低水分活性食品中では加熱殺菌時における微生物の熱耐性が上昇する。したがって、これらの食品の加熱には注意が必要である。水分活性を下げると、どのぐらい微生物のの耐熱性は上昇するのだろうか?本記事は、食品の水分活性が微生物の耐熱性及ぼす影響についてまとめる。

まず本記事を読み始める前に水分活性とはそもそも何かを知りたい方は下記の記事をご覧ください。
水分活性と微生物の増殖

微生物と耐熱性と水分活性の関係

  低い水分活性下では微生物の栄養細胞の耐熱性が上昇する。このことについては、これまでにたくさんの研究レポートが発表されている。特に低水分活性での生残が問題となるサルモネラ菌に関するレポートが多い。

 下の図は、サルモネラ菌(Salmonella Enteritidis PT 30)の耐熱性と水分活性の関係をみたグラフである。二酸化ケイ素顆粒を担体として、特注の試験セル内で相対湿度を18~72%に制御しながら80℃で加熱している。下図から次のことが分かる。

  • サルモネラ菌は,水分活性を低下させることにより、80℃でのD値が増加する

※微生物の加熱とD値との関係の基礎を確認したい方は下記記事をご覧ください。
食品の加熱殺菌(パスツール殺菌)

水分活性をシリカゲルで調整した場合のサルモレラの加熱生残直線

上の図は、下記の論文の図表から一部のデータを抜き出し、改めて作図したものである。
Exponentially Increased Thermal Resistance of Salmonella spp. and Enterococcus faecium at Reduced Water Activity
Appl Environ Microbiol. 84(8):e02742-17(2018)

さまざまな食品で低水分活性での微生物の耐熱性上昇が示されている

  それでは実際の食品中におけるサルモネラ菌の耐熱性は、水分活性を変えることによって、どのように変化するだろうか?本記事では、ピーナッツバター、シナモン粉、アーモンド粉の例を紹介する。

ピーナッツバター

 ピーナッツバターは水分活性が0.35以下なので、細菌が増殖することはない。従って細菌による食中毒を想定しにくい食品である。しかし、アメリカ合衆国において2006年から2012年にかけて3回も大きなサルモネラ菌食中毒事件がおきた。当時のアメリカの大統領オバマ大統領はが、 NBC のテレビ番組に出演して、FDA を批判するようなコメントをしたほどである。

 米国におけるピーナッツバターによるの食中毒の詳細については別記事でまとめているので、ご覧ください。
ピーナッツバターとサルモネラ菌食中毒

 下の図は水分活性0.2と0.4に調整したピーナッツバター(脂質49%、炭水化物24%)中におけるサルモネラ菌(S. Typhimurium)の減少を90°C加熱で見たものである。水分活性0.2では水分活性0.4よりもサルモネラ菌の耐熱性が上昇していることがわかる。

異なる水分活性のピーナッツバターでのサルモネラ菌の加熱生残

上の図は、下記の論文のデータを一部を抜出してプロットしたものである。

Increased Water Activity Reduces the Thermal Resistance of Salmonella enterica in Peanut Butter
Appl Environ Microbiol,79(15):4763-7( 2013 )

香辛料(シナモン)

 シナモンなどの香辛料では、しばしばサルモネラ菌汚染が報告されている。2009年から2010年にかけて、米国の44州から272人が、汚染された黒コショウや赤コショウに関連したサラミの摂取により、サルモネラ菌に食中毒になった事例がある。

 ※この事件の詳細については別記事でまとめているので、ご覧ください。
お客様のポイントカードのデジタル情報を利用した食中毒の発生原因の疫学調査

 下の図は、異なる水分活性値に調整したシナモン粉を75°Cで加熱したときのサルモネラ菌の生残を見ている。シナモン粉中のS. Enteritidis PT 30のlog10 D値は,水分活性値の上昇とともに直線的に減少していることがわかる。

異なる水分活性で調整したシナモン粉の75°で加熱したときのサルモネラ菌の生残直線

上の図は、下記の論文の図表から一部のデータを抜き出し、改めて作図したものである
Thermal inactivation of Salmonella Enteritidis PT30 in ground cinnamon as influenced by water activity and temperature
Food control v.124 pp. 107935(2021)

