米国では、すべての調理済み食品に対してリステリア菌の「ゼロ・トレランス」方式が採用されていますが、米国やカナダ、ICMSFなどの専門家たちからはこの方式について疑問の声が上がっています。特に、多くの食品がリコールされる結果となっているため、2021年にはこれらの識者たちから共同提言が出されました。本記事では、彼らが指摘する問題点や提言内容について詳しく解説します。

Jeffrey M.Farber et al.
Alternative approaches to the risk management of Listeria monocytogenes in low risk foods
Food ControlVolume 123, May 2021, 107601

 この論文を共同執筆したのは下記の面々です(多人数の共同執筆ですが、ここでは、第1著者から第3著者までのみ記載)。

  • 筆頭著者:Jeffrey M.Farber(元カナダ食品安全研究所所長)
  • 第2著者:MarcelZwietering(国際微生物規格委委員会(ICMSF)議長)
  • 第3著者:MartinWiedmann(米国コーネル大学教授、リステリア研究と米国の食の微生物学的安全性の第一人者)
工場でリステリア菌が検出されたことにため息をつく従業員。

背景

 現在、米国では、すべての調理済 み食品(Ready-To-Eat、RTE食品)に対して25gあたりで検出されてはならないとする「ゼロ・トレランス」方式を採用しています。しかし、食品業界と米国の政策立案者は、現在、大きな岐路に立たされています。

 世界の多くの国では、低リスク食品と高リスク食品の汚染が確認された場合の規制措置を明確に区別する政策をとっています。リスクの観点から見ると、現在の米国の政策は、リステリア菌(リステリア・モノサイトゲネス、Listeria monocytogenes) に汚染されたすべての RTE 食品を同じように扱っています

米国のリステリアゼロトレランスポリシーを示す係官。

ゼロ・トレランスの弊害

 ゼロ・トレランス方式の弊害は、次の点に集約されます。

  • 毎年、膨大な量の調理済み食品がリコールされる
  • 業界が結果を恐れるあまり、結果として、サンプル採取頻度を低下させ、リスクが見過ごさされ可能性がある。
ディステリアが検出されることを恐れる食品企業の検査人

なぜ、米国がゼロ・トレランス方式を継続しているのか?

ゼロ・トレランス方式には、上記のような弊害があり、産業界から強い不満があるにもかかわらず、なぜ米国ではこの方式を現在でも継続しているのでしょうか?

 実は、過去に、FDAは、「ゼロ・トレランス」方式を廃止しようとしたこともありました。隣国カナダでは、2007年にリステリア菌の増殖がおきない調理済み食品についてはリステリア菌の汚染を100cfu/gまで許容するコーデックス委員会の制限値を採択しました。米国でも、2004 年半ばには、米国の食品業界団体 15 団体から、リステリア菌 が増殖しない食品中の規制値を 100 cfu/g とするよう規制へ変更を求める嘆願書が FDA に提出されました。当時の産業界の見解は、当時発表されていたリスク評価や、100cfu/gの規制値を設定したEUの動向にも強く影響されていました。また、この見解は、米国の食品技術者協会と米国微生物学会も支持していました。

リステリアのゼロトレランスポリシーに抗議をする米国の食品産業界の人々

 これを受けてFDAは2008年初めに「RTE(Ready to eat)食品」という言葉を定義し、リステリア菌の増殖がおきる調理済み食品と、増殖がおきない調理済み食品に関する規制方針を分離した「ドラフトガイダンス」のCPG(コンプライアンスポリシーガイド)を発表しました。この草稿では、増殖がおきない調理済み食品については、100 cfu/g までの汚染を許容するものでした。このガイダンス草案は、9年間草案として残されました。

 ところが、2008年の CPG ガイダンス草案の発表後、下記に示すように、いくつかの出来事があり、L. monocytogenes の規制方法について、FDA の考え方が徐々に変化しはじめました。

  • 2008年以降、アイスクリーム、桃、セロリ、キャラメルリンゴ、未調理の冷凍野菜などの食品に関連したより最近のリステリア症アウトブレイクから、低数のリステリア菌が、非常に感受性が高い人々に病気を引き起こす可能性があることが示唆された。
  • リステリア菌の用量反応モデリングに関する新しい情報、菌株間の毒性に1万倍もの差がある可能性があることや、規制値設定の検討の基礎となったこれまでのリスク評価の妥当性に疑義が生じ始めた。

 低濃度のリステリア菌に汚染されたアイスクリームによるリステリア食中毒事例については、下記の記事に詳しく解説していますので御覧ください。

低濃度でリステリア菌に汚染されたアイスクリームは感染を起こすか?

