リステリア菌食中毒の感染経路として、生ハムやナチュラルチーズなどが頻度の高いものとして挙げられます。その他にも、野菜や果物、加熱せずに消費者がそのまま食べるready-to-eat食品なども感染経路となります。スモークサーモンも感染経路のひとつです。ノルウェー食品安全局はノルウェーの海洋研究所に委託し、 サケ切り身の加工処理施設におけるリステリア菌の大規模な汚染調査 を実施し、2021年の10月に、その調査結果を公表しました。

※リステリア菌の基礎事項を確認されたい方は下記の記事をご覧ください
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌

スモークサーモンでのEUでのリステリア広域食中毒

なぜこのような調査が行われたかという背景をまず説明します。

EU 諸国では、度々スモークサーモンによるリステリア食中毒が発生しています。代表的なものを次に挙げます。

事例1:5か国にまたがるスモークサーモンによるリステリア広域食中毒

 Listeria monocytogenes sequence type (ST) 1247, clonal complex (CC) 8を原因とする22件のリステリア症の長期にわたる複数国でのアウトブレイクが、全ゲノム配列解析(WGS)によりEU5カ国で確認されています。デンマーク(9例)、エストニア(6例)、フィンランド(2例)、フランス(1例)、スウェーデン(4例)です。5名の患者が死亡しています。最初の症例はエストニアで2014年7月、最新の症例はデンマークで2019年2月に発生しました。
 食品摂取履歴が得られた12人のうち8人の患者は、スモークサーモンやスモークマスなどの冷蔵燻製魚製品を食べていました。ドイツの研究機関による次世代シークエンサーによる全ゲノム解析によって、ヒトの臨床株とエストニアの水産加工会社弊社の製品の分離株が一致しました。アウトブレイクの臨床カブト遺伝子型の同じリステリア菌がこの工場から数年間にわたって検出されていることから、リステリア菌はこのエストニアの加工会社の工場に住み着いていると推測されました。なお、このエストニアの加工会社の原料魚(サケやマス)はノルウェーとフィンランドのサプライヤーから入手したものでした。

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EUでのスモークサーモンのリステリア広域食中毒

事例2:2018年と2019年に起きた広域食中毒

 またノルウェーの上記の報告書の中で、これらの調査を実施した背景には次の事件も関わってるとしています。すなわち、2018年と2019年にヨーロッパで深刻なリステリア症が発生し、34人が罹患し、9人が死亡しました。それらはポーランドとエストニアの加工現場からの魚(スモーク魚、マリネ等)と関連しており、ノルウェーの原材料も汚染されている可能性があるとしています。

ノルウェー食品安全局の調査結果

 60の食肉処理施設(49の食肉処理工場と11の食肉処理船)から集められた合計358のサンプルが検査されました。サンプルは,生産環境(n=108),施設に入る魚の表面(n=47),検査を受けた施設の終点での魚(n=59)および原材料(n=144)の表面から採取されました。サーモンを解体する際に用いるトレー容器からのサンプルはいずれもリステリア菌に対して陽性ではありませんでしたが,9つの異なる加工工場で22の リステリア菌(L. monocytogenes)の 陽性サンプルが検出されました。このうち5つの加工工場では、複数のサンプルで リステリア菌(L. monocytogenes)の 陽性サンプルが検出されました。 この調査結果によって、次のことが明らかとなりました。

  • リステリア菌(L.monocytogenes)は魚と自然環境の両方に存在する可能性ある。

 すべての原料サンプルには、適性限界値(<10 CFU/g)以下の低濃度のL. monocytogenesが検出されました。また、L. monocytogenesの汚染率は、加工工場に持ち込まれた段階の方が、加工工場の末端よりもわずかに高かった。つまり、エラと皮の汚染は、魚が加工工場に持ち込まれる前、すなわち、自然環境において汚染していた可能性が考えられる。

