スモークサーモンによるリステリア食中毒は、特にEUで頻発している問題です。しかし、サーモン加工工場でのリステリア菌の二次汚染を完全に防ぐことは困難です。そこで、流通段階でのリステリア増殖を抑制する方法が求められています。本記事では、スイスのチューリッヒ大学のエイチェール博士が提案する、高濃度(30%)の乳酸ナトリウム(NaL)を冷製スモークサーモンに注入する方法を紹介します。さらに、サーモン寿司においてもリステリアに注意が必要な理由を解説します。
Corinne Eicher et al.
Growth Potential of Listeria monocytogenes in Three Different Salmon Products
Foods 2020, 9(8), 1048; https://doi.org/10.3390/foods9081048
この論文はPubMed Central(PMC)で無料公開されています。
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スモークサーモンのリステリア増殖制御法
現在、世界的に食品中のリステリア菌の許容量について合意が得られていません。米国ではすべてのready to eat食品で25gあたりにリステリア菌が検出できないことを要求しています。一方、EUでは、リステリア菌が増殖不能であるRTE食品の場合はリステリア菌100CFU/g未満が許容されています。
EUで販売されているスモークサーモンは主にノルウェー産ですが、加工工場でのリステリア汚染を最大限に防ぐ努力にもかかわらず、リステリア菌汚染のない完全な製品を出荷することは容易ではありません。そこで、チューリッヒ大学のエイチェール博士らは、スモークサーモンを「リステリア菌が増殖不能であるRTE食品」として定義するために、どのような抗菌剤を設計する必要があるかを検討しました。
ノルウェーのサーモン加工工場のリステリア汚染防除対策やその実態については、本ブログの下記記事をご覧ください。
実験方法の概要は以下の通りです。
- 養殖によるノルウェー産スモークサーモン、サーモンフィレ、寿司用サーモンを実験に使用しました。いずれの製品もリン酸塩で処理されていないものを使いました。
- リステリア菌(Listeria monocytogenes)を人工的に接種したスモークサーモンと寿司用サーモンは、それぞれ、 5℃と8℃で保存しました。
- その後、スモークサーモンは0、5、12、13、14、15、16日目に分析しました。寿司サーモンについては、リステリア菌の増殖が速いため、接種直後(t = 0)、2日目および3日目のみに測定しました。
実験結果の概要は以下の通りです。
- リステリア菌はスモークサーモンで、5℃と8℃の両方で、貯蔵期間中に増殖が認められました(下図の対象区〇)。
- 高濃度(30%)の乳酸ナトリウムをスモークサーモンに注入すると、リステリア菌の増殖能が低下しました。特に、5℃貯蔵区では貯蔵14日までリステリア菌の増殖は認められず、貯蔵期間の最後の2日間で0.57 ± 0.22 log CFU/gの微増が認められたにすぎませんでした。一方、8 °Cでは、高濃度(30%)の乳酸ナトリウムをスモークサーモンに注入しても、最大で1.98 ± 0.68 log CFU/gの増加を示しました。
上の図は本記事で引用している論文のデータからブログ作者が作図し直したものです。
以上の結果から、スモークサーモンに高濃度の乳酸ナトリウムを注入することは、リステリア菌の増殖を防ぐための有用な追加的ハードルになり得ることが示唆されました。
したがって、高濃度乳酸ナトリウムと5℃の流通・14日以内貯蔵条件ならば、スモークサーモンを「リステリア菌が増殖不能であるRTE食品」として定義することが可能であることが示唆されました。
サーモン寿司ではリステリアの増殖に注意
博士らは、同様にサーモン寿司でのリステリア菌の増殖も調べました。その結果の概要は次の通りです。
- 寿司サーモンのリステリア菌の増殖曲線の傾き(5℃で0.33、8℃で0.57)は、スモークサーモン(5℃で0.05/8℃で0.28)に比べて急峻ででした。
上の図は本記事で引用している論文のデータからブログ作者が作図し直したものです。
以上の結果から、寿司サーモンはリステリア菌の増殖が起きやすい食材あることがわかりました。寿司サーモンは最もリスクの高い製品であることが確認され、原料のリステリア菌汚染のチェックと同時に、低温で貯蔵時間を短時間に設定する必要性が改めて確認されました。
スモークサーモンとリステリア食中毒の関連は、本ブログの下記記事をご参照ください。
ドイツでは最もリステリア菌感染しやすい食べ物はスモークサーモンである
ready-to-eat食品を扱うすべての日本の食品製造業者が留意すべき点
現在、日本ではリステリアの微生物規格基準が、1)ナチュラルチーズ、2)非加熱食肉製品(例:生ハム)にのみ設定されています。一方、米国やEUでは、消費者が加熱調理せずに直ちに食べるready-to-eat食品すべてにリステリアの微生物規格基準が設定されています。
日本の食品製造業者は、リステリアの微生物規格基準が設定されていない食品でも、ready-to-eat食品であればリステリアのリスクがあると考えるべきです。そのため、以下の2つの対策を打つことが必要です。
- 工場内での微生物モニタリングによるリステリア菌の二次汚染防止策の徹底
- 通段階でリステリア菌の増殖を防止する手段の構築
工場での二次汚染防止は完全にはできないため、増殖制御手段が不可欠
リステリア菌の二次汚染を防ぐためには、製造工場での微生物モニタリングによる監視が必要です。しかし、リステリア菌はグラム陽性菌であり、工場でバイオフィルムを形成しやすく、工場環境にしぶとく生き残ることができるため、ready-to-eat食品の加熱調理後の包装工程までの工程で完全に二次汚染を防ぐことは困難です。
そのため、次の手段として、リステリア菌がわずかでも混入した場合でも、流通段階で増殖を防ぐことが重要になります。特に、EUでは、リステリア菌の増殖を認めないready-to-eat食品であれば、リステリア菌100CFU/g未満が許容されるため、製造業者にとっては大量の廃棄やリコールを回避できるメリットがあります。したがって、増殖制御手段を用いることが必要不可欠です。
だからと言って、100CFU/g未満だから安全と過信は禁物
ready to eat食品のリステリア菌汚染100CFU/g未満であれば、一般の健康な人々のリステリア食中毒リスクは防げると考えられています(注2)。
しかし、リステリア菌が100CFU/g未満であっても、基礎疾患のある免疫不全者にとっては必ずしも安全とは言い切れないこともあります。したがって、食品製造業者はこの点に留意する必要があります(注1)。リステリア菌に対する感受性が高く、免疫機能が低下している人々、例えば高齢者、妊婦、乳幼児、免疫抑制剤を服用している患者なども、感染や重篤な病気を引き起こす可能性があるため、リスク管理には細心の注意が必要です。
注1)基礎疾患のある免疫不全者とリステリア菌数と発症リスクに関連する記事は、本ブログで詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。
低濃度でリステリア菌に汚染されたアイスクリームは感染を起こすか?
注2)リステリア発症菌量とEUや米国におけるリステリア菌数の基準値との関係の詳しい解説は下記記事をご覧ください。
米国のリステリア『ゼロ・トレランス』方式に識者から疑問の声、カナダやICMSFも懸念
結論:二次汚染を最大限防止し、流通においては増殖を完全に制御することを目指す
以上を踏まえて、結論としては、以下のようになります。
- 製造環境にけるリステリア菌の二次汚染を防除し(工場の微生物モニタリングは必須)、さらに、流通においては、リステリア菌の増殖を完全に制御するため、保存料や日持ち向上剤などの工夫が必要