リステリア症患者の 92% は、1食あたり 105 cfu を超える摂取量に起因すると推定されています。したがって、1g当たり100cfu以下の低濃度では、健常者はリステリア症にならないと考えられています。しかし、基礎疾患のある人はこの限りではありません、この記事では、病院食として用いられていたサンドイッチに低濃度にリステリア菌が汚染していたため、入院患者がリステリア症になった英国事例を報告します。
Listeriosis associated with pre-prepared sandwich consumption in hospital in England, 2017
Epidemiol Infect. 149: e220(2021)
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病院でのリステリア症の発生
2017年7月に、英国ヨークシャー・アンド・ハンバー地域の病院で53歳の患者がリステリア症になりました。
- この患者は、潰瘍性大腸炎により2017年6月中旬に病院Aに入院し、2017年7月上旬に退院していました。
- ところが、2017年7月中旬に下痢、嘔吐の症状を呈し、病院Bに再入院しました。
- 2017年7月18日に血液培養からリステリア 菌(Listeria monocytogenes)が分離され、リステリア症と診断されました。
- 患者の血液培養から得られたリステリア 菌の全ゲノム配列解析したところ、血清型遺伝子型1/2a、遺伝子型CC121と同定されました。
病院提供のサンドイッチによるリステリア食中毒と判明
英国では、米国と同様、細菌性食中毒の原因解析に全ゲノム配列(WGS)によるデータベース照合システムに移行しています。
全ゲノム配列(WGS)の分子疫学解析手法の基礎やその効果について知りたい方は下記記事もご覧ください。
病原菌や食中菌の感染ルート把握のための分子疫学解析手法(菌株の識別法)のすべてをわかりやすく解説します
次世代シークエンサーを応用した食中毒原因細菌の解析(米国GenomeTrakrプロジェクト)の劇的成果
英国健康保護局が患者の血液から採取した臨床株の全ゲノム(WGS)解析の結果、X社が製造したサンドイッチやサラダから2016年12月に分離された菌と、5塩基多型(SNPs)未満、すなわち遺伝的に区別がつかないことが判明しました。
X社は、イングランド全土のNational Health Serviceを含む幅広い施設にサンドイッチやサラダを製造する認可食品メーカーであり、患者の入院していた病院Aにもサンドイッチを提供していました。また、X 社が製造したサラダも、臨床株と同じ遺伝子型の L. monocytogenes の菌株に汚染されており、この事例が発生した当時、この会社は医療環境に1日平均 12 600食のサラダとサンドイッチを供給していました。
患者の食物歴によると、発症前の30日間は病院Aが供給する食事のみを摂取しており、入院中は12回にわたってX社製のサンドイッチが提供されていました。
X社製品のリステリア汚染状況
X社の製品および製造環境については、本食中毒事件前に、製造会社の自主検査が行われていました。その結果、
- L. monocytogenesは散発的に検出されていました。
- ただし、菌数レベルはすべてのサンプルでは<20 cfu/gでした。
また、地元衛生当局も、X社の自主検査の結果をもとに、2016 年 12 月に X 社を訪問し微生物検査を実施していました。その結果
- 5つのサンドイッチが採取されました。L. monocytogenesとListeria seeligeriが、2つの卵マヨネーズのサンドイッチサンプルのそれぞれから<20 cfu/gで検出されました。
X社製造工場のリステリア汚染状況
X社の生産環境からのサンプリング(排水溝のスワブと野菜洗浄機の水サンプル)により、2017年7月から2019年7月にかけて、感染例に関与するL. monocytogenes CC121による汚染が確認されました。
地元の環境衛生担当者は、2017年7月と2017年8月にX社の施設を訪問し、以下の点を見出しました。
- 衛生管理の手順は一般的に適切な水準であったものの、最近、生産エリアを拡大するためのレイアウトの変更が実施されていた。
- 野菜洗浄機の除菌システム、低リスクエリアから高リスクエリアへの移動前の台車車輪の消毒、靴の履き替え手順などに不備があった。
- 低リスクエリアから高リスクエリアへ流れる床の排水溝には、ゴミが蓄積していた。
