これから10記事連続で、個別の代表的な食中毒菌について説明を加えていく。まずトップバッターとして腸管出血性大腸菌の説明をする。腸管出血性大腸菌の症状や、潜伏期間、原因、感染経路などについて、個別に暗記せずとも、ドミノ方式で理解できる。そのためには、まずはそれぞれの住処を理解することが重要である。住処を理解することによって、その他の性質はドミノ倒しのように連続的に理解できる。

下記のドミノ倒し理解は、本ブログの基礎講座グラム染色と微生物の性質の関係に関する基礎事項(簡単な記事が5記事あります)の理解した上で読んでください。そうすれば、ドミノ倒しは簡単に理解できます。

住処からドミノ倒しに理解する諸性質


 まずはじめに腸管出血性大腸菌は大腸菌の血清型の一種であり、病原性という点においては大腸菌と異なるが、 その他の生理的な性状は大腸菌と同じである。したがって、ここでは、まずは、大腸菌と区別せずにその性質を述べていくこととする。


1.腸管出血性大腸菌の住処は牛の腸内である。牛の腸の中は水っぽい環境である。したがってこのような環境に住む腸管出血性大腸菌はグラム陰性菌と理解すれば良いだろう。
2.グラム陰性菌なので感染型食中毒であると理解する。

※上記2事項について、なぜかを理解したい方は、下記の基礎記事をまずは学ぶことをお勧めします。
グラム陽性菌と陰性菌の違いー概略の理解


3.また、腸管出血性大腸菌は牛の腸内という暖かい環境に住んでいるので、8°C以下のような冷蔵庫の環境では増殖できないと理解できる。
4.乾燥や熱に対する耐性についても、基本的にグラム陰性菌はこのようなストレスに対しては強くなく、腸管出血性大腸菌も例外ではない。

※上記4事項について、なぜかを理解したい方は、下記の基礎記事をまずは学ぶことをお勧めします。
グラム陽性菌とグラム陰性菌の違いードライとウェットでの生き残りやすさ


5.酸素と増殖との関係についても、腸管出血性大腸菌が住んでいる牛の腸の中では酸素は不足しているので、腸管出血性大腸菌は酸素がなくても増殖できる通性嫌気性細菌となる。


6.酸についての耐性をどうか?一般的に、酸素がない環境でも増殖できる通性嫌気性細菌は酸に対する耐性が強い。その理由は酸素がない環境下では代謝が発酵代謝となり細胞の周りに大量の有機酸を作り出すからである。腸管出血性大腸菌や大腸菌はその例外ではなく、むしろこれらの通性嫌気性菌の中でも特に酸に強い種と言える。

大腸菌の検出にEMB 平板培地を用いる。 EMB 平板培地で黄金色に輝くコロニーだけが大腸菌になる。 EMB 平板培地で 黄金に輝かないものは、大腸菌以外の大腸菌群である。このような色の違いも、大腸菌が特に酸に対して特に強いことに関連している。EMB平板培地でできる大腸菌のコロニーの周辺の pH は、他の大腸菌群のコロニーよりも低くなる。その結果、培地に添加されているエオジンYやメチレンブルーが大腸菌のコロニー周辺で凝集起こす。結果として大腸菌のコロニーの周りは黄金色に輝く。


7.薬剤に対する抵抗についても、既に述べてきたように、グラム陰性細菌は外膜があるために抗菌剤に対しては強い耐性を示す。 外膜の親水性の ポリサッカライド部分が疎水性官能基を持った抗菌剤をはねつける。

8.従って、選択培地に胆汁酸やブリリアントグリーンなどの色素化合物など疎水性官能基を持った化合物を加えることによって、グラム陽性菌を排除しながらグラム陰性細菌のみを選択的に増殖させることができる。

 以上を、ドミノ倒しのように連続的に理解するとよい。

血清型について

 腸管出血性大腸菌は大腸菌の中の血清型の一つである。大腸菌の中でも大腸菌 O 157:H7や O 26など限られた血清型のみが人に対して病原性を持つ。ここで血清型とはどのようなものなのかについてごく簡単に説明しておく。大腸菌はグラム陰性菌なので、前述したように細胞表層に外膜を持っている。この外膜は、基本的に細胞膜と同様にリン脂質二重膜のような構造である。細胞膜と異なる点は外側に多糖類の鎖を持っている点である。この多糖類の鎖の構造がひとつひとつの大腸菌の血清型で異なっている。これが、外膜の抗原、すなわちO抗原である。

 

