あけましておめでとうございます。さて、早速ですが、昨年暮れに 米国CDCによりサラダによるリステリア食中毒の原因究明に関する興味深い発表が2件立て続けにありました。いずれも、リコール株→次世代シークエンサーでの 全ゲノムシーケンス(WGS)分析 →過去の原因不明リステリア症患者分離株の遺伝子型とデータベース照合で一致→数年前まで遡る未解決食中毒事件の遡及的解決、とういう流れです。食品製造業者は食品への病原菌の混入でリコールが起きた場合、それがリコールだけでは終わらず、過去の食中毒事件の責任が問われる時代に入っていることを示しています。

ドール社製の袋詰めミックスサラダ

10月に定期検査でリステリア菌が検出(リコール)

 まずはじめに、2021年10月、ジョージア州農務省は、食料品店から包装済みサラダミックスの製品サンプルを収集しました。その結果、ドール社が製造販売しているガーデンサラダののサンプルでリステリア菌が検出されました。そこでこれらの製品はリコールとなりました。このリコールの情報については、本ブログの11月8日付の下記の記事でも紹介しています。

米国野菜サラダでのリステリア菌の混入によるリコール(ニュース)

ミックスサラダのパック製品

次世代シークエンサーを用いた全ゲノム解析により原因不明食中毒の臨床株と照合一致

 さて今回のニュース(CDC、2021年12月22日発表)は、これらのリコール事件が、過去の未解決食中毒事件と結びつけられたというものです。以下に少し経緯を説明したいと思います。

 FDAは10月にリコールの対象となったサラダから分離されたリステリア菌(Listeria monocytogenes)の 全ゲノムシーケンス(WGS)分析 を次世代シークエンサーにより調べました。CDCとFDAの共通データベースに、この配列を登録しました。

※次世代シークエンサーを用いた全ゲノムシーケンス(WGS)分析 技術の基本を確認したい方は下記にわかりやすくまとめています
病原菌や食中菌の感染ルート把握のための分子疫学解析手法(菌株の識別法)のすべてをわかりやすく解説します

リコール製品から食中毒被害者の推測

 一方、2019年と2020年に原因不明のリステリア症感染が発生していました。 食中毒患者年齢は50歳から94歳の16人で、年齢の中央値は76歳で、81%が女性です。情報が入手可能な14人のうち、12人が入院しました。ミシガン州とウィスコンシン州で2人の死亡が報告されています。

 CDC はこれらを未解決事件として調査を終了していました。今回のドール社のリコールされたサラダから分離されたリステリア(Listeria monocytogenes)菌株の全ゲノム配列により決定された遺伝子型は、2019年と2020年に起きたリステリア食中毒で原因不明だった臨床株と一致しました。

 そこで2021年11月にこれらの迷宮入りとなった過去の食中毒事件の再調査が開始されました。

未解決食中毒事件の遡及的調査

 州および地方の公衆衛生当局は、当時の患者もしくはその家族にヒアリングを再度をおこないました。その結果、リステリア症になる前の月に食べた食品について、インタビューした8人のうち、7人(88%)がパッケージサラダを食べたと報告しました。特定のブランドを覚えていた3人のうち、2人がドール社のサラダを食べたとを報告しました。

未解決食中毒事件の遡及的解決

 以上の調査の結果、これらの原因不明食中毒の原因が、今回リコールの対象となったドール社のサラダ製品がこれらのリステリア食中毒の原因食品であると断定されましたた。 今回、遡及的に解決した過去の未解決食中毒事件のほとんどが2019年と2020年のものですが、古いものでは2014年8月16日に 起きた食中毒事件も含まれます。患者は全米13州にわたり16人 です。

Fresh Express社のミックスサラダ

12月に定期検査でリステリア菌が検出(リコール)

 もう1件目は、12月に別のサラダメーカーでリステリア菌が見つかりリコールになった事例です (CDC、2021年12月22日発表)。ミシガン州農業農村開発局(MDARD)は、定期的なサンプリングの一環として、消費期限が2021年12月8日のFresh Express社のサラダミックスの製品サンプルを収集しました。FDAによると、サンプルはリステリア菌(Listeria monocytogenes)陽性であることが判明しました。

