私たちの腸内フローラは、私たちが摂取する食品に大きく左右されることはよく知られています。特に長期間にわたる食生活の腸内フローラへの影響はよく知られています。しかし、毎日の食事レベル、つまり短期間ではどうでしょうか?具体的にどれほどの速度で、どのような幅で変化するのか、これまで詳細には解明されていませんでした。2014年の研究は、この領域に新たな光を当てました。この記事では、この研究が明らかにした驚くべき事実を探り、私たちの腸内細菌叢が日々の食事にどれほど迅速かつ再現性の高い変化を示すかを明らかにします。

背景

Lawrence A. David et al.,
Diet rapidly and reproducibly alters the human gut microbiome
Nature volume 505, pages559–563 (2014)

上記論文は2014年の出版以来、これまでに12,302回引用されています( 2026年4月Google scholar調べ)。

 米国ハーバード大学のシステム生物学FASセンターのデイビッド博士とそのチームは、日常の食生活が腸内フローラにどれほどの速さと大きさで影響を与えるかを定量化しようと考えました。以前からマウスを使った実験は行われていましたが、彼らが知りたいのは人間における実際の変化でした。

 マウスを用いた研究では、食事の栄養を変化させると、1日以内に腸内細菌叢を広範囲かつ一貫して変化させることができることが示されていましたが、ヒトのコホートにおける食事介入は、数週間から数ヶ月のタイムスケールでコミュニティの変化を測定したのみであり、短期間の影響は未解明でした。

ヒトボランティア実験

そのため、実験参加者としてのボランティアを募集することにしました。

ボランティアの男女

実験方法

実験の概要は以下の通りです。

 男女混合のボランティア10名(21歳から33歳までの男性6名、女性4名)を募集しました。参加者には2種類の食事を実施してもらい、毎日の検便を通じて微生物の種類がどのように変化するかを調査しました。食事の種類は次の2つです。

  • 植物性食品(穀物、豆類、果物、野菜を豊富に含むメニュー)
  • 動物性食品(肉、卵、チーズを豊富に含むメニュー)

 植物性食品群の被験者は、朝食に穀物昼食と夕食に野菜、米、レンズ豆からなる調理済み食品を食べました。おやつには新鮮な果物ドライフルーツが提供されました。動物性食品を摂取する被験者は、朝食に卵とベーコン昼食に豚肉と牛肉の調理品を食べました。夕食は生ハムと4種のチーズから選択された。おやつは、豚の皮、チーズ、サラミなどでした。

ボランティアには、植物性食品と動物性食品の両方のテストに参加してもらいました。

 実験のスケジュールは、まず各人の通常の食習慣を記録する4日間の「ベースライン期間」から始まります。その後、指定された一方の食事(例えば動物性食品)を5日間連続で好きなだけ(制限なく)食べてもらいました。この5日間の食事介入を終えた後は、腸内細菌叢を元の状態に戻すための「6日間のウォッシュアウト期間(回復期間)」が設けられました。

 もう一方の食事(この場合は植物性食品)のテストを行う際にも、同様に「4日間のベースライン期間」→「5日間の食事療法」→「6日間のウォッシュアウト期間」という全く同じサイクルが繰り返されました。

 なお、期間中に提供された食品はスーパーマーケットで購入された市販品(シリアル、チーズ、生ハムなど)や研究グループが用意したもののほか、一部の肉料理は「ソースを加えない」と指定した上でレストランに調理を依頼するなどして厳密に準備され、毎日ボランティアに提供されました。

肉中心と野菜中心の食事

 ボランティアたちは規則正しくこれらの食品を食べ、毎日検便を行い、その結果をデイビッド博士たちに提出しました。デイビッド博士たちは、16S rRNA遺伝子のV4領域のアンプリコンシーケンス法注)を用いて糞便中の微生物菌叢を詳細に調査しました。

注)16S rRNAアンプリコンシーケンス解析(細菌叢解析)の入門者向けの解説は、下記の記事をご覧ください。
16S rRNAアンプリコンシーケンス解析(細菌叢解析)の食品微生物検査への応用法のすべてをわかりやすく解説します