サーモンのエラと皮に汚染するリステリア
  • 加工したサケの製品にもリステリア菌の汚染が残ったり拡大する可能性がある。

 6つの加工工場では、生産ラインの末端で陽性サンプルが検出されました。生産ラインの末端では、魚の皮とエラを綿棒で拭いた際、検査した原材料と比較して高いリステリア菌の汚染が検出されました。したがって加工工場においての処理や管理方法によっては、リステリア菌の汚染が広がる可能性がある。

米国でもオレゴン州でのスモークサーモンのリコール (2021年11月11日)

 2021年11月11日に米国 FDA の発表によると オレゴン州ユージーンのOregon Lox Companyは、さまざまなブランドのスモークサーモン(Wild Cold Smoked Keta Salmon Lox)がリステリア菌に汚染されている可能性が示されたため、リコールを行っています。 リコール対象となったコールドスモークサーモン製品は、販売代理店を通じてアラスカ、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンで配布されました。製品は一般運送業者で冷凍出荷されました。これらのスモークケタサーモンは、プラスチックの真空密封パッケージにパッケージされ、さまざまなブランド、サイズ、および重量で販売されています。
 これらのリコール製品によってのリステリア症の発症は現時点では起きていません。

なぜ、サーモンでリステリア?

 リステリア菌は、感染型食中毒菌であるにも関わらず例外的にグラム陰性菌ではありません。グラム陽性菌です。グラム陽性菌は陰性菌に比べると、地球上の色々な環境に対して抵抗性があります。 その結果として広範な環境に生存し分布することが可能です。この点で大腸菌 O 157やサルモネラ菌やカンピロバクターなどの他のグラム陰性菌の感染型食中毒菌と根本的に異なります。

※グラム陰性菌と陽性菌の環境への抵抗性に関する基礎事項を確認されたい方は下記記事をご覧ください
グラム陽性菌とグラム陰性菌の違いードライとウェットでの生き残りやすさ

 このような理由から、リステリア菌は、土壌、水圏、植物などを幅広い地球環境に生存、分布しています。沿岸海域では陸上から流れ込む河川などの影響によりリステリア菌の低濃度の汚染が想定できます。実際のところ、今回の調査結果でも明らかになっているように、鮭を加工する前の原料魚の段階でも、低濃度であるわリステリア菌の汚染が認められています。

※リステリア菌の環境での生残や多様な汚染を起こす理由に関する基礎事項を確認されたい方は下記をご覧ください
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌

自然環境で始まるサーモンへのリステリア汚染

 おそらくサケ以外の他の種類でもリステリア菌の汚染は想定できるでしょう。この点については十分な研究結果があるわけではありません。しかしスモークサーモンの場合は、冷蔵庫で長期間に保存されるという特性があります。この低温で長期間保存されるとという理由によって、 スモークサーモンがリステリア食中毒の原因になりやすいと考えられます。

 このように、サーモン原料に低レベルのリステリア菌が汚染の可能性を排除できないことは、今回お示ししたノルウェー海洋研究所の上記の報告書でも改めて示されています。特にスモークサーモンなどの場合には冷蔵保存で長期間保存される場合が多いので、この間でのリステリア菌の増殖の抑制管理が重要になってきます。

 これに関して、2021年1月にノルウェー食品水産養殖研究所のエアー博士らの研究によって、スモークサーモン中でのリステリア菌の増殖を抑制する手段としてナイシンと乳酸菌による発酵物の使用が有効であることが発表されています。

Improved control of Listeria monocytogenes during storage of raw salmon by treatment with the fermentate Verdad N6 and nisin
Int J Food Microbiol,2;336(2021)

ナイシンは乳酸菌の作る天然抗菌物質(日本では保存料として食品添加物の認可)です。

※ナイシンについての本ブログ内の詳しい説明記事は下記をご覧ください。
保存料「ナイシン」について

ノルウェー産サーモン寿司や刺身は大丈夫か?

 ところで、寿司ネタにサーモンを用いた場合のリスクはどうでしょうか?

寿司ネタ用のサーモンの場合は、スモークサーモンのような燻製処理をされたサーモンよりもリステリアの増殖は起きやすいと考えられます。サーモンを用いた寿司にリスクはあるのか?

