中国もこれまで日本と同様、リステリア感染症は病院では多数症例が見られるものの、 その原因食品が疫学的解析で明確に特定された事例は存在していませんでした(日本では2001年の北海道のソフトチーズ事例のみは食中毒として原因食品特定)。この度、中国で初めてリステリア症の原因食品が特定されました。2024年10月にJournal of Infection誌に公開された論文を紹介します。
Niu et al.
Pre-packaged cold-chain ready-to-eat food as a source of sporadic listeriosis in Beijing, China
Journal of Infection Volume 89, Issue 4, October 2024, 106254
オープンアクセス
事件の概要
2021年、北京の病院で36歳の女性が激しい悪寒と発熱により入院しました。この女性は、もともと急性リンパ芽球性白血病の治療を受けていましたが、検査の結果、リステリア菌に感染していることが判明しました。
通常、リステリア症の原因となる食品を特定するのは非常に難しく、中国でも日本でも、そのほとんどが特定されないままです。しかし、今回のケースでは医師が患者の食品履歴を詳細に調査した結果、特定の食品店で主に買い物をしていたことがわかりました。
そこで衛生当局がこの店舗のRTE(Ready-To-Eat)食品をすべて回収して調査を行いました。
検査の結果、「蒸し鶏のチリソース」からリステリア菌(Listeria monocytogenes)が検出されました。
患者もこの蒸し鶏をよく食べていたことが確認され、食品と患者の菌株を全ゲノムシークエンシング(WGS)で比較した結果、一致することが明らかになりました。この発見は、中国におけるリステリア症の歴史の中で、初めて原因食品が特定された瞬間でした。
また、工場での調査でも複数の場所からリステリア菌が検出され、患者の菌株と一致。これにより、今回のリステリア症の原因はこの工場で作られた蒸し鶏のチリソースであることが証明されました。
中国で初めて食品が特定されたリステリア症
今回の報告は、中国においてリステリア症の原因食品が初めて特定された初めての事例です。これまでも中国ではリステリア症が報告されていましたが、食品の特定まで至ったケースはありませんでした。多くの場合、統計的な推測によって「中華冷菜」が原因として疑われていたものの、今回のように実際に食品を特定し、患者の菌株と一致した例はありませんでした。
今回の成功の要因は、患者が特定の食品店で集中的に買い物をしていたこと、そして全ゲノム解析を迅速に行ったことです。欧米では全ゲノム解析のデータベースが法的に整備されていますが、中国も最近になってリステリア症に関する法整備(幅広いRTE食品への規格基準の設定)が進んでいます。また、全ゲノム解析プロジェクトを積極的に進めています。研究者たちは、この事例をきっかけに、今後中国でもリステリア症の原因食品特定が加速すると予測しています。
参考記事
北京の病院で明らかになった妊婦のリステリア症の実態: 2013年~2018年の調査結果
中国における妊婦やその他の人々のリステリア菌食中毒と食べ物の関係
中国食品微生物規格の一大転換:リステリア規格、幅広い"Ready to Eat"対応へ
まとめ
今回のケースは、中国でリステリア症の原因食品が初めて特定された重要な事例です。日本でも、リステリア菌による食中毒は過去に報告されており、2001年の北海道でのナチュラルチーズを原因とした集団感染事例が発生しています。しかし、それ以降は原因食品の特定が進んでいません。
これは、日本でリステリア症が発生していないという意味ではなく、原因食品の特定が進んでいないだけです。現在、日本では生チーズや生ハムに限ってリステリア・モノサイトゲネスの基準が設けられいるにすぎず、また、米国やEUのような全ゲノム解析の全国規模のデータベースはまだ導入されていません。
今後、日本でもリステリア症の原因特定を進めるためには、RTE食品の微生物基準を拡充し、全ゲノム解析データベースを全国で導入することが必要です。これによって、リステリア症の解明が大きく進展すると期待されます。
参考記事
次世代シークエンサーを応用した食中毒原因細菌の解析(米国GenomeTrakrプロジェクト)の劇的成果