次世代シークエンサーを用いた全ゲノム解析により原因不明食中毒の臨床株と照合一致

 その後の全ゲノムシーケンス(WGS)分析により、サンプルに存在するリステリア菌が、未解決リステリア食中毒事件の臨床株と遺伝子型が一致することが判明しました。すなわち、この事例でも、リコールにより採取された分離株と最近おきていたリステリア症の患者株と遺伝子型が一致したことにより、両者が結びつけられました。

   Fresh Express社の サラダから分離されたリステリア菌によって起きたと判断できるリステリア食中毒は、2016年7月26日に発生したものから2021年10月19日に発生したものまでです。全米8州にわたり、患者は10名です。10名全員が入院し、このうペンシルベニア州で1人の死亡が報告されています。患者年齢は44歳から95歳で、年齢の中央値は80歳で、60%が女性です。

 現在、Fresh Express社は、イリノイ州ストリームウッドの施設での生産を自主的に中止し、イリノイ州ストリームウッドの施設で生産された自社ブランドおよび自社ブランドのサラダ製品の特定の品種のリコールを開始しています。

FDAとCDCのデータベースの合体

 ところで、今回紹介した米国での今回の2事例は、米国においても発生頻度的には少ないリステリア菌 (ただし、死者数はNO.1)に関する事例でしたが、米国では、サラダや野菜で、リステリア菌以外にも腸管出血性大腸菌やノロウィルスによる数多くの食中毒が発生しています。また、最近、日本でも、独身者や忙しい消費者向けにミックスサラダの袋詰めがスーパーなどで広く普及しています。下記記事に、サラダ関連の微生物管理の大まかな方向性がまとめられていますので、参考にしてください。

サラダ及び生野菜による食中毒事例(米国)

 

米国の次世代シークエンサーを用いた全ゲノム解析プロジェクト(Genometrkrプロジェクト)の威力

ここで報告された2例はいずれも、次世代シークエンサーを使った 全ゲノムシーケンス(WGS)分析 によって出なくては解決できなかった事件です。

 米国では2013年から FDA が定期的なサンプリングで採集したリステリア菌と CDC が患者から分離したリステリア菌のすべてについて、次世代シークエンサーで全ゲノム解析を行いそれらの配列を全米共通のデータベースで共有するプロジェクトを始めました。このプロジェクトは Genometrkrプロジェクト と呼ばれます。このプロジェクトの成果については別記事で詳細に説明しましたので下記の記事もご覧ください。

次世代シークエンサーを応用した食中毒原因細菌の解析(米国GenomeTrakrプロジェクト)の劇的成果

 全ゲノム配列の食中毒の分子疫学的解析手法が優れているのはその菌株識別の解像度だけにとどまりません。配列のデータベースの構築により、食品からのリコール株の DNA 配列でが過去の未解決の食中毒の臨床株の参照と可能になっています。リステリア菌の場合には、例えば妊婦の流産の場合、食品を食べてから発症するまで平均で3週間程度の潜伏期間があります。

※妊婦の流産までの潜伏期間やリステリア菌の感染メカニズムの基本を確認したい方は下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌

 したがって、その原因食品を特定するのは容易な作業ではありませんでした。 Genometrkrプロジェクト が米国で開始されるまでは未解決のリステリア食中毒が多くありました。 Genometrkrプロジェクト により未解決のリステリア食中毒の菌数がどんどん減っています。

リコールだけでは済まない時代

米国ではこの Genometrkrプロジェクト の導入により、次のような新しい局面に食品産業は直面しています。すなわち、

  • リコールがリコールだけでは済まない。
  • 過去の迷宮入りの食中毒事件の原因食品として責任を追及される

 食品製造企業はこれまで以上に徹底して食品有害菌の食品への混入を阻止しなくてはならなくなってくるでしょう。

 現在、米国に続き、過去数年間で英国やドイツなど、 EU 諸国も続々と次世代シークエンサーによる食中毒の感染経路解析への移行が進んでいます。日本でも近い将来、米国の Genometrkrプロジェク のような全ゲノム解析システムに移行することを期待したいと思います。

※この記事は本ブログ用に書き下ろしたオリジナル原稿です。

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