ドイツでは最もリステリア菌感染しやすい食べ物はスモークサーモンである

 リステリア菌に汚染されたスモークサーモンおよびグレービングサーモン製品が、ドイツにおけるリステリア症感染の深刻なリスクとなっているようです。ドイツでは、10年の間に20件以上のリステリア症のアウトブレイクがサーモン製品に関連しています。原因食品が特定されなかったアウトブレーク事例も含むと、スモーク魚を原因とするリステリア感染症の件数ははもっと上がるのではないか危惧されています。

スモークサーモン

 2022年4月にEmerging Microbes & Infectionsに掲載された論文で、ロベルトコッホ研究所のラフォルツアー博士らのグループによって、ドイツにおける過去10年間のリステリア感染症に関する報告が発表されました。

Invasive listeriosis outbreaks and salmon products: a genomic, epidemiological study
EMERGING MICROBES & INFECTIONS. 11, NO. 1, 1308-1315(2022)

ドイツにおけるリステリア感染症の特徴

 ドイツでは、リステリア感染症の平均発生率は人口10万人あたり0.69人で、妊娠に関連しない症例の致死率は13%です。ドイツのリステリア感染症の特徴として、リステリア症患者の91%が非妊娠関連であり、その中でも男性(60%)が圧倒的に多いという特徴があります。

※リステリア感染症の基礎事項を確認したい方は、下記の記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌

シニアの病院患者の写真

全ゲノム解析システムによる遡及的解析

 2018年、ドイツの衛生当局は、疫学解析の手法としてこれまで用いられてきたパルスフィールドゲル電気泳動が廃止し、次世代シークエンサーによる全ゲノム解析手法に移行しました。これによってアウトブレイクの臨床株食品や工場環境から分離された全てのリステリアの菌株がデータベース化されることになりました。 2013年に米国で開始されたGenome Trackrプロジェクト(下記記事参照)のドイツ版です。

次世代シークエンサーを応用した食中毒原因細菌の解析(米国GenomeTrakrプロジェクト)の劇的成果

全ゲノム解析システムのイメージ

 リステリア菌については、疫学的調査に利用できる症例数が比較的少ないこと、重症患者から長い潜伏期間の後に信頼できる消費履歴を得ることが困難なことから、アウトブレイク発生源の特定は困難です。また、リステリア症のアウトブレイクは、数カ国に影響を与え、数年間続く可能性もあり、WGSを使用せずに感染した患者を関連付けることは困難だからです。

リステリア菌の基礎知識や感染の原因究明の難しさについては、下記の記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌

 2010 年から 2021 年の間に実施された全国規模のサーベイランスプログラムにおいて、ドイツ国内のリステリア症患者および食品・環境サンプルから分離されたL. monocytogenesのコアゲノムMLST(cgMLST)にWGS(全ゲノム解析、Whole Genome Sequencing)が使用されました。

※コアゲノムMLST(cgMLST)、WGS(全ゲノム解析)について基礎事項を確認したい方は下記の記事をご覧ください。
病原菌や食中菌の感染ルート把握のための分子疫学解析手法(菌株の識別法)のすべてをわかりやすく解説します

その結果、

  • cgMLST解析により、22の独立したアウトブレイクにおけるリステリア症患者からの臨床分離株259株が、非臨床分離株166株(魚製品から153株、魚加工工場から13株)と、それぞれ、分子疫学的に近縁であることが判明しました。
臨床株と食品株の全ゲノム解析による関係解析のイメージ
  • これら22件のアウトブレイクの多くは、国境を越えたアウトブレイクであり、さらに他の国でも感染者が発生していました。
  • 総患者数は、ドイツ国内だけを見ると228人で、このうち50人(22%)は死亡していました。また、死亡事例の内17人は、リステリア症による死亡と断定されました。

患者の聞き込み調査

 これらの解析から浮上したアウトブレークと食品との関連について、全ゲノム解析結果を補完するため、患者への聞き取り調査が実施されました。13のアウトブレイクから合計27人の患者または患者の親族に対して、食品消費と買い物行動に関する聞き取り調査が実施されました。