アーモンド

 下の図は、二つの異なる水分活性で調整したアーモンドカーネル粉に接種したサルモネラ菌(Salmonellae Enteritidis 水分活性0.720に調節すると水分活性0.888の場合に比べて著しく耐熱性が上昇していることがわかる。

異なる水分活性で調整したアーモンド粉におけるサルモネラ菌の68°での生残直線

上の図は、下記の論文の図表から一部のデータを抜き出し、改めて作図したものである
Thermal Inactivation of Salmonella Enteritidis PT 30 in Almond Kernels as Influenced by Water Activity
Journal of Food Protection 76(1):26-32(2013)

 この研究は実施された背景に、生アーモンドの摂食により、これまで複数回、米国やヨーロッパでサルモネラ菌による食中毒が起きていることがある(文献)。ローストしたアーモンドでの食中毒はこれまで起きていないが、生アーモンドの流通においては、事前の緩やかな殺菌条件が課題となっている。上に示した論文の結果は、事前にアーモンドの水分含量を増加させるだけで、低温での短い処理時間を使用して、サルモネラ菌効率的に殺菌できる可能性があることを示唆している。

水分量を増やしてから加熱殺菌する戦略

 このように、乾燥した食品に事前に若干の水分を加えて加熱する方法は、他の乾燥食品の殺菌にもに応用できる可能性がある。

微生物の耐熱性は、食品成分の違いではなく、加熱到達時の水分活性のみによって決定されている可能性がある

 これまで報告された異なる研究者達から報告されたデータを見ると、同じ水分活性の値であっても、食品が異なると、サルモネラ菌の耐熱性(D値)が異なることが示されている。このことから、食品における成分が低水分活性化でのサルモネラ菌の耐性に影響しているのではないかと考えられてきた。しかし、最近の研究では、このような食品ごとにおける微生物の耐熱性の違いは、加熱時に刻々と変化する水分活性値によって決定されているという知見が提出されている。

 3種類の低水分活性食品、小麦粉、アーモンド粉、乳清タンパク質における水分活性値の低下がサルモネラ菌の耐熱性に及ぼす影響を詳しく解析をした論文を紹介する。

High temperature water activity as a key factor influencing survival of Salmonella Enteritidis PT30 in thermal processing
Food Control, 98, 520-528(2019)

 実験方法の概要は以下の通り

  • 3種類の食品におけるサルモネラ菌の熱耐性を検証した。小麦粉、アーモンド粉、乳清タンパク質であり、それぞれ炭水化物、脂肪、タンパク質に富む食品系を代表するものとして選択した。
小麦粉、アーモンド粉、乳清タンパク質で異なる水分活性を調整するイメージ
  • それぞれの食品粉末について室温(〜20℃)で0.25、0.45、0.60、0.80に水分活性を調整した。水分活性の調整には異なる濃度のLiCl溶液を使用した。
  • 接種実験には、熱に対する耐性が比較的高く、生アーモンド汚染の国際的なアウトブレイクと関連しているサルモネラ菌株(S. Enteritidis PT30)を用いた。
  • アルミニウム製のセルで80℃加熱し、3つの粉末中のサルモネラ菌のD値(標的菌の90%を活性化するのに必要な時間)を測定した。

結果は概要は次のとおり

  • サルモネラ菌はすべての粉体で高水分活性下で急速に不活性化された。
  • サルモネラ菌の不活性化曲線は、食品の種類によらず、同じ水分活性値でほぼグループ化されていた。
  • サルモネラ菌の80℃でのD値は,食品マトリックスや検査方法にかかわらず、処理温度80℃における食品の水分活性の増加とともに指数関数的に減少した。
  • 80℃でのD値は、同じ水分活性の異なる粉末の間でほぼ同じであった。例えば、80 ℃の aw が 0.50 の場合の アーモンド粉 と 乳清タンパク質の D 値は、それぞれ 24.9分、23.2 分であった。
三種類の粉末食品におけるサルモネラ菌の80°加熱でのd値に及ぼす水分活性の影響

上の図は、下記の論文の図表から一部のデータを抜き出し、改めて作図したものである
High temperature water activity as a key factor influencing survival of Salmonella Enteritidis PT30 in thermal processing
Food Control, 98, 520-528(2019)