 また、特定の時点での各被験者内の微生物の多様性 (α 多様性) と、各被験者のベースラインと食事に関連する腸内微生物叢との差異 (β 多様性) を定量化しました。

 α多様性一つの場のなかで、どれぐらいの種類の菌がいるかということで決定しますが、β多様性は2つの場(もしくは2つの時間)を比較して、どれぐらい種類の差異があるかという概念になります(具体的な計算方法本記事の末尾で説明しましたので詳しく知りたい人は末尾をご覧ください)。

実験結果の概要

実験結果の概要は以下の通りです。

 まず一番驚きの発見は、当初、人間の腸の中には安定した微生物層が形成されているので、食事を変えても短期的にはあまり大きな変化はみられないのではないかと予想されていたことです。ところが、予想外なことが発見されました。食事を変更した翌日から腸内フローラに変化が見られましたが、その反応は食事の内容によって大きく異なりました。植物性食品でも一部の細菌に変化は見られたものの、動物性食品を食べた場合には、全体の腸内細菌の組成(β多様性)が急激かつ明確に変化するという現象が起きたのです。このように、特定の食品(特に動物性食品)によって極めて迅速に腸内フローラが大きく構造変化することが分かりました。これがこの研究の最も大きな発見です。

パソコンの前で驚く博士

 具体的には、

1.どちらの食餌でもα多様性の有意差は検出されませんでした

 α多様性とは、簡単に言えば、腸内に出現する種の数なります。つまり。普通の生活をしていても、植物性の食品をとっても動物性の食品を取っても、腸内で検出される種の数には大きな変化がないということになります。つまりそこに存在するプレイヤーの種類の数に変化がないということです。

2. 動物性食品では、動物性食品特有のβ多様性の有意な増加が観察されました。被験者の腸内細菌叢は、動物ベースの食事を終了してから 2 日後に元の構造に戻りました。

 β多様性の有意な増加は、動物性の食品を食べた場合には、食べなかった場合よりも種の組成が異なる組成になったということです。また、動物性食品の摂取をやめて2日でまた元の細菌叢に戻ると言うことです。

3.さらに細かい結果の概略は次のとおりです。

  • 動物性食品胆汁耐性微生物AlistipesBilophilaBacteroides)を増加させ、食物性植物多糖を代謝するFirmicutes(RoseburiaEubacterium rectaleRuminococcus bromii)を減少させました。
  • これらの微生物活動は草食性哺乳類肉食性哺乳類の違いを反映しており、炭水化物発酵とタンパク質発酵のトレードオフを反映していました。
  • 動物由来の食事で、脂肪、胆汁酸と炎症性腸疾患の引き金となる微生物の増加が認められました。
  • 食品に由来する微生物腸内に一過性に定着しました。これには細菌だけでなく、真菌やウイルスも含まれています。

実験結果の解釈

 以上のようにα多様性に大きな変化はないが、β多様性で大きな変化があるということは、つまり、次のように解釈できます。

  • 私たちの腸内フローラを構成する種類は、食品が変わってもその種類数は大幅に減ったり、増えたりすることはない。しかし、その種類の中身は大きく変化をする。

 博士たちはこのような実験結果を踏まえ、私たちの腸内細菌叢が、動物性食品や植物性食品を迅速に代謝分解するための微生物群を常に用意しているという仮説を立てました。この推論は、人類が古代から猟を行い、猪や鹿などの動物を捕食する機会があるときはその肉を食べ、その消化を助ける微生物が腸内に存在していたという考えに基づいています。

肉を食べて喜ぶ原始人

 しかし、常に獲物が手に入るわけではなく、手に入らないときは野生の木の実や草葉を食べるしかなかったため、それら植物性食品を分解・代謝する微生物も腸内に住んでいた推察されます。

ほら穴の中の原始人

 この進化的視点から、博士たちは私たちの腸内フローラが食生活の変化に対応できるような柔軟性を持つ可能性があると考えています。これは、動物性食品と植物性食品のどちらにも迅速に適応できる腸内フローラの存在が、人類の食生活の多様性を支えてきた可能性を示唆しています。