また、O抗原とは別に H抗原も、大腸菌の血清型を決める因子となる。H抗原は鞭毛表層のタンパクの構造の違いによる。

血清型を決める場合、この外膜の多糖類の鎖の構造の違いを血清反応で認識させる。

このような抗原抗体反応の極めて特異性の高い性質を利用することにより、大腸菌の中でも特定の血清型を識別することができるようになるわけである。

 なお腸管出血性大腸菌は、 発見当初は血清型O157が主流であったため、 血清型 O 157を中心にこれまでの世界での食品検査が行われてきている。しかし最近の研究では、血清型 血清型O157がだけではなく、多様な血清型の腸管出血性大腸菌が世界で食中毒を起こしていることがわかってきている。したがって大腸菌の血清型 O 157を中心とした検査体制を少し改める必要が世界的に提唱されている。このことについての詳細な記事は下記をご覧ください。

腸管出血性大腸菌(STEC)の血清型O157中心検査はもう古い?

感染型食中毒菌の感染の2パターン

 大腸菌の病原メカニズムの説明の前に、感染型食中毒菌の腸管上皮細胞に対する病原性のメカニズム全般について簡単に触れておく。感染型食中毒細菌は大まかに、さらに2つのタイプに分けることができる。

 1つ目は、 微生物が腸管上皮細胞の中には侵入しない。その代わり、腸管上皮細胞の表面上で毒素を産生する。このようなタイプのことを感染毒素型と呼ぶ。このようなタイプの代表的なものが大腸菌 O 157や腸炎ビブリオなどである。ただし、これらの細菌を毒素型食中毒菌とは分類はしない。前述したように、毒素型食中毒菌の定義は、微生物が食品中に毒素を作ることである。感染毒素型細菌の細胞は腸管上皮細胞の表面において初めて毒素を産生する。これらの毒素が食品中で分泌されることはない。あくまでも微生物が宿主の中に入った時の感染のメカニズムとして、毒素遺伝子の発現は宿主の体内においてのみ行われる。このような意味で、これらの微生物は感染型食中毒菌と定義される。


 もうひとつのタイプは、微生物が腸管上皮細胞の中に入り込んでくるタイプである。このようなタイプの代表的なものがサルモネやリステリア菌である。このようなタイプの細菌を感染侵入型と呼ぶ。それぞれの侵入のメカニズムについてはそれぞれの食中毒菌のところで述べる。

腸管出血性大腸菌の感染メカニズム

 さて、腸管出血性大腸菌は他の腸管出血性大腸菌に比べると症状も重篤であり、致死率も高い。腸管出血性大腸菌ははベロ毒素という砲弾を腸管上皮細胞に発射することにより、腸管上皮細胞を破壊する。腸管上皮細胞が破壊された結果、大量の血液が腸内に流出する。その結果、大腸菌 O 157の典型的な食中毒の症状は血便となる。

 また、腸管出血性大腸菌の大きな特徴として、大人より免疫力が弱い子供が感染した場合に、ベロ毒素は腸管上皮細胞を破壊するだけではなく、血液を伝わって、腎臓にまで達する。そして腎臓の細胞をベロ毒素によって同じメカニズムで破壊する。腎臓は血液中の汚れた物質を浄化する機能を持っているので、浄化機能を持った腎臓の細胞が破壊さると、尿毒症(溶血性尿毒症症候群、hemolytic uremic syndrome:HUS)になる。そして死に至る場合も多い。

どのような食品が危ないか?

 腸管出血性大腸菌食中毒になる可能性の最も高いのは、牛肉や牛肉関連食品になります。また、牛の牧場近くで腸管出血性大腸菌に汚染された野菜類によっても頻繁に食中毒を起こします。

 原因食品の関連記事は下記の記事をご覧ください。

発症菌数について

大腸菌O157を含む腸管出血性大腸菌の発症菌数については、別記事で、わかりやすく整理しています。下記の記事をご覧ください。

腎臓能障害などの後遺症

また、たとえ回復しても、生涯にわたって腎臓透析が必要になるなど、後遺症を残す場合も多い。幼い子供が感染し溶血性尿毒症症候群による重篤な症状に陥った場合、たとえ一命をとりとめても、高度脳機能障害、腎機能障害等を生涯残す場合も多い。

 上記のような子どもの人権機能障害以外にも、成人では、腸管出血性大腸菌にかかった後に高血圧などの後遺症を残す場合もある。この点については、下記の記事をご覧ください。
腸管出血性大腸菌感染の後遺症