日本におけるリステリア症では、原因食品が特定された食中毒事例は1例に限られますが、原因食品不明のリステリア症の患者は病院でしばしば発生しています。仙台市も例外ではありません。2006年から2019年までの13年間に仙台市内の病院で報告された18例のリステリア症患者のゲノムを世界のデータベースと比較した結果、食品や重篤な症状の原因となるリステリア菌株と、仙台の臨床株との間には密接な関係があることが判明しました。

仙台市におけるリステリア症発症のイメージ。

Baba et al.
Genomic characteristics of listeria monocytogenes causing invasive listeriosis in Japan
Diagnostic Microbiology and Infectious Disease Volume 99, Issue 3, March 2021, 115233

  東北大学大学院医学系研究科・医学部 感染症内科の馬場博士らは、日本の病院で報告されているリステリア症の原因株の実態の一端を明らかにするために、2006年から2019年にかけて、仙台市内の4つの病院において報告された、合計18症例のリステリア症患者からの分離株について、詳細に全ゲノム解析を行いました。

調査方法の概要は以下の通りです。

  • 2006年から2019年にかけて、仙台市内の4つの高度専門病院(大学病院や高度医療を提供する病院)において報告された、合計18症例のリステリア症患者の血液、脳脊髄液、手術で得られた血管組織標本、脊髄硬膜外膿瘍の穿刺液、羊水等から分離された18株のリステリア(Listeria monocytogenes)株の提供を受け、東北大学で詳細な解析を行いました。
  • 18株の臨床株について、すべて全ゲノムシークエンシング(WGS)を行い、NCBIデータベースから入手可能な259株のリステリア菌の全ゲノムデータと比較解析されました。

調査結果の概要は以下の通りです。

  • リステリア症18例のうち、5例(28%)は感染部位不明な細菌血症、5例(28%)は神経リステリア症髄膜炎及び脳髄膜炎)、5例(28%)は血管リステリア症(腹部大動脈の動脈瘤感染、胸部大動脈の移植部感染)でした。2例(11%)は母体-胎児リステリア症で、1例(6%)は脊椎炎でした。
  • 菌血症および神経リステリア症のそれぞれ5例中4例(80%)は免疫抑制患者(糖尿病およびステロイド使用)、また、血管リステリア症の全例は腹痛および/または背部痛を有する免疫不全患者でした。
リステリア症患者の症例割合、円グラフ。
  • 13例(72%)は高齢者(65歳以上)でした。
リステリア症の中の高齢者の割合の円グラフ。
  • 血管リステリア症の症例はすべて、動脈瘤が急速に拡大したため直ちに手術が必要でしたが、胸部大動脈グラフト感染の症例は手術不能と判断され、最終的に死亡しました。また、髄膜炎患者1名も死亡しました。18例中死亡者は2名でした。
  • 後遺症は、重度の運動および知的障害2例、新生児の重度の運動および知的障害1例でした。
リステリア症の中の死亡者や後遺症の割合、円グラフ。
  • これらの患者すべてにおいて、食事歴を入手することはできませんでした。
リステリア症患者の食事履歴がわからないと悩む医者。
  • 全ゲノム配列による系統解析の結果、cgMLSTスキーム(注)に基づき、遺伝学的に非常に近縁で、対立遺伝子の差異が10未満の同一CTに属する分離株のペアが複数検出され、これらのうちいくつかは、世界各地の食品(豚肉ソーセージ、鶏肉等)から分離された株と近縁であることがわかりました。

注:全ゲノム配列による系統解析のcgMLSTスキームに関して、入門者向けのわかりやすい解説は下記ブログ記事をご覧ください。

病原菌や食中菌の感染ルート把握のための分子疫学解析手法(菌株の識別法)のすべてをわかりやすく解説します

仙台の臨床兜世界のデータベースとの互換性を示すイメージ。

 以上の結果から、博士らは次のように結論しています。

 この研究から、日本の免疫不全の高齢者における血管性リステリア症や母子間のリステリア症をはじめとした多様なリステリア症を引き起こしているリステリア菌株が、外国のリステリア菌と遺伝的に近いことが明らかになった。一部の国ではリステリア症に関する全国的な監視体制が整っているものの、日本を含む多くの国ではそのような体制はない。特に、日本や高齢者人口が多い他国において、リステリア症への全国的な監視体制の導入の必要性が強く望まれる。

以下、ブログ執筆者のコメント

 本記事で紹介した東北大学の馬場博士らの最新の研究によれば、仙台市の一部のデータを基に、日本のリステリア感染症患者や臨床株の状況が一部明らかになりました。以前、私の研究室でも、日本の食品からのリステリア分離株に関する研究を行いました。その結果、これらの食品分離株は、米国で重篤な症状を引き起こした臨床株と、病原遺伝子や細胞毒性に関して同じ特性を持っていることを報告しました(Miya et al.,2010)。

 日本の病院でも、実際にリステリア感染症の患者が確認されています。しかし、リステリアに感染した後、症状が出現するまでの期間は、高齢者や髄膜炎患者では約1週間、妊婦では最大4週間となることが多いため、感染源となる食品を正確に特定するのは難しいのです。これとは対照的に、米国では食品からのリステリア株と、臨床で確認されるリステリア株の全ゲノム配列を、中央データベースで比較・照合しています。そのため、臨床で確認されたリステリア株が、過去にリコールされた食品のリステリア株と遺伝子レベルで一致した場合、アウトブレイクの原因となった食品を遡及的に特定する調査が増加しています。英国、ドイツ、フランスもこのシステムを採用しており、近年のアウトブレイクに関連する食品は、過去数年間で遡及的に特定された大きなアウトブレイクと一致していることが明らかになっています。

このような全ゲノム解析およびデータベースシステムが日本にも導入されれば、臨床症例と食品の間の直接的な関連性が明確になると期待されます。

リステリアの分離株を過去の食品リコール株と比較する研究員。

 全ゲノムデータベースによる遡及的リステリア食中毒の遡及的原因食品の解明事例は下記の記事をご覧ください。

次世代シークエンサーを応用した食中毒原因細菌の解析(米国GenomeTrakrプロジェクト)の劇的成果

リコールされたサラダのリステリア菌株は次世代シークエンサー解析により数年前の原因不明食中毒事件とリンクされた(米国)

ドイツでは最もリステリア菌感染しやすい食べ物はスモークサーモンである