解しておくことが実践的だ。

頭の整理箱

 以下に、食品微生物学において主要な細菌の分類の説明を試みる。このチャートを理解することは、食品微生物で重要な細菌を大まかな整理をするうえでとても便利である。

グラム陰性菌の分類と覚え方に便利なチャート

 まずはグラム陰性菌を頭の中で整理するための整理箱としてのチャートを説明していきたい。下の図である。食品微生物学で出現するグラム陰性菌は全て桿菌と考えれば良い。読者の中には、細菌には球菌と桿菌があるはずだと疑問を持つ人もいるだろう。また、専門家はそのような理解は正しくないと指摘するかもしれない。しかし、実用上、少なくとも食品微生物学で重要なグラム陰性菌のほとんどすべては桿菌である。かつて私は大学の学生たちに食品から分離した細菌の同定の実験技術を指導していたことがある。多くの桿菌は短桿菌のため、顕微鏡で観察すると球菌のように見える。ところがこれを球菌と判断してしまうと、間違った分類をしてしまうことになる。

グラム陰性菌の整理チャート

 実際のところ、 グラム陰性球菌は、確かに存在するが、その多くは性病など医学分野で出てくる微生物となる。このような細菌が食品から分離されることはない。従って、もしあなたが食品から分離されたグラム陰性細菌を球菌と判定すると、間違った判定になってしまう可能性高い。というわけで、食品微生物検査では、グラム陰性菌はすべて桿菌であると理解しておくことが実践的な考え方である。

グラム陰性菌はほとんど桿菌

生物の形と大きさの持つ意味

 ところで、なぜある細菌は球菌であり、また別は桿菌なのか?言い換えると球菌であることと桿菌であることの利点や欠点は何か?

ここで微生物学からは少しそれるが、生物の表面積と体積との関係について理解しておくと良い。読者に一つ質問をしよう。

  • なぜ犬ぐらいの大きさのゴキブリが存在しないのか?

 私たちの身の回りに犬のような大きさのゴキブリが走り回っていたら、私たちの日常生活はとても困ったことにる。しかし、現実にはそのようなゴキブリは存在しない。なぜか?

ゴキブリと犬のサイズ


 その答えは、ゴキブリは酸素を体の表面から入手しているからである。立方体で計算してみると分かりる。一辺の長さが1 cm と10 cm の立方体を比べてみよう。表面積 と 体積の関係はどのようになるか?下の図に示す通り、立方体の大きさが大きくなればなるほど、表面積と体積の比は低くなる。

 ゴキブリの大きさが犬ぐらいになると、ゴキブリの体積に対する表面積はずっと小さくなる。つまり、ゴキブリの体積が大きくなればなるほど、ゴキブリは体が必要とする酸素を十分に入手できなくなる。ゴキブリがネズミぐらいの大きさになったら、それは動きはとてもゆっくりとしたものになるだろう。そして犬ぐらいの大きさにした時には、ゴキブリはもはや自分の生命を維持するだけのエネルギー取ることができなくなって死んでしまうだろう。

 ここで次の質問を読者にする。

  • 犬がゴキブリの大きさにまで小さくなるとどうなるか?

 この質問に対する答えもまた表面積と体積との関係で説明がつく。犬は哺乳動物なので体温を37°C付近に保持しておく必要がある。体が小さくなればなるほど体積に対する表面積が大きくなり、失われる熱量は大きくなる。従って哺乳動物にとっては、あまりにも体が小さいと体表から失われる熱量がおおきすぎて、生命を維持できなくなる。

 以上の例からわかるように生命にとって体積に対しての表面積の大きさというのは大変重要な役割を持っている。このことが理解できたならば細菌の球菌と桿菌の形の意味についても理解しやすくなる。

ここで読者に三つ目の質問をしよう。

  • 北極のしろくまが丸っぽくて蛇が細長いのはなぜか?

  哺乳動物は基本的に丸い形をしている。蛇のような細長い哺乳動物は存在しない。もし哺乳動物が蛇のような形をしていたら何が起きるか?蛇のような形は、表面積が広いために熱の損失が高くなる。このような形は熱を常に体温を保持しておかなくてはいけない哺乳動物には適していない。体温を保持する必要がある哺乳動物は体表面積をできるだけ小さくするために基本的には丸い形をしていると考えれば良い。

哺乳動物と爬虫類の体型と体温

球菌と桿菌の違い、その形の意味とは?

 以上、生物共通の形や大きさに関しての理解を押さえた上で細菌の桿菌と球菌の本題に話を戻そう。微生物の場合は、その形に関係する要素は、酸素の取り込みやまた体温でもない。その代わり、栄養物質の取り込み効率が関係している。

 上記で説明したように、球形の物体の表面積が最も小さい。そして、形が平たくや長くなればなるほど、表面積は広くなる。したがって、球状の形の粘土を細長くしていくとどうなるか?粘土を押しつぶしていくと、同じ体積でも表面積はどんどん広がっていく。つまり桿菌の場合は、球菌よりも表面積が広い。細菌が桿菌の形をとった場合には表面積が広いので栄養を摂取する点では好都合である。環境が比較的穏やかで、細菌が細胞を効率的に増やしていきたい場合には、桿菌の形の方が優れている。したがって、水環境のような比較的穏やかな環境の場合は、細菌にとって桿菌の形のほうがより適している。一方で栄養摂取の効率として球形は効率が悪い。分裂速度は桿菌よりも一般的には落ちる。食品の微生物実験を行っている際、寒天プレート上でバチルスやシュードモナスのような桿菌の増殖は速いが、ミクロコッカスやスタフィロコッカスなどの球菌の増殖は一般的に遅いこと観察する。


 一方細菌が色々な物理ストレスから守らなくてはいいけない陸上のような環境では、球状が有利だ。代表的な陸上適応型のグラム陽性菌の黄色ブドウ球菌やミクロコッカスなどはすべて球菌である。上記のグラム陰性菌のチャートで食品微生物学における主要なグラム陰性菌には桿菌しか存在しないことを示した。一方、グラム陽性菌は球菌と桿菌のどちらも存在する。究極的に陸上型に進化した細菌であり、耐熱性芽胞をもつ、バチルス属やクロストリジウム属についてみてみよう。これらの細菌の活発に分裂する段階の細胞、すなわち栄養細胞は桿菌の形である。しかしこれらの細菌の耐熱性芽胞はすべて球状になる。

 これらの事実から球菌と桿菌の形の意味のヒントが見えてきます。大雑把に言ってしまうと、陸上のような厳しい環境の場合、細菌は球菌の形になりやすい。一方、物理的ストレスの弱く、細胞が栄養分裂を優先したい環境では細菌は桿菌になりやすい。グラム陰性菌は基本的に水環境に住む細菌と理解すると、彼らの多くは桿菌であると理解できる。

球菌と桿菌の利点欠点のまとめ

 以上、微生物の球菌と桿菌の形態に関するメリットやデメリットについて、やや大まかな話をした。このような整理にはややおおざっぱであるとの反論もあるかもりれない。しかしここで重要なことはあなたが微生物学についての大きな理解を持つということである。単にひとつひとつの細菌が球菌や桿菌であるかについて機械的に覚えるよりは、その性質ともイメージを結び付けて整理するほうが効率的である。そこで、このような記事をあえて書いた。

グラム陰性菌とグラム陽性菌と細胞形状