今回はピーナッツバターとサルモネラ菌食中毒についての論文を紹介します。ピーナッツバターは水分活性が0.35以下なので、細菌が増殖することはまずありません。従って細菌による食中毒を想定しにくい食品でした。しかし残念ながらアメリカ合衆国において2006年から2012年にかけて3回も大きなサルモネラ菌食中毒事件がおきてしまいました。当時のアメリカの大統領オバマ大統領は, NBC のテレビ番組に出演して、次のようにFDA を批判するようなコメントをしたほどです。

 「少なくともピーナッツバターを子供たちが食べる時に安心して食べられるような保証を政府はすべきである。 FDA はこの点について十分な仕事をしているとは思えない。私の娘7歳のサーシャは、昼食に少なくとも週3回はピーナッツバターを食べている。私は自分の娘が昼ご飯を食べて病気になるかどうかについて心配はしたくない」

※サルモネラの基礎を知りたい方は、下記記事をご覧ください。

食中毒菌10種類の覚え方 ②サルモネラ菌

 

 まず、一連のピーナッツバターの食中毒事件を簡単にまとめてみます。

ConAgra Peter Pan&Great Valueピーナッツバターサルモネラ菌のアウトブレイク(2006-2007) -

2006年8月から2007年5月までの41州で、サルモネラ菌感染症例が715例確認されました。ConAgraのジョージアのピーナッツバター工場で製造されたピーターパンとグレートバリューブランドピーナッツバターが原因であると推測されました。

ピーナッツ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Peanut Corporation of America)ピーナッツバター・サルモネラ菌の流行 - 全国規模(2008-2009)

 2008年と2009年にピーナッツ・コーポレーション・オブ・アメリカ(PCA)が生産したピーナッツ・ピーナッツ・バター製品を消費した後、少なくとも46州の714人がサルモネラ菌中毒にかかっていることがが確認されました。その後、サルモネラ菌のアウトブレイク株は、この会社のGA処理施設で検出されました。これらのピーナッツバターは全てリコールされ、この会社は2009年2月に7月に破産を宣言しました。

サンランドとトレーダージョーのピーナッツバターサルモネラ菌発症 - マルチステート(2012) -

 オバマ大統領の大号令にもかかわらず、再び、2012年の9月、10月および11月に、少なくとも20の州において、サルモネラ菌血清型Bredeneyのアウトブレイクが、ニューメキシコ州のサンランド社の製造したピーナッツバターによりおきてしまいました。このアウトブレークによって42人の患者が出ました。サンランド社は、サルモネラ菌の発生の発表直後に、ピーナッツバターとナッツバター製品のリコールを発動し、最終的に破産を宣言しました。

カバラロ博士らを中心とするサルモネラ菌食中毒調査チームは、2008年から2009年にかけて起きたアウトブレイクの詳細な実態報告とその原因解析の考察を行いました。

 まずは原料汚染の問題です。サルモネラ菌菌汚染は、ピーナッツバター生産の多くの段階で発生する可能性があります。肥料の添加や灌漑によって土壌に導入されたサルモネラ菌菌は、数カ月から数年生存し、地下に生育するピーナッツを汚染する可能性があります。落花生の収穫、輸送、または輸送機器からの土壌や水への曝露による貯蔵中に、さらなる汚染が発生する可能性もあります。

 しかし仮に原料のピーナッツにサルモネラ菌汚染があったととしても、ピーナッツバターの生産工程で、ピーナッツは通常サルモネラ菌を殺すのに必要な温度である約180°Cでローストされます。したがって少なくても この工程では サルモネラ菌は完全に死滅していると考えられます。

 次に、ローストピーナッツがピーナッツバターへと挽かれる際、粉砕時に71から77°Cの熱が発生し、この温度で約20分間処理されることになります。しかし、この粉砕時の今度条件では、サルモネラ菌を殺すのに十分ではありません。したがって、最初のピーナッツ焙煎後にサルモネラ菌汚染が起きれば、サルモネラ菌は生き残ることができます。

 次に流通過程でのリスク増大があったかについてです。サルモネラ菌は、ピーナッツバターなどの水分の少ない食品で少なくとも24週間は生き残ることができます。したがって、サルモネラ菌汚染がピーナッツバターの製造後に発生した場合、サルモネラ菌菌はピーナッツバター中で18〜24ヶ月の有効期間にわたって存続する可能性があります。しかし、ピーナッツバターのような低い水分活性の食品でサルモネラ菌が増殖する可能性はありません。

 すなわちピーナッツバターによるサルモネラ菌食中毒は、ピーナッツバターの流通過程によってそのリスクが増大した可能性はゼロです。言い換えると、ピーナッツバターの後半の汚染は全てピーナッツバターを製造した工場内で発生したということです。

 以上の考察から、ピーナッツをローストした後の工程において、工場内に棲みついていたサルモネラ菌が製品に長期的に広範囲にわたって汚染したと考えられました。

※サルモネラの食品工場での生残についてさらに知りたい方は、下記記事をご覧ください。

・サルモネラ菌の食品製造工場の乾燥ステンレス上での生存期間は?

・乾燥したサルモネラ菌のバイオフィルム細胞は耐熱性、紫外線や各種薬剤・殺菌剤抵抗性を示すが、有機酸には弱い

 この食中毒事件は低水分活性の食品、すなわち流通過程でサルモネラ菌が全く増殖が想定できないような食品であっても、工場内で一旦サルモネラ菌汚染が起きてしまうとそれらがそのまま大規模な食中毒につながるリスクがあることを示しています。

論文→Salmonella Typhimurium Infections Associated with Peanut Products.

N Engl J Med;365:601-10(2011)

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21848461

これまでに62回引用されています。

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。

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