前回の記事で携帯電話の微生物汚染についてご紹介しましたが、ショッピングカートの微生物汚染についてお伝えします。アリゾナ大学のゲルバ博士らによると、日常的な消毒が見落とされがちなショッピングカートは、清掃員が頻繁に清掃する公衆トイレやおむつ交換台の表面よりも多くの細菌が存在しているようです。この研究結果により、私たちの健康に与える影響を考えさせられます。今回の記事では、その詳細と対策方法についてお伝えします。
Gerba and Maxwell
Bacterial Contamination of Shopping Carts and Approaches to Control
Food Protection Trends, Vol. 32, No. 12, Pages 747–749(2012)
ショッピングカートの微生物汚染調査結果
ゲルバ博士らの調査方法の概要は次の通りです。
- 米国の5つの都市圏にある食料品店の駐車場で見つかった85台のショッピングカートを調査しました。調査対象となった都市は、シウーシティ(アイオワ州)、サンフランシスコ(カリフォルニア州)、ロサンゼルス(カリフォルニア州)、ポートランド(オレゴン州)、アトランタ(ジョージア州)で、最も多くのカートがサンプリングされたのはロサンゼルスでした。
- 研究チームは緩衝液を含む特殊なスポンジスティックでショッピングカートのハンドルと座席を拭き取り、そのサンプルをアリゾナ大学に送りテストを行いました。サンプリングされた推定表面積は668平方センチメートルでした。
- 拭き取り液について、従属栄養細菌数、大腸菌群、および大腸菌の検査を行いました。
結果の概要は次の通りです。
- ハンドルとシートに付着していた従属栄養細菌の総数は、1.1×107cfuに達するものもあり、非常に多い計測値となりました。
- サンプリングされたカートの72%(62カート)で大腸菌群が検出されました。
- さらに、大腸菌陽性と判定されたカートのうち、約半数で大腸菌(E.coli)が検出されました。
以上の調査結果は、ショッピングカートの衛生状態を改善する必要性を示しています。この調査結果から、公共のトイレやショッピングモールなど、一般的に接触する公共の場所や物体に比べて、ショッピングカートに存在する細菌の数が圧倒的に多いことをが判明しました。
特に、大腸菌群および大腸菌は、消費者が接触する可能性のある他の一般的な表面よりも、ショッピングカートの取っ手に多く存在することに博士らは注目しています。おむつ交換台、椅子の肘掛け、遊具、ATMのボタン、レストランのテーブルトップ、エスカレーター、レストランの調味料容器の過去の調査報告では、大腸菌群は7%(16/200サンプル)しか検出されませんでした。しかし、博士らの研究ではショッピングカートの72%(61/85サンプル)から検出されたことは、ショッピングカートの衛生状態の悪さを示していると博士らは述べています。
博士らは、買い物かごの汚染は、生の食品を直接扱ったり、前の人の汚染された手、鳥類(カートが駐車場に置かれている間)、糞便で汚染された手や体の一部との接触(おむつをした乳児)に由来する可能性があるとしています。
博士らは、病原体に対する曝露を減らし、ショッピングカートやバスケットの衛生状態を改善するためには、次のような対策を提案しています。
- 食料品店は定期的にカートのクリーニングと消毒を実施
- カートハンドル部分に取り付ける使い捨てのプラスチックバリア
- 消費者に消毒用ウェットティッシュを提供
ブログ筆者の補足とまとめ
アリゾナ大学のゲルバ博士らが推奨している対策❶についてですが、この研究は2012年に実施されました。その後、2020年のCOVID-19ウイルスパンデミックにより、食料品店ではCOVID-19ウイルスの蔓延を抑えるために、ショッピングカートやカゴを使用するたびに日常的に消毒するようになりました。しかし、現在(2023年)ではCOVIDの感染率がはるかに低くなっており、カートの洗浄頻度は2020年当時よりも低くなっていると考えられます。ただし、ショッピングカートの除菌はCOVID-19ウイルスだけでなく、本記事で紹介されたように衛生的な観点からも重要であることを食料品店は忘れてはなりません。
次に、対策❷と❸について補足します。
まず、❷に関して、使い捨てのショッピングカートハンドルについての米国での具体的な実例は、インターネットでの検索結果からも見つかりませんでした。ただし、ビニールシートのようなものを食品店側や消費者自身が準備する方法については、米国でも以下のようなウェブサイトが見つかりました。
シングルマザーが娘にインスピレーションを得て、使い捨てのショッピングカートライナーを発明
しかし、検索結果から得られる実例については、実際の運用面からは実用的ではないという印象を受けました。これらの製品は、新型コロナウイルスが2020年に世界を脅かしていたときに特に注目された商品のように思われます。
食料品店舗側の対策としては、やはりこまめな消毒が重要だと考えられます。
一方、消費者の対策である❸については、過度なアルコール消毒には注意が必要です。過度な殺菌により、手のひらに存在する常在菌まで殺菌してしまうことで、むしろ手のひらが黄色ブドウ球菌や他の感染に対して敏感になる可能性があります。この問題に関連するいくつかの記事を以下にまとめましたので、ご参照ください。
消毒のしすぎ、手荒れに注意ー皮膚の善玉常在菌の表皮ブドウ球菌の役割
周辺環境の生物多様性が皮膚の常在菌とアトピー性皮膚炎に与える影響
結論としては次のように考えます。
❶ 過度のアルコール消毒よりも、手洗いが一番良い対策である
なお、手に限らず、一般的に殺菌より洗浄が有効な対策となることの解説は本ブログの下記記事をご覧ください。
❷手のひらに付着した外来菌(通過菌)だけを、軽く汚れとともに洗い流すように心がける。
手洗いと外来菌、常在菌の除去に関しての本ブログ関連記事は下記をご覧ください。
日常の手洗い方法では汚れ(通過菌)を落とせても、常在菌は落とせないー手洗いの目的、意味と効果
また、過度に神経質になり、薬用石鹸などによる頻繁且つ過度な手洗いは、常在菌をも排除して手荒れ原因ともなり得るので、注意が必要です。