その結果、

  • 22人(81%)がサーモン、スモークサーモン、グレービングサーモン、スモークフィッシュのいずれかを摂取していると報告しました。
医者にインタビューを受けるシニア男性

 患者インタビューによる上記の結果は、説得力のある疫学的証拠を提供し、リステリア症の発生とサーモンの消費との間の因果関係を支持するものでした。

リステリア症診断者は氷山の一角

 ロベルトコッホ研究所のラフォルツアー博士らのグループによる今回の報告は、リステリア菌に汚染されたスモークサーモンおよびグレービングサーモン製品が、ドイツにおけるリステリア症感染の深刻なリスクとなっていることを示しています。博士らの分析以前にも、スモークサーモンとグレービングサーモンは、すでにリステリア症のリスク製品として、世界的には評価されていました。しかし、博士たちが示した今回のデータは、ドイツの患者からのデータで初めてこの評価を確認しただけでなく、スモーク魚とリステリア感染症の問題の大きさを示しています。

 また、リステリア症患者全員が診断されるわけではなく、診断されたリステリア症患者からの分離株が配列決定のために必ずしも検査室に送られるわけではありません。従って、症例数は報告されて以上にかなり多いと推測されると博士たちは述べています。

氷山の一角を示す

リステリア症感染回避のための提言

 未調理のサーモン製品は、リステリア菌に頻繁に汚染される高リスクの食品です。 

博士たちは、消費者の感染リスクを最小限に抑えるために、次のような提言をしています。

  • スモーク魚の加工業者は衛生対策を徹底し、リステリア菌の製品への汚染を防ぐとともに、流通過程での増殖を徹底的に制御する必要がある。例えばスウェーデンでの経験から、水産加工工場では監督官庁によるリステリア菌対策の指導を強化し、工場での継続的な管理措置と検査を実施する必要がある。

※ノルウェーにおけるスモークサーモン工場でのリステリア対策については本ブログの別記事でまとめていますのでご覧ください。
ノルウェーのスモークサーモン工場でのリステリア菌汚染実態

  • リステリア菌に汚染されたスモークサーモンやグレービングサーモン製品は、市場に出してはならないか、すでに発売されている場合はリコールしなくてはならない。

注) Euでは、リステリア菌の増殖が流通過程でおきない食品(すなわち水分活性や、pHその他の集団でリステリア菌の増殖ができないような設計になっている食品)では25g あたりに100cfuのリステリア菌までが許容されています。一方、米国においては、25g あたりにたとえ1cfuでも検出されればリコールの対象となります。この基準から考えれば、今回の博士らの提言は米国と同じ基準の厳しい提言となっています。

リステリアの国際的な基準の詳しい説明については下記の記事をご覧ください。
米国とEUで異なる食品中のリステリア菌の許容値

  • また、鮭製品はしばしば国際的に生産、加工、販売され、鮭製品に関連するリステリア症のアウトブレイクは一般的に数カ国に影響を及ぼす。したがって、水産加工会社の国境を越えたリステリア菌の流通を阻止するために、ドイツだけでなく国際的にも包括的なリスク管理が必要である。
  • スモークサーモンやグレービングサーモン製品のリステリア症リスクは高いため、免疫抑制患者や医療施設の老人などの脆弱な集団には、これらの製品を消費するために提供すべきではない。現在、高齢者のための食事勧告では、魚の健康への良い影響が正しく指摘されているが、これらの出版物では、スモークサーモンやグレービングサーモンの微生物リスクに関する情報はほとんど言及されていない。そこで、今回、公衆衛生上の緊急性から、ドイツ連邦リスク評価研究所とロバート・コッホ研究所はこの集団発生に関するドイツ語の記事を国内報にも掲載した。
スモークサーモンを食べるのをやめるように言われているシニア男性

 本記事ではドイツにおける過去10年間のリステリア症の主たる原因がスモークサーモンであることを紹介しました。

 現在、日本ではスモークサーモンに関してはリステリア菌に関する微生物規格基準は設定されていません。しかし、博士らも警笛を鳴らしているように、国際的な流通食品であるスモークサーモンに関しては、リステリア菌汚染のリスクについて十分な対策を立てておく必要がありそうです。