X社は、これらの検査結果を受けて、機器を交換し、清掃手順を修正した。また、排水溝は毎日清掃するようにし、さらに、毎週末にディープクリーニングを実施するようにしました。床材の改善は将来的に実施することとし、当面は、床面の水を最小限に抑えるためにドライフロアクリーナーを使用することにしました。
基礎疾患のある人は低濃度のリステリア菌汚染食品でも感染リスクあり
今回のリステリア食中毒事例のポイントは、菌数レベルが<20 cfu/gのサンドイッチで感染が起きたということです。
欧州食品安全機関( EFSA )は、健常者については、すべての年齢・性別のグループにおいて、リステリア症患者の 92% は、以下の汚染レベルで起きると推定しています( EFSA Panel on Biological Hazards、2018)。
- 1食あたり 105 cfu を超える摂取量が必要
上記推定は、平均的な一人前のサイズを50gと仮定しており、これは消費時の調理済み食品中のL. monocytogenes濃度が>2000 CFU/gであることに相当します。
しかし、上記は、健常者についての推定であり、基礎疾患のある人には当てはまりません。基礎疾患のある人も含めての推定では、リステリア症の発生確率は、最も感受性の低い人から最も感受性の高い人の間で最大1億倍まで変化するとも考えられています(EFSA)。
X 社のサンドイッチは病院以外にも広く市中流通していましたが、この食品メーカーに起因するリステリア食中毒は病院での当該患者一例のみであったことからも、上記の感受性推定と一致するものでした。
今回の患者は、発症前の数週間にこのメーカーのサンドイッチを12回摂取しており、複数回の暴露による累積的な影響がある可能性も否定できないと考察されました。
つまり、今回の食中毒事例から得られた結論は、以下の通りです。
- 菌数レベルが<20 cfu/gという低濃度のリステリア菌汚染サンドイッチでは、リステリア症はほとんどおきないが、一部の免疫不全者ではその限りではない
リステリア菌の低濃度汚染によるリステリア感染事例は、これまでに、アイスクリームでも報告されています。詳しくは下記記事をご覧ください。
低濃度でリステリア菌に汚染されたアイスクリームは感染を起こすか?
微生物規格基準の観点から
この事件が発生した2017年時点での英国で施行中の食品に関するEUの法律(European Commission (2005) Regulation (EC) No 2073/2005)では、次のように設定されています。
- リステリア・モノサイトゲネスが流通時に増殖しない食品については、賞味期限内に市場に出された製品において、リステリア・モノサイトゲネス菌数が100cfu/gを超えてはならない。
としています。
賞味期限が5日未満の製品(通常サンドイッチを含む)は、上記グループ(流通時に増殖しない)と英国では分類されています。
したがって、X社のサンドイッチは上記基準をクリアしています。これに関して、
- 英国サンドイッチ協会は、調理済み食品について、「リステリアが検出されないことを目標とするが、製品の流通期間内のいずれの時点においてもEU基準(100cfu/g)は厳守する」としています。
- 一方で、英国健康保護局は、医療関連施設に提供される調理済み食品については、25gサンプルでリステリア・モノサイトゲネスが検出されないことを推奨しています。
以上のように、今回の事件の原因となったサンドイッチにおけるリステリア菌の汚染問題は、EUにおいては法律的に問題はないものの、望ましくは、汚染をゼロにすべきであった、と整理できます。
なお、調理済み食品(Read to eat食品)のリステリア菌の許容汚染レベルについては、米国(厳しい=ゼロトレランス)とEU(緩い=増殖しない食品なら100cfu/gまで許容)の差もあり、国際的には複雑です。
リステリア微生物規格の国際的な問題については下記記事をご覧ください。
米国とEUで異なる食品中のリステリア菌の許容値
厳しすぎるとリコールが大量に発生する(米国)一方、緩いと、今回の紹介事例のように、免疫不全者への感染を防ぎきれないことになります。
ところで、日本では、 リステリア菌の成分規格が設けられているのは、ナチュラルチーズと非加熱食肉製品(生ハムなど)だけです。したがって、他の多くの調理済み食品については、汚染実態が不明です。いずれにせよ、食品製造業者は、リステリア菌の汚染を限りなくゼロにする努力が必要です。
リステリア菌の基礎事項を確認したい方は下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ⑧リステリア菌