サーモン寿司や刺身

 このことについてノルウェー獣医学研究所のスカーダル博士らが詳細が定量的な解析を行った研究があります。

Development of performance objectives for Listeria monocytogenes contaminated salmon (Salmo salar) intended used as sushi and sashimi based on analyses of naturally contaminated samples
International Journal of Food Microbiology 184, 8–13 (2014)

 スカーダル博士ら は、リステリア菌が低レベルで存在する企業のサーモンを調査し、寿司や刺身などの調理済み製品用にサーモンの切り身工場から出荷される生鮮サーモンの出荷時における汚染許容値を定量的に算出しようとしました。

  欧州食品法によると、賞味期限最終日における L. monocytogenes の最大レベルは 100 cfu/g となっています。この基準の科学的根拠は、世界中の現在の症例データに基づいています。低濃度のリステリア菌の汚染食品がリステリア症の発症に結びつく可能性は極めて低いと考えられるからです(FAO / WHO、2004)。例えば、<100 CFU / gの低濃度のリステリア菌を含む食品は、リスクをほとんど引き起こさないと考えられています( FAO / WHO、2004 )。

 スカーダル博士ら は、寿司ネタ刺身用のサーモンにどの程度のリステリア菌の汚染があった場合にリスクになり得るのかということを詳細に検討しました。寿司ネタや刺身のサーモンを消費者が食べる際に、 EU基準以下に確実に制御するためには、 サーモンの切り身工場から出荷される段階でのサーモンのリステリア菌の汚染率はどの程度であるべきか?このことを算出しようとしました。

スカーダル博士たちの研究を要約すると次の通りになります。

  • 鮭の切り身工場から寿司ネタや刺身として消費者が食べるまでの、想定できる温度や時間などの諸条件を考慮すると、サーモン切り身工場からの出荷されるサーモンでのリステリア菌の初期汚染菌数は0.5~10cfu/gの範囲に設定すれば良い。

 推奨される時間-温度条件が守られていれば、賞味期限の最終日におけるL. monocytogenesの100cfu/gという規制値を超えないことを保証することが可能であることが示されました。例えば、サーモンを寿司に加工するために、切り身加工後に4℃で保存して1週間以内に寿司として提供される場合、サーモン加工工場でのリステリア菌の汚染レベルはは2cfu/gよりも高いレベルを含むサンプルがあってはならない、などの自主基準の設定などが考えられると提言しています。

 サーモンに限らず、リステリア菌に関しては食品として流通しているあらゆる種類の Ready to eat 食品において、低濃度のリステリア菌の汚染が避けられない場合も多く想定されます。

 したがってリステリア菌のリスクの防除の要点は、次のことがポイントとなります。

  • 製品の流通過程でのリステリアの増殖を抑えること

このことについての詳細は別記事で説明していますのでご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌

 スカーダル博士らの研究でのリステリア菌の定量的リスク管理のアプローチ方法は、リステリア菌の汚染がどうしてもやむを混入してしまうような Ready to eat 食品でのリステリア菌のリスク管理の考え方として、サーモン以外の食品でも適用できると思います。

 もちろん、 スカーダル博士ら の出荷基準の提言は、あくまでも、ノルウェーの出荷工場から寿司ネタの使用までのさまざまな条件を検討した結果のものです。日本を含めてその他の国での事情はもちろん異なるでしょう。 それぞれの製品に応じて、流通条件や消費者の口の中に入るまでの温度条件などを考慮に入れて、このような社内基準を設定することが望ましいでしょう。

※なお、上記スカトロ博士の研究は、あくまでのEUでのリステリア菌の基準値を想定したの研究です。米国では25 g の1cfuのリステリア菌の検出も許容しない、いわゆるゼロトレランスポリシーをとっています。従って、米国では、EUや日本よりさらに厳しい汚染管理を行わなければ、リコールの対象になります。

 ※EU と米国でのリステリア菌の規制値の違いについては下記の記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌

※この記事は本ブログ用に書き下ろしたオリジナル原稿です。