リステリア菌に感染した患者は、脳髄膜炎や意識障害を発症することがあり、迅速な抗生物質投与が必要です。しかし、現在の診断方法には問題があります。例えば、血液からの培養では陽性率が低い場合や結果が出るまでに時間がかかるということがあります。しかし、中国・蘇州大学病院のリー博士らが、メタゲノム解析を使用することで、患者の血液や髄液から直接リステリア症を正確かつ迅速に検出することに成功しました。この記事では、その成功事例を紹介します。
Li et al.
Application of metagenomic next-generation sequencing for the diagnosis of intracranial infection of Listeria monocytogenes
Ann Transl Med. 2022 Jun; 10(12): 672.
この論文はPubMed Central(PMC)で無料公開されています。
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中国における妊婦やその他の人々のリステリア菌食中毒と食べ物の関係
診断が困難で時間のかかるリステリア菌による頭蓋内感染
重篤なリステリア感染では、基礎疾患者や高齢者を中心に、頭蓋内感染症注)を引き起こします。現時点では、リステリア症による頭蓋内感染症の診断は、患者の血液や髄液からのリステリア菌の分離培養で陽性になることを持って判断されています。しかし、このような培養診断では次のような欠点があります。
- 陽性率が低い。
- 時間もかかる(結果が出るまでに、3~7日かかる)
注)頭蓋内感染:細菌やウイルスが、脳膜に炎症を引き起こしたり(髄膜炎)、脳を破壊したりすること(脳炎)。
対象とした症例(6名)
2021 年 4 月から 2021 年 9 月に蘇州大学第一付属病院に入院した 6 例を対象としました。
- 6人の患者のうち、5人は男性、1人は女性ででした。全患者の平均年齢は56歳で、範囲は32-83歳でした。
- 入院時の主な症状は、発熱(100%)と頸部のこわばり(100%)でした。6名中4名が、入院して間もなく、意識障害、敗血症性ショック、急性腎不全などの重篤な症状に陥りました。
メタゲノム解析
メタゲノム解析とは
メタゲノム解析は、環境、生体試料(血液、腸内要物等)、食品などから、生物学的に存在するすべての遺伝子のDNAシーケンス情報を得る解析方法です。16SrRNA遺伝子のみを抽出して網羅的に解析する16S rRNAアンプリコンシーケンス解析(細菌叢解析)をメタゲノム解析と呼ぶ場合もありますが、厳密には、16S rRNAアンプリコンシーケンス解析はメタゲノムではありません。メタゲノム解析は、あくまでも、不特定のすべての遺伝子を網羅的に解析する手法です。
16S rRNAアンプリコンシーケンス解析についての解説は下記をご覧ください。
16S rRNAアンプリコンシーケンス解析(細菌叢解析)の食品微生物検査への応用法のすべてをわかりやすく解説します
メタゲノム解析は、おおむね、以下のような手順で行います。
- サンプリング: 試料から全DNAを抽出します。抽出したDNAは、制限酵素により断片化し、サイズの異なる断片を得ます。
- ライブラリー作成: 断片化したDNAに、リガーゼによって、特定配列の遺伝子断片を結合させます。これにより、シーケンス解析時に、断片を識別できるようになります。
- シーケンス解析: 次世代シーケンサーや第3世代シーケンサーを使ってすべてのDNA断片の配列を読みます。
- アセンブリ: コンピュータ内で、複数のシーケンスを組み合わせて、1つのゲノム配列に再構成していきます。
- アノテーション: アセンブリの結果から得られたゲノム配列を、微生物のゲノム配列のデータベースと比較し、どの微生物が存在しているのか、あるいはどのような生理機能を持った遺伝子が存在しているのかを特定します。
上記のようなメタゲノム解析をすることにより主に次の2つのことがわかります。
- 未知の微生物群集の構造
- 特定の生理学的なプロセスにおける微生物の役割の解明
診断に初めてメタゲノム解析を使ってみた
リー博士らは、頭蓋内感染症患者6名に、以下の操作手順でメタゲノム解析を実施しました。
- まず、標準的な手順で患者から脳脊髄液サンプルを採取しました。
- DNAはTIANamp Magnetic DNA Kit(天健生物技術有限公司、中国・北京)を用いて、製造元のプロトコールに従って抽出しました。
- 次に、メーカーのプロトコルにしたがって、ライブラリーを調製しました。
- DNAライブラリはIllumina NextSeq 550Dx (Illumina Inc., San Diego, CA, USA) で75bpシングルエンドシーケンスを実施しました。
- 病原体の同定に中国製バイオインフォマティクス・パイプラインを使用しました(Dinfectome Inc.、Nanjing 213164, Jiangsu Province, China)。
まず、培養法では以下の結果が得られました。
- 6名全員に血液培養と脳脊髄液培養の検査を行いました。その結果、血液培養の陽性率は50%、脳脊髄液培養の陽性率は16%でした。
- 入院から培養所見陽性までに、3~7日かかりました(平均時間91時間)。
一方、メタゲノム解析では以下の結果が得られました。
- 6名全員の患者の脳脊髄液らメタゲノム解析によりリステリア・モノサイトゲネスの特異的断片DNAが同定されたました。
- 一方、全患者の脳脊髄液ら他の病原微生物のDNAは検出されませんでした。
- また、2名の患者の血液サンプルをメタゲノム解析したところ、両名ともリステリア菌陽性となりました。
- メタゲノムの結果は36~96時間で得られました。
メタゲノム解析はリステリア症の診断精度を向上させ、診断の遅れを減少させることができることがわかりました。
リステリア菌による頭蓋間感染症をメタゲノム解析した事例は本事例が世界で初めてです。
メタゲノム解析診断の利点
メタゲノム解析診断の利点は下記のとおりです。
- 第1に、メタゲノム解析のの検出範囲の広さが挙げられます。病原性が疑われる微生物を事前に指定する必要がなく、髄膜炎、脳炎、下気道感染症などの診断に用いることがでできます。
- 第2に陽性率の高さです(正確な診断)。今回の研究では6例すべてで脳脊髄液にメタゲノム解析が実施され、結果は100%陽性でした(培養法では陽性率16% )
- 第3に、診断の迅速性です。リー博士の勤務する蘇州大学第一付属病院ではメタゲノムの結果は36~96時間で得られましたが、従来の培養の結果は3~7日かかり、特に脳脊髄液培養や希少病原体の陽性率は低いのが実情です。
以上、メタゲノム解析は、迅速性、正確性ともに、従来の培養に比べ有意に優れていいると考えられます。特に、リステリア菌による重症の頭蓋内感染症の治療には、しばしば原因菌を早期に同定し、的を射た治療を行うことが必要です。しかし、非典型的な臨床的特徴やルーチン培養の遅れのために,リステリア菌の頭蓋内感染症の診断は困難であり、しばしば誤診されることがあります。
メタゲノム解析は、リステリア菌による頭蓋内感染症の診断時間を短縮し、早期介入につながり、患者の予後を改善することができると、博士らは結論しています。
リステリア菌の基礎事項を確認したい方は下記の記事をご覧ください。