2024年に米国で発生したマクドナルドの大腸菌O157食中毒事件。その背後には、サプライヤーであるTaylor Farmsのタマネギ工場における深刻な衛生管理の問題がありました。本年1月に公開されたFDAの報告書では、食品接触面の清掃不足や記録管理の不備、従業員の衛生手順の欠如など、多くの問題が指摘されています。本記事では、報告書の具体的な内容を解説し、日本の食品業界が学ぶべき教訓を考察します。

マクドナルド食中毒事件、その背景にあるサプライヤーの問題

 2024年10月、米国で発生したマクドナルドの大腸菌O157食中毒事件(関連記事:マクドナルドのO157事件再び:タマネギが疑われる今、そのリスクを検証する)。この事件では、マクドナルドのQuarter Pounderハンバーガーに使用されたスライスオニオンが感染源として疑われ、食品業界に大きな波紋を呼びました。被害は14州に広がり、感染者104人、入院者34人、そして1人の死亡者が確認されるという深刻な事態となりました。

 感染源とみられるスライスオニオンを供給していたのは、Taylor Farmsのコロラド州にある工場です。この工場では、Ready-to-Eat(RTE)食品として加工されたタマネギが生産されていましたが、今年1月に公開されたFDAの報告書によって、工場の衛生管理に重大な問題があることが明らかになりました。

レタス、チーズ、ビーフパティが重なったハンバーガーのクローズアップ画像。この記事で説明されている食品アイテムを表現しています。

 本記事では、FDA報告書に記載された具体的な問題点に焦点を当てるとともに、日本の食品業界がこの事例から学ぶべき教訓を考察します。

Taylor Farms工場の衛生管理の問題:FDAが指摘した具体的課題

 2024年に発生したマクドナルドO157食中毒事件の背後には、供給業者であるTaylor Farmsのコロラド州工場における深刻な衛生管理の問題が存在していました。今年1月に公開されたFDAの調査報告書(Form FDA 483)は、この施設での複数の衛生不備を詳細に指摘しています。本セクションでは、報告書に記載された具体的な問題を一つひとつ掘り下げ、食品業界全体にとっての教訓を探ります。

食品接触面の清掃不備

 食品接触面に蓄積したバイオフィルムや食品残渣は、製品の安全性に直接的なリスクをもたらします。FDAの検査官は、工場内の設備が十分に清掃されておらず、「見た目にも不衛生」と判断される状況を確認しました。これにもかかわらず、工場の品質管理チームは清掃を「合格」として承認していました。

  • リスク: 汚染された接触面は、交差汚染を通じて製品全体に病原菌を広げる可能性があります。
ベルトコンベアの前で、FDAの査察官と工場スタッフが工場のゾーン1の清掃問題について議論しているシーン。

従業員の衛生手順の欠如

 RTE(Ready-to-Eat)食品を扱う従業員が、手袋を装着したまま手指消毒剤を「時折使用するだけ」という状況が確認されました。また、手洗いシンクはほとんど使用されておらず、適切な衛生管理が徹底されていないことが明らかになっています。

  • 具体例: FDAは、「食品接触面や製品を扱う従業員が、必要な手洗いを一度も行わなかった」と報告しています。
食品加工中の従業員が手を洗っているかどうかを質問しているFDAの査察官。衛生管理の重要性を強調しています。

環境モニタリングと記録の不備

 食品安全の柱となる環境モニタリング「Environmental Monitoring Program」(EMP)計画の実施が不十分であり、特にリステリア菌が検出された後のフォローアップが適切に行われていませんでした。また、重要な記録が欠如しているケースが複数確認されました。

  • 事例: リステリア陽性の結果が出たにもかかわらず、次回の検査が規定の日数内に実施されていなかったことが報告されています。

※なお、今回のマクドナルドのO157食中毒事件における原因となった病原菌は大腸菌O157(E. coli O157:H7)であり、リステリア菌は直接的な原因ではありません。リステリア菌に関する問題は、食品工場の衛生管理全般の課題として別途指摘されたものであり、O157事件とは異なる問題です。

環境モニタリングプログラム(EMP)の実施状況に問題があることを指摘するFDAの査察官。食品の安全性を確保するための必要な手順に焦点を当てています。

清掃・消毒プロセスの不徹底

 FDAは、工場が清掃後に乾燥手順を省略している点を指摘しました。これにより、消毒液が製品に直接付着するリスクが高まっていました。

  • 背景: 設備が常に湿った状態にあることが指摘され、適切な乾燥手順が守られていなかったとされています。
ベルトコンベアの乾燥手順が省略されている問題を指摘するFDAの査察官。工場内で適切な乾燥処理が行われていないことが強調されています。

交差汚染のリスク

 FDAの検査中、他の野菜製品にタマネギの破片が混入しているケースが報告されました。これにより、他の製品ラインでも交差汚染が発生していた可能性があります。

生産ラインで異なる野菜が交差汚染されるリスクを指摘しているFDAの査察官たち。適切な分別が重要であることを強調しています。

リスクを防ぐための3つの教訓:Taylor Farmsから学ぶ

 Taylor Farmsの工場で明らかになった数々の衛生管理上の問題は、食品業界全体にとって重要な教訓を提供しています。特に、日本の食品企業がこれらの事例を自社のリスク管理に活かすことで、同様の問題を未然に防ぐことが可能です。ここでは、Taylor Farmsのケースから学ぶべき3つのポイントを挙げ、それぞれについて具体的な対策を提案します。

食品接触面の清掃と衛生管理の徹底

教訓: 食品接触面の清掃や衛生管理が徹底されていない場合、交差汚染のリスクが高まり、病原菌が食品に移行する可能性がある。

  • 具体例: Taylor Farmsの工場ではバイオフィルムや食品残渣が確認されており、清掃が不十分でした。日本の食品企業でも、清掃後の目視確認や定期的なモニタリングが重要です。
  • アクション: 清掃手順の見直し、ATP検査の導入、食品接触面のクリーニング後の検証をルーチン化する。

環境モニタリングと記録の精度向上

教訓: 環境モニタリングの不備や記録の欠如は、リスクを見逃す原因になる。

  • 具体例: リステリア菌の陽性検出後の対応が不十分で、再検査や是正措置が適切に行われませんでした。
  • アクション: 定期的な環境モニタリング、検査結果に基づいた迅速なフォローアップ、デジタルツールを活用した記録管理の精度向上。

なお、リステリア汚染が想定されるReady-to-Eat(RTE)食品の環境モニタリングの必要性については、次の記事で詳しく解説しています。ぜひご覧ください。

食品工場衛生管理における微生物検査ー環境モニタリングの重要性

EUにおける食品工場の環境モニタリングのための統一プロトコル(リステリア菌)

従業員の衛生教育と手順の徹底

教訓: 従業員の衛生手順が守られないと、食品安全リスクが増大する。

  • 具体例: Taylor Farmsでは、従業員が手洗いシンクを使用せず、不十分な手指消毒に頼っていました。
  • アクション: 衛生教育プログラムの充実、手洗いや消毒のルールを従業員全体に周知徹底する仕組み作り。
日本の食品企業の品質管理担当者がFDAの報告書を見ながら、他社の失敗を教訓として捉えているシーン。報告書を手に、他社の失敗を今後の改善に生かそうとしています。

※本記事内で使用されているイメージイラストや写真は、事例の概要を読者の理解を助けるために使用されており、実際の出来事や関係者とは関係ありません。