 以上の実験結果から、次のように結論が得られた。

  • 食品が異なることによって生じるサルモネラ菌のD値の違いは、食品成分そのものが原因というよりも、食品成分の違いがもたらす加熱時の水分活性の変化が原因である。
  • すなわち、サルモネラの耐熱性には食品のマトリックスの違いは無関係であり、水分活性のみによってその耐熱性が決定される。
微生物の耐熱性は水分活性のみによって決定される

低水分活性下での微生物の耐熱性メカニズム

水分活性が低下すると、なぜ微生物の栄養細胞に耐熱性が付与されるのかについては、さまざまな研究がされている。以下に代表的なメカニズム仮説を記す。

熱の伝導率

水は、熱の伝導率が非常に良い媒体である。別の記事で湿熱滅菌と乾熱滅菌で殺菌効率が大きくに異なることを説明しているので、御覧ください

湿熱滅菌と乾熱滅菌でなぜ、こんなに殺菌効率が違うの?

 低水分食品では、熱の電導度が下がることについて実験的な証明をおこなった論文もある。 Tavmanらは、11種類のチーズ、4種類のヨーグルト、1種類のバターの熱伝導率を調査した。この研究から、次のことが明らかになった。

  • 熱伝導率は水分の増加とともに直線的に増加し、非常に良い相関係数を示す。
水分含量と熱の伝導率の関係
  • 熱の伝導率は食品中のタンパク質含量の増加とともに直線的に減少する
タンパク質含量と熱の伝導率の関係
  • 熱の伝導率は食品中の脂肪分の増加とともに直線的に減少する

脂質含量と熱の伝導率の関係

上記3つの図は、下記の論文の図表から一部のデータを抜き出し、改めて作図したものである
Measurement of thermal conductivity of dairy products
Journal of Food Engineering 41 109-114(1999)

 ただし、上の論文はあくまでも食品中の水分量と熱伝導度の関係をみた論文である。水分量と水分活性は異なる概念である。したがって、低水分活性食品で微生物が耐熱性上昇について、上の論文のデータを直接当てはめて考えることは、 100%正確ではない。しかし、加熱殺菌で問題となるような低水分活性食品の多くは、そもそも水分含量の少ない乾燥食品である。したがって、上の熱の伝導度の違いから微生物の耐熱性の違いを考えることは多くのケースの場合に妥当であると考えてよいだろう(ジャムなどのような高水分で低水分活性食品の場合は別)。

タンパク質の立体構造の硬直化による変性防除

 微生物細胞が加熱されると、水分子が振動し始め、この振動によって周囲のタンパク質のジスルフィド結合や水素結合が弱まって切れ、タンパク質立体構造が変化しタンパク変性を起こす。高水分条件下での細菌細胞の熱不活性化の主な原因は、リボソーム、特に30Sと50Sリボソームサブユニットの不可逆的な不安定化であることが実験的に裏付けられている(Lee and Kaletunc 2002)。タンパク質のの熱変性には、ダイナミックに立体構造が揺らぐ必要があり、そのためには十分な量の水が必要である。

高水分活性下でのたんぱく質が変性しやすいメカニズム。

 一方、低水分活性下では、これらの水和水が減り、タンパク質の構造上の柔軟性が失われる。タンパク質の柔軟性が失われているので、酵素の疎水性部位は構造的に硬く、埋もれてしまい、加熱処理によって疎水性部位が露出しにくい。したがって低水分活性下は酵素の不活性化を引き起こしにくい。Bacillus属などの耐熱芽胞の高い熱抵抗性は耐熱芽胞のタンパク質構造の柔軟性が低いことが原因であると考えられている (Sunde ら、2009)。

低い水分活性で、たんぱく質が変性しにくいメカニズム

 上記の他にも、低水分環境下における微生物の耐熱性向上に関する様々なメカニズムが研究されているが、ここでは代表的な仮説のみを記した。

結論: 乾燥食品の殺菌には注意が必要

 本記事で述べてきたように、微生物は低水分活性化では加熱殺菌時における耐熱性が著しく上昇する。従って、乾燥食品や低水分活性を加熱する際には、液体培地での加熱実験により得られたD値よりも高いD値となるので注意を要する。

乾燥食品の加熱殺菌には注意が必要だということを示すイメージ