前記事で、サラダや野菜を感染経路とするサルモネラ食中毒の原因として新鮮な植物の葉っぱにサルモネラ菌が気孔を通じて侵入するという事例を紹介しました。ではサルモネラ菌は一体どのようなメカニズムで植物の葉っぱの気孔を通じて侵入するのでしょうか?今回紹介する論文はその疑問に対する答えを提示してくれる論文です。前記事で紹介した論文と同じグループで、イスラエル農業研究機構ゴルバール博士らの研究グループの仕事です。

※サルモネラの基礎事項を確認したい方は、下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ②サルモネラ菌

 以下にその実験の概要を示します。 GFP注)でタグ付けされたサルモネラ菌とアイスバーグレタスの葉を接触させて、明条件と暗条件でそれぞれで放置しました。明条件下でインキュベーションを行ったところ、サルモネラ菌はアイスバーグの葉っぱの開口した気孔近くへ凝集し、さらに葉っぱの内部へ侵入しました。対照的に、暗所でのインキュベーションは、サルモネラ菌は葉っぱの表面に散在したままであり、葉っぱの気孔を通じた内部への侵入もほとんど認められませんでした。さらに、暗所で気孔を強制的に開口させる薬剤を用いても、サルモネラ菌は葉っぱの内部に侵入は認められませんでした。また、サルモネラ菌細胞に運動性と走化性に影響を与える変異をくわえたところ、サルモネラ菌の葉っぱの内部への侵入率は著しく阻害されました。

以上の結果は、

  • サルモネラ菌の葉っぱの内部への侵入は明条件下でのみ起きること
  • 葉っぱの光合成活性細胞によって新たに生成される栄養素にサルモネラ菌が走化性によって吸引され、そして気孔を通じて葉の内部へ侵入するというメカニズムであること

を示しています。

注)GFP (Green Fluorescent Protein 緑色蛍光蛋白質):オワンクラゲから単離された緑色の蛍光を発する蛋白質。細菌の生体染色によく用いられる。

ではなぜ植物はサルモネラ菌のこのような侵入を許してしまうのでしょうか?これについてはあくまでも推測にとどまりますが、サルモネラ菌抗原が葉っぱの気孔における自然免疫によって十分に認識されていないか、サルモネラ菌ががそれを回避する手段を進化させているのではないかと博士らは推測しています。

いずれにしても、前記事でご紹介した内容と合わせて、サルモネラ菌の植物の植物の葉っぱの内部への侵入は、殺菌剤によるに野菜の消毒の効率が落ちてしまうという食品衛生上の重大な問題に関係するとともに、植物病理学や生物学的にも興味深い現象を示しています。今後、サルモネラ菌の葉内への侵入メカニズムのさらなるの解明が待たれます。

この報告は2009年に出版され、これまでに211回引用されています(2021年10月Scopusで更新)。

Internalization of Salmonella enterica in leaves is induced by light and involves chemotaxis and penetration through open stomata

APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY, Oct. 2009, p. 6076–6086

※この記事の前記事もこの記事に密接に関係しますので御覧ください。
野菜の洗浄や殺菌で要注意!植物の葉の内部に侵入し生存・汚染するサルモネラ菌

米国における野菜を原因とする食中毒菌別の順位や、どのような野菜が食中毒を起こしやすいかについては、別記事でまとめていますのでご覧ください。
サラダ及び生野菜による細菌性食中毒統計(米国)

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。