サケがサルモネラ食中毒の原因になることは稀です。しかし、オランダでは、過去に記録された最悪のサルモネラ大規模食中毒の原因食品はスモークサーモンでした。2012年にオランダで確認されたサルモネラ食中毒(Salmonella Thompson)の概要を紹介します。推定400万から600万人のオランダ国民がサルモネラ菌に汚染されたスモークサーモンを食べた可能性があり、23,000人がS. Thompsonによる急性胃腸炎を発症したと推定されています。オランダ国立公衆衛生・環境研究所(RIVM)感染症管理センターのフリースマ博士らの報告です。
Friesema et al.
Large outbreak of Salmonella Thompson related to smoked salmon in the Netherlands, August to December 2012
Eurosurveillance Volume 19, Issue 39, 02/Oct/2014
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患者数
本記事で紹介するスモークサーモンによるサルモネラ菌食中毒は、オランダで過去に記録された最大のサルモネラ症の大規模食中毒となりました。
推定23,000人がS. Thompsonによる急性胃腸炎を発症したと思われます。この食中毒以前では、オランダで記録された最大の大規模食中毒は、輸入卵を原因とする2003年のSalmonella Enteritidis の540人、汚染した生乳チーズを原因とする2006年のS. Typhimurium ファージタイプ561人でした。スモークサーモンンを原因とするサルモネラ大規模食中毒は、これらの患者数を遥かに超えたものとなりました。
2012年8月から12月の間にオランダ国立公衆衛生・環境研究所(RIVM)で検査室確定された症例は合計1,149例でした。性別が判明した1,079例の大規模食中毒症例のうち、696例(65%)が女性でした。年齢中央値は45歳(範囲:0-95歳)でした。4名の高齢者(76~91歳)が感染により死亡しました。この数は氷山の一角に過ぎないとレポートでは推察しています。オランダの検査室監視ネットワークで検知されなかった症例を推測計算すると、オランダ国民の推定23,000人がS. Thompsonによる急性胃腸炎にかかったと思われるとしています。
原因食品と感染経路
感染源が特定された8月16日から9月28日の間、地域の公衆衛生機関は、その週の新患者に連絡を取り、アンケートを実施しました。このアンケートは、発症前7日間の肉、魚、乳製品、野菜、果物、スナック、食品を購入した店、下痢をしている人との接触、動物との接触など、さまざまな摂取物を網羅したものでした。
回答した患者のの57%が燻製魚を食べたと回答しました(62/108)。そして、そのほとんどがスモークサーモンと回答しました。対照群では燻製魚を食べたと回答したのは、198人中52人(26%)でした。その結果、スモークサーモンが原因であることが判明しました。
また、アンケートでは、スモークサーモンを購入したショップはある特定のスーパーマーケットチェーンAであることが判明しました。このスーパーマーケットチェーンの仕入れ先担当者にスモークサーモンの仕入先を確認したところ、オランダのスモークサーモン製造業者Bが浮上しました。そこで衛生管理担当者は、このオランダのスモークサーモン製造業者の製造加工工場でサンプルが採取しました。患者および食品サンプルから分離されたSalmonella Enterica は、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)による分子タイピングに供されました。
また、オランダのスモークサーモン製造業者Bで検出されたリステリア菌の陽性バッチは、すべてこの会社のギリシャの加工工場の特定の生産ラインで生産され、その後オランダへ輸送したたものであることが判明しました。
原因究明
オランダの製造業者Bは、ギリシャでの生産工程を分析した結果、スモークサーモンのサルモネラの汚染は、加工ライン内でのサーモン運搬トレーからの交差汚染が原因であると結論付けました。
この再利用可能トレーは、生産工程で最も新しく採用されたもので、多孔質素材のものでした。2012年2月にギリシャの生産工程に導入されました。製造現場で製造者自身が行った調査では、皿の内層は不潔に見え、サルモネラ菌を含む細菌で汚染されていることがわかりました。また、その後、オランダ応用科学研究機構(TNO)が実施した追加調査では、食器の内層は非常に多孔質で、サルモネラ菌を吸収していることが明らかになりました。
ただし、後述するように、オランダ当局がギリシャ側の詳細な調査に入ることが不能だったため、これらのトレーがどのようにサルモネラ菌に汚染されたかは、不明でした。
教訓
サケがサルモネラ食中毒の原因になることは稀です。これまでに世界的に報告がないわけではありませんが、その数は限られています。ただし、前記事で紹介したように、2022年10月に米国でサーモン寿司によってサルモネラ食中毒が発生しています。
オランダでは、この製造業者はスモークサーモンで最大のシェア(市場占有率を50〜80%)を誇っていました。RIVMの疫学・監視部門が一般人を対象に行った調査で無作為に選ばれた回答者が提供した情報によると、オランダ国民の47%が4週間の間にスモークサーモンを消費していました。一つの製品を独占的な市場シェアで販売している会社が食中毒の原因になった場合の国民に対する影響の大きさを知らしめる事件となりました。
また、食品の国際流通が行われた場合の食中毒原因究明の困難さも教訓になりました。なぜならば今回、ギリシャの加工現場における具体的な汚染の原因究明はオランダ当局側では困難だったからです。オランダでは、オランダの食品・消費者製品安全局がそのような汚染源調査を行う法的機関であり、汚染源が検出された場合に積極的な対策を講じる権限を有しています。しかし、その任務はオランダ国内に限られており、汚染された生産現場はギリシャにありました。食品・飼料緊急速報システムを通じて、オランダの食品・消費者製品安全局はギリシャ当局にこの問題について知らせました。しかし、オランダの発生調査中にギリシャの調査から得られた情報はほとんどなく、オランダの食品・消費者製品安全局にとって、ギリシャの生産工程で何が問題だったのかを客観的な方法で迅速に再構築することは困難なことでした。
EEのように国際間の情報連絡システムが行き届いた域内においても、国際間にわたる食品流通における食中毒菌の正確な原因追求の困難さをこの事件は示しています。
なお、スモークサーモンではリステリア菌による食中毒も頻繁に発生しています。関連記事は下記をごらんください。
ドイツでは最もリステリア菌感染しやすい食べ物はスモークサーモンである
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