ノロウイルスも含めて、一般に、食中毒の微生物は唾液感染はしないと考えていられています。食中毒微生物の感染経路は、一般に、感染者の糞便由来です。ところが、 2022年6月29日に発表されたネイチャー誌はこの常識を覆しました。米国国立衛生研究所のゴッシュ博士らは、ノロウィルスは唾液から感染することをマウスモデルで証明しました。
Enteric viruses replicate in salivary glands and infect through saliva
Nature. 2022 Jun 29;1-6. doi: 10.1038/s41586-022-04895-8. Online ahead of print.
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ノロウイルス、ロタウイルス、アストロウイルスなどの腸管ウイルスは、長い間、糞口感染(糞便を通じて感染によって拡散)すると考えられてきました。
今回発表された上記論文で、ゴッシュ博士らは、腸管ウイルスが唾液腺に生産的かつ持続的に感染し、腸管と同程度の力価に達すること明らかにしました。また、腸管ウイルスが唾液中に放出されることも明らかにし、第2のウイルス感染経路を特定しました。
マウス実験で唾液感染を立証
論文では、複雑多岐にわたる実験を行っていますが、ポイントとなる実験方法の概要は次のとおりです。
- 実験は、ヒトノロウィルスの代替ウイルスのマウスノロウイルス(murine norovirus 1 (MNV-1))とマウスモデルで実施しました。
- マウスに、マウスノロウイルス(1実験あたり5匹、独立した3つの実験)を接種しました。
- 唾液腺を切除したマウスと対照群マウスの比較を行いました。
- マウスから定期的に唾液を回収しました。
- マウスから採取した唾液の感染性を調べるために、10日齢の仔マウスに100μlの唾液を経口接種し、その後、定期的に小腸を採取しました。これらの組織からRNAを単離し、ウイルス量を定量PCRを用いて定量しました。また、定量PCRは、ウィルス非接種マウスとウイルス接種マウスの各組織(唾液、乳腺、腸)に対しても行いました。
博士らは、唾液が従来の経口経路で他者に感染させることができることが出来るかを実証するために様々な実験を行っています。ここでは、一番ポイントとなる結果の概要のみを記します。
- マウスノロウイルス感染した成体マウスから得た唾液を仔マウスに経口接種し、腸内ウイルスゲノムレベルを測定しところ、糞便中のマウスノロウィルスを経口接種した仔マウスと同様に、マウスノロウィルスの腸における活発な複製が認められました。
- また、腸管で感染増殖したノロウイルスが、唾液中で放出されてることも明らかになりました。
このことにより、唾液が従来の経口経路で他者に感染させることができることが立証されました。
会話、咳、くしゃみ、キスでもノロウイルスがうつる可能性あり
毎年、ノロウイルス、ロタウイルス、アストロウイルスを合わせて、先進国および発展途上国で約10億人が感染し、大きな罹患率と死亡率に繋がっています。それらの感染経路が糞便-経口経路だけであると想定するには説明がつかない場合もあります。博士らは、唾液腺が腸と同様にこれらのウイルスの重要な複製場所であることを明らかにしました。
さらに、唾液腺はノロウイルスの貯蔵庫として機能し、下痢がない場合でも唾液によって腸管ウイルスの感染が継続する可能性があるとこの論文では指摘しています。今回の結果は、会話、咳、くしゃみ、キスも重要な腸管ウイルスの感染経路である可能性に注目させるものでした。
したがって、腸管ウイルスの感染を防ぐためには、糞便による感染防止に加えて、衛生対策が必要であると博士らは結論しています。
手洗いだけではなく、マスクの着用も重要になってくる
今回の実験は、マウスモデルでの実験です。ヒトノロウイルスを使ったヒトボランティア実験で行ったものではありません。しかし、今回詳細にマウスモデルで証明された現象は、おそらく人間とのヒトノロウイルスとの関係でも、再現されると想定してよさそうです。
これまで、食品提供者がマスクをすることの意味は、鼻腔に存在している黄色ブドウ球菌の二次感染を防ぐ意味が大きいと、私のブログでも説明してきました(下記記事の【食品提供従事者が注意すべき点】参照)
現時点では唾液から食品に移行したノロウィルスが定量的にどの程度の感染力を持っているかということに関してはデータがありませんが、今後、食品提供従事者は、唾液からノロウィルスが感染する可能にも、注意を払っておく必要がありそうです。