病院提供のサンドイッチで低濃度汚染でもリステリア症

 上記の要因により、FDAは、次のように考えを変更しました。

  • リステリア菌が増殖しない調理済み食品には100cfu/gの基準を適用する理論的根拠に疑念を抱くようになった。
  • 2008年のCPGドラフトで提案された基準(100cfu/g)は、基礎疾患のある人や免疫弱者などのハイリスク集団に対しては適切なレベルの保護を十分に提供できないと考えるようになった。

 その結果、2017年1月、FDAは改訂ガイダンス案からリステリア菌が増殖できない調理済み食品に対する100cfu/gの基準案を削除しました。

 上記のような経過で、リステリア菌に関するFDAの政策は、当初の立場、すなわち「ゼロ・トレランス」政策に回帰しました。

リステリア菌のゼロトレランスポリシーを取らざるを得ないことを説明する米国の係官

リステリア・モノサイトゲネスが増殖しない調理済食品についてはゼロ・トレランスを廃止すべき

 しかし今回の提言では、リステリア・モノサイトゲネスが増殖しない調理済食品について、ゼロ・トレランス方式の微生物規格基準を設定することは間違っているとしています。そして、新たなサンプリングプランを米国が採用することを推奨しています。つまり、

  • リステリア・モノサイトゲネスが増殖しない調理済食品については、ゼロ・トレランス方式を廃止する。
  • 検査したサンプルの中に1つのサンプルが基準値(25g当たり非検出)を越えてもよい。
  • ただし、上記汚染サンプルにおけるリステリア菌数が100cfu/gを越える場合は不合格とする。

 上記サンプリングプランは、2020年に ICMSFによって、新たにReady to eat食品におけるリステリア菌の検査について提案されたサンプリングプランです。このサンプリングプランの内容については、別記事でわかりやすく整理しているのでご覧ください。

「定性+定量」混合サンプリングプラン

 この新たなサンプリングプランは、リステリア菌の増殖の有無にかかわらずゼロ・トレランスという米国の現方針を否定するものです。

 すなわち、検査したサンプルの中に1つのサンプルが基準値(25g当たり非検出)を超えていても合格とする考え方を取り入れたわけです。しかし、一方で、この25g当たりで陽性になったサンプル中のリステリア菌の菌数が100cfu/gを超えるなら不合格とすることにより、高濃度汚染サンプルの排除も担保するものです。

 新たに提案されたサンプリングプランの利点は下記の通り整理できるとしています。

  • リステリア菌が低レベルしか含まれていない低リスクの食品について、不必要な費用のかかるリコールがさけられる。
  • 食品廃棄物を減らす。環境にやさしい。
サンプルの検出を許容されることで少し安心する食品企業の検査人

 なお、この提言では、25gあたりにリステリア菌が低濃度(100cfu/g以下)で検出されるサンプルを5サンプル中1サンプル許容してます。

  • では、米国の心配する低濃度のリステリア汚染による基礎疾患者や免疫の弱い人へのリスクに関してはどうなるのでしょうかか?

 この点についてはこの提言では、次のように整理しています。

  • 感受性の高い亜集団における用量反応と感染確率については、現時点で確実な情報が整理できていない
  • 欧州食品安全機関が実施した最近の定量的モデリング(欧州食品安全機関、2018)によると、リステリア症の90%以上は、> 2×103 cfu/gを含む調理済み食品の摂取によって引き起こされている。
  • また、そもそも新しいサンプリング法は5検体で実施するので、このサンプリング法によりリステリア監視が甘くなるわけではない。むしろ米国で現在実施されている2検体、もしくは、3検体によるゼロ・トレランス方式より、厳しい精度で汚染サンプルを排除できる注)

 注)なぜそうなるのかについては、別記事でわかりやすく整理しているのでご覧ください。

「定性+定量」混合サンプリングプラン

日本は2014年にゼロ・トレランスを廃止したが...

 ところで日本はどうなっているのでしょうか?

 日本では、 リステリア菌の成分規格が設けられているのは下記の2つだけです。

1)ナチュラルチーズ

2)非加熱食肉製品(生ハムなど)

 2014年以前は、これら2つの食品について米国方式でゼロトレランスでした。すなわち25g あたりに1cfuのリステリア菌が認められてはならないという方針を定めていました。

 2014年に、成分規格が改められ、上記2食品について、成分規格は EU の方式に切り替わりました。すなわち、1g あたりに100cfuまでを許容することに変更になりました。ナチュラルチーズや生ハムはリステリア増殖が起きない製品とは言い切れませんが、消費者が食べるまでにリステリア菌の増殖を100cfu/g以下に製造業者が抑えることができるなら由とするCocdexのガイドライン第3条項を適用しているというのが厚生労働省の判断です。

日本のリステリアに関する微生物規格基準

 なお、日本では2品目のみにリステリア菌の微生物規格基準を設定していますが、米国もEUも、非加熱で喫食する調理済み食品(Ready to eat,RTE食品)全体に広く規格基準を設定しています。ブログ執筆者は、原因食品不明のリステリア症の発生を防止するためにも、日本も広く調理済み食品全体に規格基準を設定すべきと考えています。

この問題については別記事をご覧ください。

日本おけるにステリア危険性