生の鶏肉とサルモネラ。EUでは法的な規格基準が設定され、小売店で販売される生鶏肉のサルモネラの汚染対策が行なわれていますが、米国や日本では現時点では生の鶏肉に微生物規格基準は設定されておりません。生の鶏肉を取り扱う際、間違った方法で調理を進めると、サルモネラが他の食材や調理器具に移る「交差汚染」のリスクが増大します。この記事では、そのリスクを深堀りし、台所での安全な鶏肉の取り扱い方法を解説します。
Alves et al.
From chicken to salad: Cooking salt as a potential vehicle of Salmonella spp. and Listeria monocytogenes cross-contamination
Food Control Volume 137, July 2022, 10895
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この実験を行ったのはポルトガルのアルベス博士らのグループです。アルベス博士らは、世界における食中毒の原因の多くが、家庭のキッチンでの食品取り扱いの不備から起きていることに着目しました。特に生鶏肉の取り扱いの不備から、その他の食材に交差汚染をし、これが食中毒の起因になっているという実態について問題意識を設定しました注)。
注)生の鶏肉中におけるサルモネラの汚染については、ヨーロッパにおいては、2011年にサルモネラ菌汚染に関する微生物規格基準が設定されているので、その設定のない米国や日本よりはサルモネラ菌汚染はリスクは高くないと想定されます。しかし、ヨーロッパ食品安全機関(EFSA)の報告によると、ヨーロッパ全域での鶏肉のサルモネラ汚染率は減少傾向にありますが、汚染された製品が市場に出回るリスクは依然として存在するとされています。
そこで博士らは、サルモネラ菌に汚染された鶏肉を家庭のキッチンで不適切に取り扱った場合に、どのような確率で他の食材に汚染するのかを検証しました。
注)なお、この論文では、博士らはサルモネラと同時にリステリア菌も調査しています。しかし、このブログでは、リステリア菌の部分は割愛します。なぜならば、家庭での鶏肉の取り扱い時に、最もリスクの高いものはサルモネラであるからです。
実験方法の概要は次のとおりです。
- まず、市販の鶏胸肉を地元のスーパーマーケット購入しました。そして、鶏肉に最終汚染レベルが102~105CFU/gとなるようにサルモネラ菌の混合カクテル(4血清型、Typhimurium、Infanti、Seftenber、Enteriditidis ) 1mL を植菌しました。5段階の初期汚染レベル(約101~105 CFU/g)を設定しました。
- 次にボランティア実験を行いました。ボランティアには手袋をしてもらい、鶏肉を触ってもらった後、そのまま手袋の手を洗わずに、調味料としての塩をかき混ぜてもらいました。そしてその塩をレタスに振りかけてもらいました。
- 3人のボランティアには、それぞれ、各濃度別(5段階)の鶏肉毎について交差実験を行ってもらいました。つまり、合計15回の別々の実験を行いました。
- それぞれの結果から、サルモネラの菌数を測定しました。
- 次に、塩に汚染したサルモネラがどれぐらいの間生存するのかを調べました。食塩10gに、最終的に約106CFU/gになるように、サルモネラ菌のカクテルを2μlずつ5滴、塩の表面上にランダムに植え付けました。塩を入れたペトリ皿は、消費者の台所での食塩の保管を模倣するため、実験期間中、室温(約20℃)で数ヶ月間維持されました。その後、経時的にサルモネラ菌の生残を測定しました。
実験結果の概要は次のとおりです。
- すべての食塩及び塩を振りかけたレタスからサルモネラ菌が検出されました。鶏肉の初期汚染度にかかわらず、洗っていない手を介しての調理用塩への二次汚染が15回の試みで観察され、全てのサンプルからサルモネラ菌が検出されました。
- 特に、サルモネラの初期汚染度が高い鶏肉サンプルを使用した場合、食塩サンプルでのサルモネラ菌数が増加しました(4.7 × 103 CFU/g)。その後、レタスサンプルでもサルモネラ菌数増加しました(4.1 × 103 CFU/g)。
つまり、取扱者が生の鶏肉に触れた後、その汚染が塩を介してさらにレタスに伝わったことが確認されました。
- 塩に汚染されたサルモネラがどれぐらいの期間生存するのかを調査した結果、サルモネラは数日で急速に死滅するものの、一部は146日間も生き残ることが分かりました。
上図は、本記事紹介論文の公開ポリシー(CC BY-NC-ND 4.0)に基づき、原図の一部をそのまま掲載(和訳)
博士らは、この実験結果をもとに、消費者が生の鶏肉に触った手で誤って塩にサルモネラを汚染した場合、キッチンで他の食品への交差汚染が高確率で起きることを明らかにしました。また、サルモネラに一度汚染された塩は、数十日間サルモネラが生存する可能性があることも示されました。この結果は、家庭でのready to eat 食品の調理と食事時にリスクが高まることを示唆しています。
結論として、生の鶏肉の取り扱いを誤ると、家庭内で調味料や塩を介した交差汚染が起き、さらに、サルモネラ菌が長期的に生存する可能性があるため、当日だけでなく、数日後や数ヶ月後の調理にも影響を及ぼすことが示されました。
以下は、ブログ執筆者のコメントです。
今回の実験で注目したい点は、一般的に微生物学的に安全だと考えられている塩を介して、サルモネラがキッチンで他の食品に交差汚染することです。通常、塩は保存の際に微生物の増殖を阻害する役割があると考えられており、生の鶏肉を触った後に塩を手で触っても問題ないと思われているかもしれません。しかし、生の鶏肉に付着したサルモネラ菌が塩に移動し、それを直後に使用すると、サルモネラが他の食材に移る可能性があるのです。特に、塩を振りかけた後、加熱せずにそのまま食べる食品(いわゆるready to eat食品)の場合、そのリスクは増大します。博士の研究は、このリスクを明らかにし、警鐘を鳴らすものとして注目されます。
さらに、サルモネラが塩の中でどれほど長く生き残るかという問題もあります。初めの2日間でサルモネラの数は大幅に減少するのですが、これは塩の低い水分活性によるもので、微生物が極度の脱水状態になり死滅すると考えられます。塩は食品保存や風味付けのために使用されることが多く、その低い水分活性から一般に安全だとされています。しかし、私のブログで以前も紹介(下記記事参照)したように、サルモネラは非常に低い水分活性でも生存することが知られています。
サルモネラ菌の食品製造工場の乾燥ステンレス上での生存期間は?
米国の食中毒発生状況ーもう1つのサルモネラ菌食中毒の原因食品はサラミソーセージ(ニュース)
この度の研究では、塩という厳しい環境であっても、ごく少数のサルモネラ菌が長期にわたって生き残ることが示されました。この塩を使用しても、即座に食中毒を引き起こすほどの菌量ではないかもしれません。しかし、塩により汚染された少量のサルモネラ菌が、温度管理の不備がある状況下で増殖するリスクがあることを理解することが重要です。したがって、生の鶏肉を取り扱った後は、手を適切に洗うなどの予防策を講じる必要があると、この研究は示しています。