原始人の中の腸内のイラスト

まとめ

 デイビッド博士の研究により、私たちの腸内フローラは日々の食事によって想像以上に大きく変化することが明らかになりました。空腹時にはマイナーな存在である微生物群が、摂取する食事の種類に応じて迅速に代謝活動を適応させ、主要な役割を果たす柔軟性が確認されました。この研究は、腸内フローラを改善するためのプロバイオティクスの研究に不可欠な基礎情報を提供しています。特定の微生物を加えることによる腸内フローラへの影響は、さらなる研究で明らかにされるべきですが、少なくとも食品が腸内環境に与える劇的な影響は確認されました。

 さらに、腸内フローラが人間の肉体的および精神的健康に及ぼす影響に関する研究も増えています。腸内フローラがこれらの健康面に影響を与える可能性があることを考えると、食生活が腸内フローラを大きく変化させ、それが私たちの健康や精神状態に影響を及ぼすことは想像に難くありません。

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腸内フローラの影響のイラスト

 以下は私の個人的な見解ですが、穴居人の時代から人間は肉が手に入るときは肉を食べ、手に入らないときは野菜を食べてきたという長い歴史があります。そうした背景から、肉と野菜をバランスよく食べることによって、私たちの腸内微生物もその変化にしっかり対応し、健全なフローラを作ってくれるのではないかと考えます。このことが、肉体的な健康や精神的な健康にもつながるかもしれません。個別の研究については、今後も腸内フローラが肉体的・精神的健康に与える影響について、研究成果を紹介したいと思います。しかし、最も重要なことは、食生活がフローラに与える影響と、それが間接的に肉体的・精神的健康に与える影響が重要だということです。

バランス良い食事

付録:α多様性、Β多様性とはどんなものか?簡単に入門者でもわかるように説明します。

ここでは、多様性を「種数ベース」で単純化して説明します。

α(アルファ)多様性:各サンプル内の多様性。ここでは、そのサンプル内で観察された種数とします。

γ(ガンマ)多様性:サンプル全体で見られる多様性。ここでは、すべてのサンプルを合わせたときの総種数とします。

β(ベータ)多様性:サンプル間でどれくらい種構成が異なるかを表す考え方。ここでは Whittaker のβ多様性として、次の式で表します。

 β = γ ÷ (αの平均)

具体的な例で示したほうが分かりやすいので、下記の図で考えてみよう。

例1(2サンプル間で多様性がない場合)

2つのサンプル(例えば、異なる場所でも異なる時間帯での微生物フローラ)でそれぞれ、 AからDの4種類の微生物が構成されていたとしよう。この場合、α多様性は両サンプルとも4となる。γ多様性はすべてのサンプルの種類であるが、この場合は総計4種類しかいないので4となる。β多様性は次の式で求まる。

β=4(γ多様性)÷ 4(α多様性の平均)=

例2(サンプル間の多様性が最大の場合)

 2つのサンプル(例えば、異なる場所でも異なる時間帯での微生物フローラ)で、 サンプル①の場合はAからDの4種類の微生物が構成され、サンプル②の場合はEからHの4種類の微生物が構成されている。この場合、α多様性は両サンプルとも4となる。γ多様性はすべてのサンプルの種類なので、8となる。β多様性は次の式で求まる。

β=8(γ多様性)÷ 4(α多様性の平均)=2

例3(サンプル間の多様性が中程度の場合)

 2つのサンプル(例えば、異なる場所、あるいは異なる時間帯での微生物フローラ)で、 サンプル①の場合はAからDの4種類の微生物が構成され、サンプル②の場合はC,D,E,Fの4種類の微生物が構成されている。この場合、α多様性は両サンプルとも4となる。γ多様性はすべてのサンプルの種類なので、6となる。β多様性は次の式で求まる。

β=6(γ多様性)÷ 4(α多様性の平均)=1.5

 以上のように、この2サンプルの例では、β多様性はサンプル間の違いがないときに1完全に異なるときに2となる。このようにして、異なる場所や時間における種構成の違いを比較できる。